表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽のギルド  作者: 三水 歩
奴隷少女
3/115

奴隷少女 三

     三


 アツアツのハーブティーをぶっかけられて、ひるんだすきに逃げられてしまった。

 ……まだ駄目だ。あんな錯乱している状態じゃ。今外に出てもロクな目に遭わない。

 その時、なにやら外から声が聞こえる。


 「……テメエ、旦那に何しやがった!?」


 この声は……ガルドか? なんにせよ、少女を捕まえてくれたらしい。しかし、どうやら激怒しているらしく今にも手を上げそうな勢いだ。

 なんとか目を開き、玄関の方を見る。やはり、今にもガルドが少女に殴り掛かりそうだった。


 「テメエ、覚悟はできてんだろうなあ!?」

 「やめろガルド!」


 俺の声で、何とかガルドは拳を止める。しかし、納得のいかない表情で俺に抗議する。


 「旦那に怪我させておいて、許すわけにはいきません!」

 「こんなの怪我のうちに入らない。良いから、その子をこっちに連れてきてくれ」

 「……わかりました」


 渋々といった様子でガルドはカギをひったくった後、少女の胸ぐらをひっつかみ、家の中に乱暴に放り込む。


 「いやあ、いやあ……いたくしないでえ……!」


 涙声になりながら少女は懇願してくる。


 「お願いします、何でもしますから、乱暴しないでぇ……!」

 「暴力振るっておいて、乱暴するな、とはな。自分でもずいぶん都合のいいこと言ってるとか思わねえのか? え? クソガキ」


 ガルドが背中を足で小突く。大した力ではないが、しかしやせ細った少女がそれに耐えられるはずもなく、あっけなく地面に転がされる。


 「ひぎ、ごめんなさい! 何でもします! 見逃してください! お願いします! お願いします!」


 ガルドはただひたすら少女を侮蔑の眼で見降ろし続ける。

 さて、どうしたもんか……。


 「……ガルド、風呂沸かしてきてくれ」

 「……はい?」


 突拍子もないことを言ったものだから、ガルドは素っ頓狂な声を出す。


 「風呂に入りたいんだよ。ハーブの香りは好きだけど、衣服から発散させるのもなんだか嫌だろ? このままだとシミになるかもしれないしな」

 「……まあ、それはいいですが……先にこのガキに然るべき罰を与えるべきでは……」

 「ああ、まあ、……そうだな。痛いことをしたら、痛いことされるってことは覚えておくべきだよな」


 そう言うと、少女はひっと小さな悲鳴を漏らす。


 「おっし、歯を食いしばれ」

 「やだあ! いたいのやだあ!」


 気が引けるが、泣き喚いて暴れる少女に俺は拳骨を一つ、頭に小突くように放つ。

 こつん、と小気味いい音が鳴り、少女が首をすくめる。


 「はい、おしまい。これに懲りたら、人に暴力振るうなよ」

 「……え?」

 「さ、ガルド。風呂沸かしてきてくれ。服も洗いたいし」


 何か言いたそうだったガルドだが、わかりましたと一言返事をして風呂場へ向かっていった。


 「……悪いな、痛かったか?」


 ガルドが去った後、俺がそう訊くと少女は涙を拭って謝罪してくる。


 「す、すみませんでした。もう二度とこのようなことはしませんので、どうかお許しを……」

 「ああ、それは気にするな。何も言わなかった俺にも落ち度がある。あと、そんなにかしこまらなくてもいいぞ。普通にしててくれ」


 俺はそう言って少女に笑いかける。


 「し、しかし……」

 「じゃあ、『気にするな』。あと敬語も止めだ。これ、命令な」


 俺は彼女に顔を近づけてそう言う。


 「か、かしこまりました」

 「いや、敬語治ってねえし……」

 「あ、す、すいません……」


 なんだかそのやり取りがアホらしくて、ついに笑いをこらえきれなくなった。思わず俺は笑ってしまう。


 「ご、ご主人様?」


 おろおろする少女を見て、俺はまた一層笑う。


 「ははは、いや、なんかさ。漫才でも見てるみてえだな、って思って」

 「……? まんざい、ですか?」


 ああ、そうか。奴隷生活だったら、漫才なんか見ないよな。


 「ああ、すっげえ面白いんだ。異国から伝わってきた、なんていうか……喜劇みたいなもんなんだけどな。ガルドの奴は気に入らないみたいだったけど、面白いぜ。今度見に行こうか」


