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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
25/115

盗賊ギルド 九

     九


 「調子はどうだ?」

 薄汚く、小さな部屋にベッドと椅子、机が一つずつ。それだけの小さな、家とも呼べないような小屋。ベッドに腰掛けるセシールに、俺は話しかける。

 「うーん、もう全快、かな?」

 「そうかい、それは良かった」

 彼女と向かい合うように椅子に腰掛け、そう返事をする。

 あれから二日、セシールは自分に治癒魔法を掛け、前歯と鼻の骨を直し、それから眠り、起きて再び治癒魔法を掛け、自分の怪我をほぼ完璧に治してしまった。

 「にしてもすげえな、回復魔法。なんで一日目それ使わなかったんだよ」

 「誰かさんの怪我を治してたから、マナが足りなかったんですけどねー」

 何気ない質問に、えげつない返答。俺は訊かなきゃよかったと後悔しながら反省する。

 「……悪いな」

 「あ……ま、まあ、気にしないでよ。私がつけた傷だったんだし。」

 「そうだな」

 「切り替え早くない!?」

 身を乗り出して俺の方に抗議するセシール。しかし、自分で気にするなと言ったのだ。誰が気にしてやるもんか。

 「で、何なんだ、ソレ?」

 ベッドに腰掛けるセシールの隣。何かを縫ってる途中のようだが、何やら細々とした布やら針やらがガラスのケースに収まっている。

 「ああ、コレ? 私の趣味。結構裁縫得意なんだよ。どうよコレ?」

 そう言って彼女は俺に作りかけのそれを見せつけてくる。

 黒い生地に様々な色の糸で刺繍が施されていて、なかなか立派そうなものだと感じた。もっとも、中途半端過ぎて作ろうとしているものがどんなものかは判別できなかったが。

 「へえ、意外と器用だな」

 「む、意外って何さ。こう見えて、手先は器用だよ。ミッドランダーよりね」

 「ミッドランダー……俺達人間の事か」

 俺の言葉に、セシールは少し不満そうな表情をする。

 「どういう認識か知らないけど……亜人だって、一応分類は人間だと私は思ってるんだけど、そこんとこどうなの?」

 「ん、ああ。まあ、そうだよな。人間がミッドランダーだけだと思うのは、ちょっと違うよな。」

 「ていうか、私的にはハイランダーも人間扱いっていうのがちょっとわけわかんない。あの人たちは亜人扱いしないっていうその判断はなんなの君ら?」

 セシールがもっともらしいことを言う。

 実際、その通りだと思う。

 ハイランダーはミッドランダーよりも背が高く、身体能力に優れる種族だ。しかし外見的な特徴はほとんどミッドランダーと一緒。

 ほかのエルフやドワーフと同じように、身体的な差異があるにも関わらず、ミッドランダーとハイランダーは違和感なく、普通に共生している。

 言われてみれば不思議なものだ。しかし、言われるまでその違和感に気付くこともできなかった。

 「幼いころからハイランダーを目にする機会があったからな。だからあんまり気にしないのかもしれない」

 考えてみても、答えが出てこなかったので、思いついたままに考えを述べる。セシールは少し頬を膨らませながら

 「それじゃあ、エルフとかドワーフも小さい時から一緒にいれば仲良くできるってことじゃないの?」

 「それは……」

 どうだろう。今や亜人種と人間たちとの確執は取り返しのつかないところまで来てしまっているような気がする。そんな中、子供達を同じ環境に置いておくだろうか。それこそ何かの間違いでも起きない限り、『亜人と仲よく』なんてものは、夢物語かもしれない。

 「ま、今更どうにもならないような気もするけどね。少なくとも、この戦争が区切りつかない限り」

 「……そうだな」

 どんな形で終わるかにもよるが。

 「で、そろそろ交渉の方を進めていきたいんだけど。……えーと」

 「?」

 彼女が俺を指さしながら何やら言いよどんでいる。その行為の意味が分からなくて俺は首をかしげる。

 「なんだ?」

 「アンタ、なんて名前だっけ?」

 ああ、そう言えば名乗ってなかったか。二日も一緒にいるのに一度も名乗っていなかった。俺は苦笑しながら彼女に名乗る。

 「今はエッジと呼ばれてる。……まあ、好きに呼んでくれ」

 「エッジ……? エッジって、『ビハインドエッジ』のエッジ?」

 「……そうだ」

 あまり自分の素性をばらすのは好きじゃない。俺は若干ためらいながら答えた。


 盗賊ギルドの人間だと知られると、大体の場合ろくなことにならない。ある者は下らない正義感によって、憲兵に俺を突きだそうとした。別のものは、恐怖してその場から逃げ出した。ほかにも噂話で俺の正体を広めようとするものや、裏事情を嗅ぎまわる小汚い情報屋など、厄介なものばかりがこの形ばかりの『名前』に這いよってきたものだ。

