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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
20/115

盗賊ギルド 四

     四


 「おい! もうやめろエッジ!」

 クラインがそう言って、俺の腕をつかむ。

 「放せ」

 俺はその手を振り払うと、目の前にいる老人の喉にナイフを突き立てる。そのまま突き立てたそれを真横に薙ぎ払う。

 ビシャッという音と共に血しぶきが壁一面を赤く染める。

 今日は十三人殺した。すこしやりすぎたような気もするが、それでもやらなければならない。

 「……俺たちの顔を見られた以上、誰だろうと生かしてはおけない。そうだろう?」

 「それはそうだが……少しやり過ぎだ。」

 「……盗賊ギルドが、ヌルイこと言うなよ。」

 言い返すクラインに、俺は犬歯をむき出しにして歪に笑うと、その場から立ち去る。


 俺がギルドに入ってから、二年がたった。

 いつしかクラインは、俺のことをエッジと呼ぶようになった。なんでも、俺の使ってるビハインドエッジが名前の由来らしい。まあ、別にどうでもいい。どのみち今の俺にはこれしかない。

 今日の任務は、とある商人ギルドの嫌われ者を何名が懲らしめるというもの。なんでも、法に触れるような物品を秘密裏に売りさばいていたとかで、前々から周りから疎んじられていた連中だった。なかなか物的証拠が出てこなくて、帝国も手を焼いていたらしい。

 そんな奴らに、手加減する必要はない。見せしめにするなら徹底的に、だ。

 俺はギルドの中でも、今やクラインの右腕とまで言われるほどになった。と言っても、単純な殺傷能力なら俺の方が断然上だ。しかしギルドの運営など、面倒くさいことが多いため、自分がギルドマスターになろうなどとは微塵も思わない。今では百数十人もギルドメンバーがいるのだ。その管理運営など、俺にできる訳もない。

 

 帝都から出て、ほんの少し西にある小屋から出て、俺は小高い丘から平原を眺める。

 今更だが、ここにアジトを構えた闇商人たちはセンスがいい。ここは空気が美味いし、人が寄ってきたりしない。盗賊ギルドに所属していなかったら、むしろ俺がここに住みたいくらいだった。

 深呼吸をして、小屋の近くの大木に寄りかかる。ここからなら帝都が良く見える。誰かが近づいてくるのも丸見えだ。

 ふと上を見上げると、小さな鳥たちがピーピーと言いながら枝から枝へ飛び移っているのが目に映る。

 こいつらは、自由でいいな。そんなことを考える。

 帝都から外に出たのは久しぶりだ。盗賊ギルドに入るまでは、東のレイレナード王国に住んでいた。

 いや、正確には飼われていた、か。

 アルテリア帝国の領地ではあるが、さすがに国外に逃れればその国の法は通用しない。レイレナードで奴隷だったとしても、アルテリアではその事実を隠し通せば奴隷としては見られないかもしれない。そんなことを考えての移住、もとい逃亡だった。

 が、現実は何ともままならないものだ。

 真人間として生きていくつもりはあった。しかし、どこの人間も俺を汚いものを見るかのように毛嫌いする。

 そんな連中に、小汚い小僧が頭を下げたところで雇ってくれるところなんてなかった。

 

 「……師匠は、元気にしているかな。」

 俺にビハインドエッジを披露してくれたあの人は、まだ生きているだろうか。また飢え死にしそうになってるかもしれないな。

放浪癖があり、何日も家を空けて旅をするのが好きだったり、かと思えば家に帰るなり我が家が一番だな、なんてほざき散らして、ベッドで惰眠を貪ってみたり。まあ、そういった堕落しきったところが、心配の種であり、また俺が心を許した理由でもある。

そんなだらしない人ではあるが、野望を持っていたりもした。とてもくだらない物だったが。


 (美女に囲まれたハーレムを作るぞお!)

 奥さんがいるのにそんなことを声高に叫ぶような、そんなどうしようもない人だったけど、あの人は俺を買って救ってくれた。どういうつもりだったのかはわからないが、少なくとも、俺はあの人に買われて救われた。あの人と過ごした二年間は、どの場面を思い出しても笑えてくるものばかりだった。

 ……いや、笑いごとじゃないこともたくさんあったな。何度もあの人は憲兵に捕まって、そのたび奥さんに迎えに来てもらっていたっけ。軽犯罪の常連として、憲兵にも呆れられてた。本人は笑ってたけど、奥さんはカンカンだったな。

 そう考えると、どれもこれも笑っていたのは師匠だけだったような気がする。……これ以上思い出すと頭が痛くなってきそうだ。もうやめとこう。

 俺は頭を二、三回振って切り替える。

 もう少しのんびりしていたいところだけど、さっさとアジトに戻って何か食べよう。そう言えば今日は起きてから何も食べてない。そう決めて、俺は眼下に広がる帝都へと足を進めていく。


