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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
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盗賊ギルド 三

     三


 久しぶりに落ち着ける環境で眠ったからか、俺はこの日、いつもよりも清々しい朝を迎えた。

 ベッドから起き上がり、自分が空腹であることに気が付く。そう言えば、昨日は胃の中の物を全て吐き出してしまったんだったか。我ながら、情けない上にもったいないことをした。

 ふらふらと部屋を出て、大きな広間に出る。昨日の宴の残骸と、泥酔した男たちが裸で眠りこけている姿が目に入る。

 バカな奴らだ。そんな恰好だと風邪をひくだろうに。仕事に支障が出たらどうするんだ。そんなことを思いながら、男たちを無視して、テーブルの上に置いてあった、しなびた肉を口にする。すっかり固くなっており、とても美味いとは思えなかったが、何も喰わないよりましだ。そして残すよりも、ずっとましだ。


 それから、ふと倉庫の端の方を見る。

 憔悴した女性たちが、鎖につながれたまま放置されていた。目は虚ろで、すでに泣き叫んだりもせず、ただただ一点を見つめているだけだ。

 俺は彼女たちに近づく。

 「ひっ」

 女性の一人がこちらに気付き、がたがたと震えだす。しかし、他の二人はすでに抵抗する気力もないのか、こちらを見ても何の反応も返さない。

 「……」

 俺は、彼女の手を見る。その手首は鎖で壁につながれていて、脱出することはできない状態だった。

 「ひぃぃ……!」

 恐怖に身を縮こまらせる金髪の女性を見て、俺は昔のことを思い出す。

 こうやって壁につながれて、薄汚い豚野郎に体をまさぐられ、気絶するまで殴られたっけ。

 彼女たちも、俺と同じ目にあった。

 俺の中で、彼女はもはや一般市民ではなくなった。当然、一般市民じゃないなら怖がる必要もない。俺は彼女に話しかける。

 「アンタ」

 「ひっ」

 俺の声に、女性は返事をするも、もはやそれは悲鳴にしかなっておらず、会話が成立するのかと一瞬考えたが、とりあえず話してみるだけ話してみるか。

 「そんなに怯えるなよ。別にとって食ったりするわけじゃない」

 「ぅ……」

 「……アンタ、普段どうやって生計立ててるんだ?」

 「……ぇ?」

 「まさかお金が湧いて出てくるわけでもないだろう。どうやって生計立ててるんだよ?」

 俺の質問の意味を、ゆっくりと考えて、それから彼女はようやく口を動かす。

 「あ……わたしは、小さな飲食店をやってまして……そこの、住込みの、店員です……」

 「へえ、そうなんだ。じゃあ、料理とか上手いのか?」

 「そ、それなりには……」

 「なるほど」

 俺はそう言って、テーブルの方から、一番美味そうで、まだ手が付けられてない肉を選ぶ。

 「これ、食べてみてくれ」

 「え?」

 「安心しろ。さっき俺も食った。別に腐ってない。」

 彼女に渡すと、それをもそもそと食べだす。少し硬かったのか、しっかりと歯を立てて、肉を引きちぎる。そのまま口の中に詰め込むと、咀嚼しながらこちらの様子を窺う。俺は黙って彼女の食べ終わるのを待つ。

