盗賊ギルド 十四
十四
ジャンから金を受け取った俺は、そのまま裏道を通って隠れ家に戻る。金を受け取らない限り、むやみに情報を売らないという言質もとったところで、解散したというわけだ。
「ただいま」
玄関を開く。しかし、応える声は聞こえない。
「……セシール?」
どこに行ったんだろう。狭い家なので、どこかに隠れるとかそんなことはないはず。出かけているんだろうか。カギも渡しておいたのに、何とも不用心なことだ。
「……出かけてるだけだよな?」
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。そしてその疑問は、だんだんと不安を膨らませていく。
もしや、セシールをここに連れてきた日、誰かに尾行されていたのではないか。ハーフとはいえ、今は亜人戦争の真っただ中だ。そんな時に誰かが彼女の存在を知れば、きっと殺そうとしてくるに違いない。
「まさか、連れて行かれた……?」
そう考えたが、俺はすぐにその思考を打ち消す。
そもそも、誘拐するにしても殺すにしても、彼女が一人きりになる機会はたくさんあったはずだ。今更それを実行する意味がない。やるならもっと早く行動するはずだ。
俺はとりあえず、椅子に座って彼女を待つことにした。
「……ただいま」
元気のない声で家に戻るセシールに、俺は声をかける。
「おう、お帰り。どこ行ってたんだ?」
セシールは、俺の姿を認めると、少し怒気を孕んだような声で矢継ぎ早に文句を言う。
「ちょっと聞いてよエッジ! 私さっき湯屋に行ってきたんだけど……お湯が流れてないのよ! ほかの人が使ったお湯の中に同じように浸かるなんて! うう……気持ち悪いよー……。」
どうやら、帝都にある湯屋に赴いて風呂に入ってきたようだが、どうもそこの作りが気に入らなかったらしい。エルフたちは、一体どんな風呂に入っているのか、少し興味が湧いた。
「まあ、帝都の風呂なんてどこもそんなもんだ。大陸の中央部分で、周りは平原ばっかだし、水は結構貴重なんだよ」
基本、地下水脈からしか水を得る手段がないここでは、ある程度のお湯の使いまわしは仕方がないと言える。遠くから水路を引っ張って来ようにも、街の周りにはいまだに魔物がいるし、行商人を狙った野盗なんかもうろついてる。そういった理由で、この国では水が貴重なのだ。
「ふーん。それでも、お風呂くらいは綺麗にしておいてほしいけどね。こんなんじゃ、病気になる人多いんじゃないの?」
「まあ、な」
なかなか鋭い。帝都ではきれいな水が手に入りにくいこともあって、病気になる子供や老人が多い。衛生面でかなり問題視されている。そのため、いろんな国を行き来する商人から、ただの水を購入したりする者もいる。
それらの問題まで見抜くとは。さすがはエルフと言ったところか。頭が切れる。
「で、帰ってきたってことは、何か収穫あったってことでいいの?」
「ああ、あった」
「ホント!?」
セシールが目を輝かせながら顔を近づけてくる。一瞬ドキっとしたが、すぐに真面目な顔を取り繕って俺は彼女に話す。
「ああ。まずは助け出す方法についてだ。これについては色々考えたけど……そのまま奴隷を買う、っていうのが一番手っ取り早いと思う。」
そういうと、セシールは少し顔をしかめる。
「はーい、先生! その方法だと金銭面に問題があると思いまーす」
「先生って何だよ……。まあ、最後まで聞け。で、お金の方は俺が準備した。ここに三百五十ゴールドある。これだけあれば、普通の奴隷なら買えるはずだ」
「おお!? すっご!?」
俺が金貨袋をテーブルに置いた瞬間、セシールの顔が驚愕で染まる。コロコロと表情を変えるセシールがなんか面白いな、と思う。
「そんでもって、奴隷市場の場所も抑えた。ここからそう離れていない、西区の貧民街と商店街の間にある、大き目の屋敷だ。と言っても空き家だけどな。そこを使うらしい。」
希望が見えてきて、顔をほころばすセシール。
「で、ここで問題が一つある。お前の妹が今回の奴隷市場で売られていない可能性がある」
「どういうこと?」