 都に入った俺は、なるべく人目のある大通は避け、人のいない小さな通りを縫うようにしてスラム街を目指す。

 追手を気にして、というのもあるが、果たして一体何と戦っているのか。実際、そんなものは建前で、本音のところでは人に見られたくない、という、ただそれだけの事。

 恥ずかしいとかではない。俺は人々を恐怖していた。

 今の俺を見て、元奴隷だったと気付く人間が何人いるだろう。おそらく、ただの貧民が歩き回っているくらいの認識しか持たれていないと思う。

 思うのだけど。それでもやはり、俺は恐怖していた。奴隷であると露見することを。そして何より、再び虐げられることを。

 そんな自分の臆病さに嫌気がさしながらも、俺はただただ汚らしい路地を抜けていく。

 残飯が捨てられ、動物の死骸が転がるような、普通の人にしてみれば不快な道も、俺にとっては静かで堂々と歩ける、自分らしくいることができる心安らげる場所の一つだ。


 自分の弱さを鼻で笑い、むなしさがこみ上げてきたところで、いつもの道は変化を見せる。

 目の前には、薄汚いぼろを纏ったスラムの人間。それが六人ほど、何かを取り囲むようにしている。ここからでは見えないが、何やら集まって言い合いをしているらしく、時には怒気を孕んだ声を上げている。

 何事かと思い、俺は気配を気取られないようにして、建物の陰に隠れる。近くにあるゴミの山から発せられる異臭が鼻を刺激するが、それを無視して男たちの方に意識を向ける。

 「何度言ったら分かるんだよ! 金だ! 金になりそうなものを置いていけ! そしたら何もしないって言ってるだろ!」

 怒鳴る、とは少し違うな。むしろ懇願、だろうか。

 よく見れば、男の手には刃物が握られており、恐喝しているように見えるが、それだとさっきの声音の説明がつかない。もう少し身を乗り出して、俺はその囲いの中心にいる人物を見る。


 遠くから見てもわかるほどに、端正な顔立ちの少女。スラム街で見かけるにしては、少しきらびやか過ぎる衣服を身に着け、その上から栗色のローブを羽織っている。

 周りにいる男たちを睨んでいるつもりなのだろう、眉がつりあがり、口はへの字に歪んでいるが、その目はイマイチ覇気がなく、なんとなく眠そうにも見える。状況がこんなことになっていなければ、その表情は寝不足で不機嫌なのだろうと思うくらいだ。

 彼女は鼻息を荒げ、目の前の男たちに言い放つ。

 「悪いけど、金目の物なんてないわよ。この服だって、安物の素材から作ったものだし、金貨だってここまで来る途中で使っちゃったもの。家族もいないから身代金も出せないわよ」

 不機嫌そうな女は、男たちにそういうと、怖気づくでもなく、そう言い放つ。見たところ武器になるようなものを持っているようには見えない。

 だというのに、まるで恐怖を感じていないように飄々としゃべり続ける女に、男たちも動揺している。無理もない、丸腰なのにやけに上から目線なのだ。今までの狩りで、そんな人物に出会ったことなどない、それゆえの動揺。おそらく、今の場面はそんなところなのだろう。

 スラム街にいる人間は、くそ野郎やならず者ばかりだが、所詮は貧民。力自体はさほど強いものではない。しかし、スラムの人間の恐ろしさは、別のところにある。彼らには、守るべきものが少ない。ゆえに、自分さえ納得できれば、彼らはなんだってできる。

 人から奪うことに罪悪感を感じない。その障害さえ取っ払ってしまえば。自分に忠実に従う彼らならば、殺しも窃盗も強姦も。彼らにとっては許される行為になる。なってしまう。

 この少女は、スラムの人間だからと、こいつらを甘く見過ぎた。所詮は非力な貧民。刃物をもっていようが、自分なら逃げ切れるとでも思っているのだろう。

 実に甘い考えだ、と思う。

 こいつらのことを知らなさすぎる。

 「……そんな簡単に、お前をここから逃がすとでも?」

 男たちは下卑た笑みを浮かべながら少女に近寄る。


 自業自得だな。

 自分には何もありませんと少女は言った。そして何も後ろ盾がないことも自ら白状してしまった。その末路は、見えている。

 この後追い立てられ、逃走中に別の場所に潜んでる男たちに捕まり、身ぐるみをはがされ、犯され、蹂躙され尽くした後に人身売買でもされるだろう。

 何も苦労せず、のうのうと一般市民をやってきた人間。どういうつもりかは知らないがここに足を踏み入れたことがすべての間違いだ。

この程度の連中なら大丈夫だろう。

この程度の場所なら問題ないだろう。

この程度の障害なら突破できるだろう。

そんな驕った考えが、彼女を殺す。肉体的には死ななかったとしても、精神を殺すことになる。

 「自業自得だ」

 俺は小さな声でそうつぶやく。

 なにもかも、彼女の選択が原因で、その行動が原因で。

 それが彼女を滅ぼすなら、それは彼女が選んだ未来だ。

 俺には何の関係もないし、どうこうする義理もない。

 俺は歩き出して、その場から遠ざかる。

 一歩、また一歩とその場から離れて、やがて男たちの怒号も、聞こえるであろう少女の悲鳴も聞こえないほどに遠ざかる。

 そして。






 俺は見えない距離からナイフを抜き放ち、男たちに向けて投擲した。


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