盗賊ギルド 一
一
帝都アルテリア。ここには、たくさんの人や物が集まってくる。
貴族などの上流階級には、宝石や貴金属が売れる。大陸の中央に帝都が位置しているため、冒険者も足を運ぶことが多い。結果的に武器屋、薬屋などの冒険の助けになる店や、情報交換のための酒場、宿泊施設や、魔道具を売っているところもある。
その一方で、人が多くなるということはそれだけ治安が乱れることにもつながってくる。貧富の差から引き起こされる盗みや強盗、殺人。ほかにも挙げればきりがない。
しかし、それでも人々は密接なつながりの中、協力して生きている。その例として、ギルドなどの同業者組合があげられる。
たとえば、冒険者ギルドというものがある。ギルドマスターがさまざまな分野の依頼を一般人から斡旋し、それを冒険者たちがこなし、報酬を得るというもの。
自分でできないことをギルドに依頼することで、依頼主は自分の目的を果たすことができ、受注した側も報酬を受け取ることによって生計を立てることができる、という、そういう仕組みになっている。
もちろん、同業者の集まりという意味なら、冒険者ギルドだけではなく、さまざまなものがある。
商人ギルド、手工業ギルド、珍しいものだと娯楽ギルドなんてものもある。娯楽施設の計画や、建設に携わる者たちの集まりだ。
そういったギルドの中でも、特に異質なものがある。
盗賊ギルドだ。
ギルドとは言っても、要は盗賊の集まりみたいなもので、やることは盗みだけではない。法に触れることも平気でやる。強盗、誘拐、殺人。なんでもありの、ならず者の集団だ。
帝都で普通に生活を送るなら、盗賊ギルドと関わることはほとんどないだろう。もちろん、関わろうともするべきではない。
しかし、俺はこの忌むべき組織のアジトと噂されている、倒壊寸前の建物の前にいる。
元奴隷で、特別な才能があるわけでもない今の俺には、もはやこのギルドで生計を立てる以外の手段がない。特殊な才能と言えば、せいぜい人を斬ることくらいか。そんなもの、ここでしか役に立たないだろう。
俺は尊敬する人物の言葉を思い出す。
金がなくちゃ、人間は生きていけない。どんな汚いことだろうと、それで今日の命がつながるなら、それでよし。
とにかく、今の俺には金が必要だ。
建物とは不釣り合いな、鉄製の堅牢な扉には鍵がかかっており、正面からは入れそうにない。これだけ古い建物なら、どこかから忍び込める場所もあるかもしれないが、かといって、あまりこの建物の周りをうろちょろするべきではない。
ここはスラム街。腐った人間たちの吹き溜まりだ。こんなところにずっと立っていれば、俺はまたあの時のような仕打ちを受けるだろう。さすがにこのスラム街の住人全員を相手取るほど、今の俺は強くない。圧倒的な数の前に、俺の力はひどく無力だ。
「そんなのはごめんだ。」
俺はぽつりとつぶやくと、フードを目深にかぶる。
そして、鉄製のドアを乱暴に蹴る。当然、そんなことをしてもドアは壊れない。精々、鉄板がわずかに歪む程度だ。しかし目的はドアの破壊じゃない。
俺は素早くドアの脇に控える。しばらくすると、中から足音が近づいてくる。慎重に歩いているようだが、まるでなっていない。
この程度の奴なら問題ないだろう。俺は右手にナイフを構える。
ガシャリとカギの開く重々しい音が聞こえる。そしてゆっくりと、外の様子を窺うようにドアが開かれる。
赤毛の男が少しだけ顔を出して周囲を窺う。その隙をついた。
ドアの陰から飛び出し、男の髪の毛を掴み、外へ引きずり出す。そのまま背後を取り、首筋にナイフをあてがい、抵抗させないようにする。
「なんっ……!?」
「余計な動きをしたら殺す。」
それだけ短く告げ、俺は足でドアを開放する。そのまま男を盾にするように中に入る。
そこは、もともと倉庫だったようだが、古びたテーブルや朽ち果てた家具などが並んでいた。おそらくどこかの廃屋から運び出してきたのだろう。椅子に座っていた者や、食事をとっていた者、奥の部屋にいた連中も一斉に立ち上がり、武器を構える。
「交渉しに来た。妙な動きをしたら殺す。全員動くな。」
「なんだこのガキは!」
「舐めた真似しやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
口々にならず者たちの怒号が飛び交う中、俺は連中の人数を確認する。
二十二……いや、二十五人か。物陰に三人潜んでいる。
この人数なら、いけるな。そんなことを考えていた。
「まて、お前ら。」
その時、奥から低い声が響く。その場にいた全員が、奥の部屋の方を見遣る。
かなり大柄な、体格のいい男だ。その背中には両手斧が背負われており、常人では構えることすらできないだろう。
男は俺を一瞥したあと、こう言い放つ。
「……小僧。人質のつもりかもしれんが、無駄だ。そいつを盾に取ったところで、俺様の命令さえあればこいつらは一斉に飛びかかる。」
「……そうかい。」
その言葉を聞いて、俺は人質を蹴り飛ばす。
「あがっ!」
赤毛の男は、突如解放されたためにバランスを崩し、数歩先でよろめいて転ぶ。
「けっ! バカが! 自分から人質を解放しやがった! やっちまえ!」