 おろおろとしている少女は何も言えないようで、微妙な表情をしている。


 「……えーと、名前、なんていうんだ?」


 とりあえず話題作りのために名前を聞いてみるか。


 「……! な、名前はありません。ご主人様のお好きなようにおよびください」

 「……」


 何度も練習したセリフなのだろうと思い、俺は少し顔を俯かせる。

奴隷にとって、名前など必要ない。主人に好きなように呼ばれる。そういう風に躾けられてしまっているのだ。俺はため息をつき、少女にもう一度問いかける。


 「……あんまり命令って好きじゃないんだけどな……『本当の名前を教えろ』……命令だ」


 少女はさらに困惑していた。これにはどんな意図があるのかと探っているが、何も見えないことに不安を感じているようだった。

 それもそうだ。何の意図もない。ただ、名前を知りたいだけなのだから。


 「あ、そうそう。ちなみに、俺の名前はソル。ソル=ブライトだ。もう一度聞くぜ。なんて名前なんだ?」

 「わ、私は……。私は……」


 少女はためらう。何をためらっているのかわからない。自分の名前を名乗りたくないのか、ただ単に今の状況に戸惑っているのか。


 「私は……レリィです。私の名前はレリィです」


 少女はそうつぶやく。まるで自分に言い聞かせるかのように、しっかり、はっきりと名乗る。


 「そっか。よろしくな、レリィ」


 俺はなんとなく少女の頭をなでる。汚れてしまい、ごわごわとした長めの髪の毛をくしゃくしゃと撫でまわす。昔自分がそうしてもらった時のように。


 「ぁ……うう……ぐすっ、……ひっ、ぐ……!」


 ……なんか泣いちゃったぞこの子。


 「あ、え。 はあ? ちょっ、……えぇ?」


 困惑する俺。なんでレリィは泣いちまったんだ? 俺、なんかやらかしたか?


 「お、落ち着けよレリィ。まだ叩いたところ痛かったか? ごめんな?」


 よくわからないが、原因が俺みたいだからとりあえず謝る。しかし、そもそもどうして泣き出してしまったのかわからないので、見当違いの謝り方をしている気がする。


 「ちがうんですっ、……わたし、ひ、人にやさしくされること、あ、あんまりな、くて……ひっく、ぐすっ……」


 ああ、そういうことか。

 俺と一緒だ。自分に優しくしてくれる人が現れた時に得られる安心感。ほんの少しでも、奴隷として生きていく上で感じる唯一の希望。この人なら、大丈夫なんじゃないか。と。良い人なんじゃないかと。そういう安心感。

 もっとも、俺の時はその希望が一瞬で絶望に変わったけれど。

 この子には、あんな思いをさせる訳にはいかないし、させるつもりもない。


 「……頑張ったな。もう大丈夫だ」


 俺はそう言って、もう一度少女の頭をなでる。その時だった。


 「旦那、風呂が沸きまし……何かあったんですかい? ……まさか無理やりスケベなことを?」


 戻ってきたガルドが、いぶかしげな眼で俺を見る。その言葉に、一瞬少女が戸惑い、ちょっと俺と距離を置く。


 「何もねえよ! 人を変態扱いするなよな!」


 ていうか、レリィもちょっとひどいんじゃねえか? そんな、あからさまに俺を避けなくても……いや、まあ、別に良いけどさ……。


 「それはそうと、風呂湧きましたぜ」

 「そっか。うん。ありがとう」


 礼を言って、俺はレリィの方に向き直る。


 「じゃあ、レリィ。先に入っていいぜ」

 「え?」


 戸惑った表情、というより、恐怖が混じったような表情だった。無理もない。奴隷を風呂にわざわざ入れる奴なんていない。基本的には、奴隷を商品として扱ってるやつらは奴隷を『消耗品』としか見ていない。壊れたら、また買えばいい。その程度にしか、考えていない。つまり、普通なら風呂に入れるような輩はエロいことが目的だと言える。全部が全部そうではないだろうけれど。彼女はそれを察したのかもしれない。が、もちろんそんな気は俺には微塵もない。

 もう一度風呂に入るよう促そうとして、大切なことを一つ思い出して、レリィに言う。


 「そうだレリィ、一つ約束してくれないか?」

 「約束……ですか?」

 「そう、命令じゃなくて、約束」


 大切なことは、ちゃんと言わないといけない。それはどんな時でもそうだ。かつてそれを伝えなかったために、悲しい思いをした。だから、言っとかないといけない。


 「これから、レリィの首輪を外す。俺は、君のことを奴隷としては扱わない。けど、明日までは、どこにもいかないで俺のそばに居てほしい。……約束できるか?」


 レリィは俺の言葉を聞くと、不安なのか、嬉しいのか、よくわからない複雑そうな顔で俺を見上げる。


 「どういう、意味でしょうか?」


 やはり困惑して、質問をしてくる。


 「言葉通りだ。約束を守れるなら、君はもう奴隷じゃない。その代り、今日一日俺のそばに居てもらう。それだけでいい。……できるかい?」


 少女の答えは。


 「……約束、します。一日、あなたのそばに居ます」

 「わかった。ありがとう」


 そう言って俺は、彼女の首輪の鍵を開けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