「奴隷に売られるには、先に試用期間ってのがあってな。そこで何か月かお試しで奴隷として扱われる。市場に出回るのはその後、ってことになる。しかも、仮に売りに出されていたとしても、もう誰かに買われた可能性もあるし、こればっかりは行ってみないとわからない。」
「……」
セシールの表情に、少し暗い影が落ちるが、今は希望に賭けるしかないと考えたのだろう。すぐに元の真面目な顔に戻る。
「開催日時は、明後日の夜。それまでに、そこに金をもって潜入するってわけだ」
「なるほど……よし、希望が見えてきたぞー!」
彼女は小さくガッツポーズをすると、小躍りしながらベッドに飛び乗る。
「まだ話は終わってねえぞ、セシール」
はしゃぎまわるセシールを諌め、俺は本題に入る。
「報酬の話だ」
「報酬?」
ギシギシと悲鳴を上げるベッドを無視して飛び跳ねていたセシールは不思議そうにこちらを見る。
「なんでも言うことを聞くってヤツ」
俺がそう告げた瞬間に、セシールは顔を真っ赤にする。
「あー……うん。……今聞かなきゃダメ?」
「だめだ」
セシールは急に縮こまって、ベッドに腰掛ける。そのままモジモジしながらしきりに髪の毛をいじっている。
「……わかったよ」
「じゃあ、今から言うことをよく聞けよ」
俺は軽く深呼吸する。
「奴隷が買えたにしろ、買えなかったにしろ、この件が終わったら、もう帝都に近づくな」
「……え?」
彼女は意表を突かれたかのようにこちらを見る。
「エルフを良く思ってない人間が帝都には多い。というより、ほぼすべての人間が敵対していると考えていい。今回こうやって、うまく潜り込めたのも運が良かっただけだ。そんなお前を、これ以上匿ってたら俺が危ねえんだ。だから……これが終わったら、国に帰れ」
俺はなるべく敵意をむき出しにするように彼女を睨む。彼女は少し悲しそうに目を伏せるが、仕方がない。
自らの正体を情報屋に売ってしまった時点で、俺は間違いなく狙われる。
ジャンから聞いた話だと、国から賞金が掛けられている上に、今まで殺した人間の遺族からも俺は狙われているらしい。遠からず、俺は誰かに消されるだろう。
その時に、彼女がそばに居たらどうなるか。答えは見えている。おそらくは、一緒になって消される。妹を救出した後ならなおさら悪い。死体が一個増えるだけだ。
だからこの件が終わったら、早急に彼女を突き放さなければならない。こうなるとは思ってなかったが、あの時なんでも言うことを聞かせる約束をしておいて良かったと思う。
そこまで考えて、俺は自分が自分自身の身を全く案じていないことに気が付く。
まったく、いつからこんなに甘くなったのか。他人の為に自分を犠牲にして、唯一見返りを受けられるチャンスすらも放棄したのだ。我ながら、あきれる。
でも、どこか清々しい気もする。
それはきっと、どこかでそういう人間になりたいと、憧れていた部分があったからだろう。
偽善で英雄を気取る、哀れな小悪党だな。自分でそう思って、なんとなく笑いが込み上げる。
「……わかったよ。ここまでしてもらって、これ以上エッジに迷惑かけられないもんね……。でも、ホントにその命令でいいの?」
「……命令なんて言うなよ。約束だろ?」
俺は軽く肩をすくめて見せる。彼女は一層さびしそうな、申し訳なさそうな。そんな表情を見せる。
「とにかく、だ。明後日には作戦を決行する。それまでは一緒にいるさ」
そういうと、彼女は少し首を動かす。多分、頷いたんだろう。それを見届けて、俺はベッドから毛布を引っ張り、床に広げるとその上に横になる。
「今日はもう遅い。ゆっくり休もう」
「うん……」
相変わらず元気のない声ではあったが、あまりここで情に流されてはいけない。
彼女はハーフエルフ。俺はミッドランダー。俺自身は、人種をそこまで気にすることはないが、それでも世界は違う。いずれは、別々の道を行くのだ。それが遅いか早いかだけ。だけどこれはすべて、彼女のためだ。それ以外には、何もない。
全てに蹴りがついた後は、俺が……。
大悪党が死ぬことで、物語は幕を閉じる。あとはその時を待つだけだ。
その日、俺は夢を見た。
静かな丘の上で、たくさんの人たちに囲まれながら、幸せそうに笑う。そんな自分自身の夢を。