 「……、たべ、ました。」

 「そっか。」

 俺はそのままその場に腰を下ろす。床がひんやりとしていて、結構寒い。彼女たちは、こんなところにずっと裸でいたのか。と、いまさらながらそんなことを思う。

 「で、どうだった?」

 「……どう、というのは……」

 「具体的には、アンタの作る飯と、どっちが美味いのかって質問なんだけど。」

 「……」

 なんと答えれば正解なのか、女性は考えている。が、こちらの様子を窺うばかりで、質問の答えは帰って来ない。

 「正直でいいよ。俺はこの肉、昨日は美味いと思ったけど、味付けが少し強い気がする。アンタは、これより美味い料理作れる?」

 女性は、少し考えてから、首を縦に振る。

 「そっか。」

 俺はその答えに満足して、立ち上がって彼女の側に近づく。

 当然女性は警戒する。が、丸腰な上に全裸だ。おそらく攻撃とかはしてこないだろう。

 俺はそんな彼女を無視して、腰からナイフを取り出す。

 「ひっ」

 「そこを動くなよ」

 俺はそう言って、ナイフを振り下ろす。

 ガギッと鈍い音が鳴り、鎖が斬れる。

 女性は目を見開きながら、こちらの方を見ている。

 「いろいろ教えてくれないか? 料理って奴。俺も、飯ぐらい作れるようになりたいんだ」

 女性はまだ、体をこわばらせていた。多分、色々考えているのだろう。逃げ出そうか、とか。従わなかったら何をされるんだろうか、とか。

 「その格好では、逃げないほうが良いぞ。そのまま出たら、多分昨日よりひどい目にあわされる。一応ここ、スラム街だし」

 俺は釘を刺しておく。彼女はおとなしくなり、俺の方を不安そうに見つめている。

 「別に殺すとか言ってるわけじゃない。ただ、料理をいくつか教えてくれればいい。お願いだ」

 俺は軽く頭を下げる。彼女は戸惑いながらも、ぽつりとつぶやく。

 「わ、わかりました……」

 

 勝手に厨房を借りて、勝手に朝食を作る。金髪の女性は、びくびくしながらも俺に色々と指示をくれる。

 「このオニオンは、どうするんだ?」

 「そ、それは薄くスライスして、しばらく水につけます……。あ、ある程度時間が経ったら、さっき切った野菜と和えて、ドレッシングをかけて出来上がりです。」

 「ふーん、結構手間がかかってるんだな。」

 俺は野菜を切っていく。正直、料理なんてしたことなかったが、ナイフの技術を磨いていたからか。意外と切るのは得意みたいだった。指示された通りに野菜を切り、水に浸す。

 彼女が俺に教えてくれたのは、簡単なサラダとスープの作り方。アジトにあった食材を勝手に使っているが、まあ、全員分の食事だし、文句は言われないだろう。

 今は俺が着ていたローブを彼女に貸しているが、それでもすこし寒いようで、時々くしゃみをしている。

 「で、あとはこっちは味をつけて完成か。何を入れればいいんだ?」

 「えっと、塩と胡椒。それから、出汁がとれるものでしょうか」

 「ダシ?」

 「はい。えっと……動物の骨とかでもいいんですけど……」

 「ああ、それならさっきのを使おう。」

 俺はスープを温めながら混ぜる。

 と、後ろで彼女は何かを見つめたようで声を上げる。

 「あ、ハーブティーもあるんですね。」

 「ハーブティー?」

 「はい、良い香りのするお茶です。とてもおいしいんですよ。」

 「へえ、そうなんだ。それも朝食と一緒に飲もうか」

 「うーん、この朝食のメニューだと、ちょっと合わないかもしれないですけど……。」

 

