盗賊ギルド 二
二
「やめてえ!」
「だれかたすけてえー!」
三人の半裸の女性たちが悲鳴を上げながら、誰にともなく助けを求める。しかしその声が誰かに届くわけもなく、薄ら笑いを浮かべた男たちが下半身丸出しで女たちに群がっている。
「まさか、半日で仕事を片付けるとはな。それなり以上に使えるみてえだな、お前。」
薄暗いアジトの中で、クラインはそう言いながらジョッキの中身を飲み干す。そのまま鼻で息を吐き出すと、大層愉快そうに笑い出す。
「有能な奴は大歓迎だ。これからもよろしく頼むぜ、お前さん。」
そう言いながら、もう一つのジョッキに酒を注ぎ、俺の方に差し出してくる。
「……悪いけど、酒はのまない。」
「おいおい、付き合いが悪いぜ。飲んどけ、友好の証だ。」
そう言いながらもなおも酒を薦めてくる。渋々受け取り口をつけるが、強いアルコールの匂いにむせそうになり、そのままジョッキをテーブルに置く。
「……で、次の仕事は無いのか?」
「おいおい、随分仕事熱心だな。だが残念ながら、依頼はほかの連中も受けてるからな。しばらくはねえよ。」
そう言って、空いたジョッキに再び酒を注ぎ足すクライン。そして、注いだ傍からグビグビと酒を飲み干していく。
「……仕事がないと飯にありつけない。」
「あん? 何言ってんだ、お前さんはもう盗賊ギルドの仲間だぜ? ここにある飯も酒も女も、全部皆のもんだ。好きに食え、飲め、騒げ。その資格が、お前にはあるんだよ。」
「……そうか。」
俺は短く返事をすると、テーブルに並ぶ骨付き肉に手を伸ばし、それを丸かじりする。
久々に食った動物の肉は、自分が想像していた以上に美味いと感じ、もくもくとそれを頬張り続ける。
ふと、気になったことを聞いてみる。
「……アレ、楽しいのか?」
「ん? アレ?」
俺は女性たちの方を指さす。
男たちがだらしなく笑いながら女たちに群がっているその様は、個人的には見ていて吐き気を催す。しかしスラム街では、特に人通りの少ない路地裏では良くある光景だ。あの行為に何の意味があるのか、実際のところ良くわかっていなかった。
クラインはニヤリと笑う。
「なんだ、仲間に入れてほしいのか? だったらアイツらに言ってきな。渋るかもしれねえが、無下にはしねえだろうよ。」
そう言いながらクラインは再び酒をあおる。
酒を飲んでいるからか、質問の答えになっていなかったため、俺は半裸の男たちに聞いてみることにした。
「聞いていいか?」
近づいて行って俺が声をかけると、女性にのしかかっている男が不満そうにこちらを振り向く。
「んだよ、なんか用か?」
「それ、面白いのか?」
「ああ?」
間抜けな顔をし、数秒。すると、男は突然笑い出す。
「ぎゃはは! なんだお前! 女を知らねえのかよ!」
「……? 意味がよくわからないんだけど。」
「そうかいそうかい、まあ見てろよ。これが終わったらお前にもやらせてやるからよ。」
そう言って、男は愉快そうに笑う。
その時、女性の一人が男たちの拘束から逃れ、俺の足にすがりついてくる。
「お願いします、助けて! もう嫌! 家に帰してください! お願いします!」
「おい、このアマ、逃げんじゃねえ!」
掴みかかろうとする男たちを、俺は手で制止する。そして足元にいる青い髪の女に話しかける。
「アンタ、貴族か何か?」
「え?」
女性はいきなりの質問に困惑する。しかし、すぐに自分の身分を明かす。
「た、ただの一般市民です! こんなことをしても、身代金も出せませんし、なんにもなりません! お願いします、見逃してください!」
涙声になりながら、女性が懇願してくる。俺は屈んで彼女に目線を合わせる。そして、俺は彼女の頭に手を乗せて言う。