 無論、俺の活動の障害になりそうなものは全部始末してきたが。

 「へえ、元奴隷で盗賊か……なんか、なるべくしてなった、って感じだね」

 その言葉が、やけに癪に障る。わかったようなふりをするなど。そして何より、今の言葉は差別的だった。少なくとも俺はそう感じた。

 俺が彼女を睨むと、あわてて言い直すセシール。

 「あ、いやさ。別にバカにしてるとかじゃなくてさ。一般論とでも言うのかな。ほら、君には導いてくれる人がいなかったわけじゃない? 普通の人は、大人に教えてもらって、周囲に倣って、時には真似をして。そうやって常識とか良識とかを身に着けていくわけでしょ? そういうものに触れることができなかった奴隷にとって、未来の選択肢はとても少ないんじゃないかな、と」

 彼女はひとしきり言い訳した後、再び俺の表情を窺う。俺は相変わらず険しい顔をしていた。

 彼女はため息をつくと、謝罪する。

 「ごめん。今のは私が軽率だった。謝るよ」

 「……わかればいい」

 重い空気が二人の間に流れる。俺は話題を元に戻すべく、セシールに話しかける。


 「で、交渉とか言ってたな。具体的には何をさせたいんだ?」

 「ああ、それね。えーとね……」

 俯いていた彼女は、ポリポリと頭を掻くと、咳払いを一つしてこう続ける。

 「君には、奴隷市場が開かれる場所を教えてもらいたいんだ。もちろん、報酬は出すつもりだ。」

 しゃんと胸を張ってそういう彼女に俺は疑問を投げかける。

 「お前無一文じゃなかったか?」

 そう。たしかセシールは路地裏で金貨は全部使い切ったとか言っていたはず。

 当の本人もその事実を忘れていたのか、ハッとして急に縮こまる。

 「う……いや、まあ、いつか必ず払うし……払いますから。出世払いしますから」

 「急に敬語になるなよ」

 あきれながら俺はため息をつく。すると彼女はガバッと顔を上げて言い放つ。

 「……わかった、報酬は『君の要求に応える』これでどうだ!」

 「ん? ……それ、俺の言うことを何でも聞くってことだよな?」

 俺の質問に、彼女は自分の言った言葉の意味を再確認して、少し赤くなる。

 「あ、いや、なんでもかどうかはちょっと……」

 「何でも聞くんだよな?」

 「う……その……はい」

 彼女は観念したように俯く。

 なんでもすると言ったのだ。それなりに俺にもこの話に乗る利点が生まれた。そう考えて、俺は頷く。

 「わかった。交渉成立だ。というか、交渉ってほどのモンでもないな、これじゃ」

 「え、いいの? ……物好きだね、君も」

 セシールは赤面しながらわけのわからないことを言っている。

 「ただし、一日待ってくれ」

 「え、なんで?」

 「奴隷市場は毎回開かれる場所が違うんだよ。そのために情報収集する必要がある」

 俺がそう告げると、セシールは不満そうにこちらを睨む。

 「……騙したの?」

 「一度も知ってるとは言ってない。それなのに自分を自由にしていい権利と引き換えに俺に交渉を持ちかけたのはお前だぜ?」

 「くっ……この卑劣漢め!」

 「いや、そこはお前の間抜けぶりを呪う場面だろう。俺がどうこう言われるのは筋違いだ」

 そう言って俺は席から立ち上がる。

 「まあ、受けた依頼はちゃんとこなすさ。今日一日、少しゆっくりしてろ」

 俺は玄関に向かう。

 「あ、あのさ」

 セシールに呼び止められて、俺は振り向く。これから仕事しに行こうって時に、なんだろう。


 「報酬のことなんだけど……。私、初めてだから、その……痛くしないでね?」

 「? ああ、当たり前だ。そこまで激しいことさせるつもりはねえよ。」

 「やだ、意外とロマンチスト……!?」

 「……? あれ、報酬の話だよな?」

 微妙に会話がかみ合ってない気もしたが、俺は赤面するセシールを置いて、情報収集へと向かう。

 盗賊ギルドの仲間に聞けば、誰か知ってるかもしれない。俺はアジトへと足を向けた。


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