 そんなやりとりをしながら、朝食を作っているときだった。俺は後ろから急にこそこそとした気配を感じて振り返る。

 「どうした?」

 「あ、いえ、なんでもありません……」

 彼女は目を伏せる。

 おそらく今、包丁を隠し取ったのだろう。左手を後ろにしている。バレバレだ。

 「……言っておくけど、後ろから斬りかかろうとしても無駄だぞ。気配でわかる。」

 「……!」

 彼女は唖然としたようで、そのまま動かなくなってしまう。見抜かれたことが相当ショックだったらしい。

 当然だ。盗みを働いたこともない人間が、何を隠し持っているかなんて、見破るのはたやすい。そういうのは往々にしてばれるものだ。

 「わかったら、それを元の位置に……」

 「なんだ、随分良い匂いが……!?」

 そこに現れたのは、クラインだ。

 どうやら、飯の匂いにつられて起きてきたらしい。

 「……おはようクライン。」

 「おいおい、お前さん。どういうつもりだ?」

 「見ての通りだ。飯の作り方を教えてもらってる。」

 「そういうことを訊いてるんじゃねえ。捕まえた女を解放して、何の真似だって言ってんだ。」

 クラインはそう言いながら険しい顔をして俺に詰め寄ってくる。

 「アンタが言ったんだろ? ここにあるものは皆のものだ。好きにしていいって。」

 俺が言い返すと、クラインが少し考える。

 「ん~? そう言えば、そんなことを言ったような気も……」

 「だから飯の作り方を教えてもらっただけだ。」

 俺はそう言うと、スープの味付けに戻る。スプーンで掬って、一口すする。

 大分それらしくなってきたと思うが、まだなんか足りない気がする。甘味だろうか。

 「ま、飯作るぐらいならいいか。終わったら、その女、元の場所に戻しておけよ。」

 「……それなんだけど。」

 俺はクラインに尋ねる。

 「……もう、この人達解放してもいいんじゃないのか? 用は済んだんだろ?」

 クラインは鼻で笑うと、こう言い返す。

 「冗談じゃねえ。一度手にしたものを、そう簡単に手放したりするもんかよ。」

 「……そう。まあいいけど。」

 「じゃあ、俺は二度寝する。飯ができたら、起こしてくれよ」

 クラインはそのまま厨房から出て行く。

 「……あの」

 「ん?」

 しばらくすると、女性が少し俯き、目を合わせずに俺に問いかける

 

 「なんで、こんなことをしたんですか?」

 「……言ったろ。飯を作るためだ。」

 「そうじゃなくて!」

 女性は叫びだす。俺は手を止めて彼女の方を見る。

 「なんで! 私達をこんなところに連れてきたんですか!? 誰でもよかったじゃないですか! どうして、こんな目に遭わせるんですか! なんで……」

 彼女はそのまま泣き出してしまう。そのまましゃがみ、嗚咽を漏らしながらすすり泣く。

 「……ごめん。でも、仕方なかったんだ。俺が生きていくためには、こういうことをする意外に手段がなかったんだ。」

 「なんでですか! なんでこんなことをしなきゃいけないんですか!?」

 「……」

 こんなふうに、誰かに詰め寄られたことがないので、俺は少したじろぐ。

 だって、仕方がないじゃないか。

 俺にできることは、人を殺すことだけだ。

 他には、何のとりえもない。

 「……俺だって」

 俺だって。

 こんなことしなくて済むなら、どんなにいいだろう。

 でも無理なんだ。

 五年も奴隷やってて、世間のことはわからない。知ってることと言えば、人の殺し方。

 そんな俺が、どうやって生計を立てて行けばいい?

 その答えが、これだ。他人から奪う。持てる者から、奪い取って自分のものにする。

それくらいしか、生きていく手段がないじゃないか。

 「あなたは……! あなたたちは、最低です! ……もう帰りたい……家に帰りたい……」

 女性はもう、ただ嗚咽を漏らすだけになる。

 仕方ないじゃないか。こうでもしないと、俺は生きていけない。

 それとも。

 野垂れ死んでいればよかったのか?

 「……こうするしか、なかった。」

 俺は、それしか答えることができない。

 まるで良い訳をするみたいに。

 「……本当にそうなんですか?」

 彼女は、今度は俺の目を見ている。

 「本当に、仕方がなかったんですか? 本当に、こんな方法しかなかったんですか?」

 彼女は、怒りをあらわにして俺に問いかける。

 「こうするしかなかったって言ってますけど……努力したんですか?」

 「……努力?」

 「勉強するとか、働いてみるとか。何かやってみたんですか?」

 「それは……」

 そんなもの。やったに決まっている。

 でも奴隷上がりの、小汚い小僧なんか、どこも雇ってくれない。下手をすれば、また奴隷として売られかねない。

 「こんなの、……最低です……」

 彼女は目に怒りを湛えたまま、俺を睨む。

 「……信用できないんだよ……」

 俺は、ぽつぽつと良い訳をする。

 なんでだ?