「お前らが、俺を助けてくれたことが一度でもあるか?」
女性は再び困惑する。俺はそれを無視して言葉を続ける。
「奴隷って理由だけで、お前ら一般市民に嬲られて、奪われ続けてきた俺を。お前が救ってくれたことが一度でもあったか?」
女の顔から、だんだん血の気が失せていく。
「俺に限らず、一度でも街の中で虐げられている人間を助けたことがあったか? どうだ?」
女は、口を震わせながら、何かを言おうとするが、ただ開閉させるだけで、うまく言葉にできないらしい。
「わた、私は、……私は、ずっと……良くないことだと、思ってて……でも、それは……。」
「即答できないってことは、……つまりそういうことだ。」
俺は立ち上がり、彼女を見下ろす。
「……俺と同じ目に遭えばいい。」
俺はそのまま踵を返し、元いたテーブルに戻る。途中、何度も悲鳴や謝罪が聞こえたが、そんなものは俺の心には届かない。
「……お前さん、奴隷だったのか?」
「二年前までな。……なんだ、文句でもあるのか?」
「おいおい、ピリピリすんなよ。んなこと気にするな。ここにいる奴のほとんどが、元奴隷だよ。お前さんのお仲間ってわけだ。ま、そういう俺もだけどな。」
ガハハハハ、と盛大に笑う。しかし俺はとてもじゃないが笑えるような気持ちではなかった。
「まあ、辛気臭くなってもなんもいいことなんかありゃしねえ。とりあえず飲め。」
再び俺にジョッキを薦めてくるクライン。なんだかどうでも良くなり、酒を受け取る。
息を止めて、ジョッキの中身を一気に喉奥に流し込んでいく。最後の一口まで息を止めて、グラスをダンとテーブルに叩きつけるように置く。
「くぁ……!」
自分の胃の中からアルコール臭がすることに違和感と嫌悪感を抱きながら、俺は咳き込む。
「ガハハ! お前さん下戸か! ハハハハハ! まあ人生は長ぇ、これから酒の味をゆっくり覚えていきな!」
「……こんなもの、二度と飲むかよ。」
俺は悪態をついて、逆流しそうになる胃の中身をこらえる。
「そうだ、お前さん。聞きたいことがあったんだよ。」
クラインが、そう言って真面目な顔になる。
「お前さんのあの剣技、ありゃ一体何だ? あんな早い動き、今まで見たこともねえ。どっかで教わったのか?」
そんな質問をぶつけてくるクラインに俺は吐き気を我慢しながら短く答える。
「……ビハインドエッジ。暗殺術の一つらしい。」
「ビハインド……エッジ? 聞いたことねえな。」
クラインはそう言いながら、骨付き肉を豪快に食らう。口の周りが油まみれで下品だが、こんな環境だからだろうか。本人は特に気にした様子もない。
「それに、暗殺術だと? そんなモン、どうやって教わったんだ?」
「教わったんじゃない。……盗んだんだ。」
「技術を盗んだって奴か。しかし、いったい誰から……。」
クラインが話してる途中、俺は猛烈な吐き気をこらえきれず、たまらず席を立つ。そのまま窓のところまで行くと、そのまま胃の中身を盛大に外に吐き出してしまう。
「おいおい、大丈夫か? お前さん。」
「きもちわるい……。もう休んでいいか?」
「もう寝るのか? まあいいが。ゆっくり休め。」
「ああ……。」
俺はそのまま、奥の小部屋に入る。どうやらベッドが置かれているのは数台だけらしい。人数に対してあまりにも少なすぎるが、そのうちの一台を勝手に使わせてもらう。
今日は三人殺した。
明日は何人殺さなければならないんだろう。
そんなことを考えながら、俺は眠りにつく。
騒がしい声と悲鳴に包まれながら、俺はこの日久しぶりにベッドで眠ることができた。
意識が闇に堕ちるまで、俺の右手はずっと震えていた。