そう叫んだのは誰だったのか。間違いなく、あのリーダー格の男ではなかったが、その声を皮切りに、一斉にならず者の集団が襲い掛かる。
俺は体を半身にして、少しだけ腰を落とす。一番先に飛びかかってきた男のナイフを躱して、的確に首に斬撃を放つ。
瞬間、鮮血があたり一面に飛び散る。周囲の男たちは、何が起こったのかわからないようで、足を止める。
「言ったはずだ。妙な動きをしたら殺す。」
俺はできる限り冷たく言い放つ。これで怯えてくれれば、少しは交渉が有利に進むかもしれない。
だが、誰かがこんなことを叫ぶ。
「なめんじゃねえ! 震えてるじゃねえかこのガキ! こんな臆病者にビビることはねえ! ぶっ殺せ!」
突進しながら小剣を俺に突き立てようとする男。
その突きは、お世辞にも早いとは言えないほどのもので、いかにこの男が今までぬるい生き方をしてきたのかがうかがえる。
「……震えてるんじゃねえ。」
小声でつぶやき、男の剣を逆手で持ったナイフで弾く。そのまま流れるような動きで、男の眼球にナイフを突き立てる。無論、その傷は脳にも達しているだろう。
「がっ……ひゅ……」
「……昂ってるだけだ。」
ナイフを引き抜くと、男はそのまま脱力するように床に落ちる。ゴトッという音を立てて、そのまま赤い液体を床にしみこませる。痙攣しているようだが、どうせもう助からないだろう。
「もう一度言う。交渉しに来た。余計なことをするな。」
その場にいる全員が凍りつく。全員が恐怖しているようだ。
好都合だ。これなら話し合いもすぐに片付くだろう。
「……交渉だと?」
どれくらいだろうか。長い沈黙を破ったのは、リーダー格の男。その男は前に進み出てくると俺の前に立ちはだかる。
「……これだけのことをして、交渉で済むと思ってんのか?」
「……それはアンタ次第だ。俺をここで始末するなら、少なくともあと十人は巻き添えにする。交渉に乗ってくれるなら、これ以上危害を加えるつもりはない。」
俺がそう告げると、男は少し考える。
「……で、要求はなんだ?」
「……仕事をくれ。」
その言葉に、男は目を剥く。
「おいおい、冗談だろう? 仕事を引き受けたいがために二人も殺しやがったのか?」
「言っておくが先に仕掛けてきたのはそいつらだ。俺は交渉しに来たって言ったはずだ。」
おいおい、と男はあきれ返る。周りの男たちは、唖然としている。
「で、どうするんだ? 仕事をくれるのか? くれないのか? 決めるのはアンタなんだろう。」
男はおいおい、とまたつぶやく。口癖なのだろうか。すごく耳障りだ。そんなことを考えながら、男を睨む。
「……仕事をやらんでもない。」
男がそういうと、周りの下っ端たちは騒然とする。
「お頭! いいんですか!? イーサンとコリンがやられたんですよ!?」
「黙ってろ!」
一瞥して吠えると、途端に下っ端どもはおとなしくなる。お頭と呼ばれた男は、こちらに向き直る。
「……条件がある。こういう意見もあることだ。お前には、償ってもらおうじゃねえか。」
「何をすればいいんだ?」
「なに、簡単だ。お前が殺した連中の仕事を、代わりにお前がこなせ。ただし、これに関しては報酬は出さん。……贖罪が済んだら、そのあとは自由に仕事を受けていい。」
「わかった。内容を教えろ。」
事務的な会話をしていたが、とうとう周りの男たちが怒り狂う。
「ふざけんじゃねえ! いきなり出てきてなんだテメエは! イーサンを、コリンを返せ!」
右後ろに控えていた男が掴みかかってこようとするが、俺はその手を振り払い、逆に男の襟をつかむと、そのまま地面に叩きつける。
「ガハッ、てめえ……」
「騒ぐな、おとなしくしてろ。」
俺はその男にそれだけ告げると、再びリーダーに向き直る。
「それで、内容は。」
「……内容は二つ。一つは、要人の暗殺。没落貴族のルーズベルト家に仕えてる執事を殺せばいい。まあ、もともと黒い噂の絶えない奴だ。死んでも誰も困らんどころか、金を払ってでも殺したいと思われるほどの奴だ。名前は、デリク=カーマイン。歳は五十二。死にぞこないの、痩せたジジイだ。」
「……それだけわかれば十分だな。もう一つは?」
「仕事ってほどのモンでもねえ。ただの雑務だ。女を連れてこい。最低でも二人だ。」
「……誰でもいいのか?」
「おいおい、分かってんだろ? それなりにソソる女だ。この二つをこなせるなら正式にギルドに……」
「わかった。今日の夜には戻る。場所はここでいいんだな?」
俺はそれだけ言うと、その場を立ち去ろうとする。
「待てよ。……お前名前は?」
リーダーの男は俺に対してそう問いかけてくる。
「……名前はない。」
というより、もう覚えていなかった。幼いころから奴隷として生きてきた俺には、名前は無意味なものになったし、いろんな呼び方をされていたこともあり、自分の名前など忘れてしまっていた。
「そうかい。俺様はクラインだ。」
返事はせず、俺はそのままオンボロギルドから出て行く。その途中、憎悪を込めた複数の視線を後ろから向けられるが、こんなもの。
奴隷時代に比べれば、むしろ心地いいくらいだ。
その視線を無視し、俺はさっさと仕事を片付けるべく、まずは貴族の屋敷に足を向けた。