 「……昔、俺は奴隷だったんだ……」

 それを言うと、彼女は目を見開く。

 「奴隷ってだけで、街の人にも……俺より小さい子供にさえ……暴力振るわれて……俺、何にも悪いことしてなかったのに……みんな、俺の事汚い物でも見るように……おもちゃみたいに……! 怖いんだよ、お前らが!」

 俺は心の中の弱い部分をさらけ出す。

 なんで、こんなこと言ってんだ俺は?

 「どうして、そんな奴らを信用できる? どうして、復讐しちゃだめなんだ? 俺は……俺は間違ってない!」

 そんなことを喚く。

 なんでこんなこと言ってんだろう。本当に。自分でわけがわからない。

 「……奴隷……だったの?」

 女性が、驚いたように俺を見る。

 「そうだよ! お前らの大嫌いな、薄汚れた人間以下の家畜だよ! お前らがそういう風に俺をいじめてきたんだ! 俺だって……俺だって人間なのにだ!」

 こんなこと、言ったってどうにもならないだろう。やめようよ。

 そんな心の声が聞こえるが、俺はもう止まらない。

 「だから、おんなじ目に遭わせてやったんだ! でもまだこんなの甘っちょろいぞ! 俺はこんな生活を五年間強いられたんだ! お前らにも、おんなじ苦痛を味わわせてやる!」

 俺はそんなことを叫ぶ。

 

 「……かわいそうな人」

 彼女は、そう言った。

 俺は耳を疑った。

 かわいそう? 俺が?

 「ずっと、つらかったんだね……」

 そう言って、彼女は俺に手を伸ばしてくる。

 その手が俺の頬に触れ、首に回る。

 「……つらかったんだね」

 もう一度、彼女がそうつぶやく。

 不思議と、俺は涙を流していた。

 痛かったわけじゃない。苦しかったわけじゃない。ただ、嬉しかった。

 俺の痛みをわかってくれて。

 俺のことを、真摯に受け止めてもらえて。

 嬉しくて、涙があふれてきた。

 なんで、自分があんなことを口走っていたのか、分かった気がする。

 きっと、分かってほしかったんだ。俺という人間を、理解してほしかったんだ。

 「お、俺……俺だって……こんなこと……」

 「わかるよ。つらかったよね」

 優しく包まれて、俺は彼女にしがみつく。

 今まで、誰かにそうしてもらったことがなかった分、余計にうれしかった。受け入れられて、心の底からじんわりと温かいものがあふれる。

 この人に、甘えたい。

すでに忘れかけていた、母のぬくもりをこの人に重ねたんだろう。俺はそんなふうに思っていた。




 「だから、楽にしてあげる。」

 ザクッという音が鳴る

 背中に衝撃が走る。

 あれ、と思った時には、すでに遅かった。

 背中に、ジリジリと痛みが走っていき、やがてそれは激痛に変わる。

 「あ、れ……?」

 なんでだろう、そう思った。

 この人は、俺の事を分かってくれたんじゃないのか?

 この人は、俺の味方なんじゃないのか?

 ……そう言えば。

 彼女は包丁を手に持っていた。

 それを元に戻した姿を、俺は見てない。

 刺された、と認識するまでにとてつもない時間を要した。

 「……なん……で……」

 「……奴隷風情が、……よくも私をこんな目に……!」

 女性は、屈辱と怒りに染まった、涙を湛えた瞳で俺を見下ろす。

 ああ。

 そうか。

 今の、全部演技か。

 ……嬉しかったのにな。


 畜生。

 激痛で、意識が朦朧としてくる。涙で視界が滲む。そのまま俺は床に崩れ落ちる。その隙に、彼女はその場から走り出していったようだ。

 きっと、逃げ出すんだろう。今ならまだ、皆寝ているだろうし。……しまったな。貸したあのローブ、結構高かったのに。


 俺は、ゆっくりと意識を手放す。そして、もし生き残れたのなら。

 もう二度と、人間なんて信じない。

そう誓った。


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