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太陽のギルド  作者: 三水 歩
奴隷少女
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奴隷少女 終章

     終章


  茜色に染まる、まだ騒がしさの残る街の中。中央通の噴水広場を取り囲んでいる繁華街には、たくさんの綺麗なお店が立ち並ぶ。食事ができるところ、お洋服が買えるところ、旅人の為に用意された宿、武器や防具が並ぶお店。魔法の力が込められた道具を売っている店などなど。

 その中で、一つだけ異様な雰囲気を放つ、お世辞にも綺麗とは言い難い建物。酒場と呼ばれるところだけど、営業しているのか怪しく思える。スラム街に建っていた建物をそのままこの繁華街に持ってきたような、そんな違和感を放つ建物。その雰囲気に、町の人はここに近づこうとさえしないようだった。


 あれから一週間が経つ。ガルドさんは、未だに治療を受けているそうだ。

今日は、以前報告し忘れていた仕事先の仲間に報告しに来ていた。

 「ここが、ジョルジュって奴のいる場所だ。」

 隣に並ぶ彼は、そう言って私の手を引いていく。私は少し緊張しながらも、彼の後についていく。

 中に入ると、十人以上の大人たちがそれぞれテーブルやカウンターに座っているのが目に入る。四角い机一つにつき椅子は4つ。それが8つもあり、その上カウンターにもいくつか席がある。四十人ぐらいならすっぽり入れてしまうような大きなお店に、私は少し感動する。

 ソルさんはそのまま私の手を引いて、カウンターの向こうにいる不健康そうな顔色のおじさんに話しかける。

 「久しぶり、ジョルジュ。報告に来たよ。」

 ソルさんがそういうと、その男の人は口をあんまり動かさずに目だけで笑うと、親しげに言葉を返す。

 「遅え。全く、あれから二週間も音沙汰なしとはな。もしかしたら、ドジって死んじまったんじゃねえかと心配してたところだぜ。……嘘だけどな。」

 嘘かよ、と言ってソルさんが軽く笑う。

 ジョルジュというおじさんもへへへ、と笑っていたが、不意に私と視線がぶつかる。

 「……ど、どうも。」

 「ソル、お前……新しい奴隷って、この子のことか?」

 「違うよ。」

 ソルさんはきっぱりと言い放つ。

 「奴隷じゃない。俺の家族だ。紹介するよジョルジュ。俺の新しい家族。レリィだ。」

 そう言いながら、ソルさんが私の両肩に手を置いて、自分の前に連れてくる。私はすこし緊張しながら、自己紹介をする。

 「れ、レリィです。よ、よろしくお願いします……。」

 「へぇ~。こりゃまたえらい別嬪さんを連れてきたもんだ。お前がまさか酒場に女を連れてくる日が来るとはな。……連れてきても、せいぜいじゃじゃ馬のセシールくらいのもんだと思ってたんだがなあ。」

 そう言いながら、白髪交じりの頭をぼりぼりと書きながら、両肩をすくめる動作をする。しかし、その顔はどこか嬉しそうにしているようだった。

 ジョルジュさんは、ちらっと私を見た後、ソルさんに何かを耳打ちする。というか、全く隠す気なんてなかったのだろう、その内緒話は私の方にも聞こえてくる。

 「で、いつ結婚するのお前ら?」

 冗談だとわかっていても、私は自分の顔が熱くなるのを感じて、あわてて下を向く。

 「……はあ?」

 ソルさんの素っ頓狂な声が酒場に響く。

 「だって、家族なんだろ? 家族ごっこじゃなくて、結婚すればホントの家族になれるんじゃねえか? どうよ?」

 どうだと言わんばかりの、なんともいえない表情を浮かべるジョルジュさん。

 ソルさんと結婚……。

 考えただけで、体中が誤作動を起こしたみたいに熱くなる。

 「ち、ちげえから。っていうか人をロリコンみたいに言うんじゃねえ!」

 「なんだ、ちげえのかい?」

 「そんなふうに見てねえよ。 大体まだ子供だし、結婚とかそういうのは違うから」

 大慌てで否定するソルさんを見て、すこし落胆する。

 「違うんだ……。」

 そんなふうに思って両肩を落とす。

 「おいおい、あんまりそうやって否定しなさんな。ほれ、お嬢ちゃんががっかりしてるぜ?」

 「「え?」」

 そう言って私たちはお互いを見る。と結果的に目を合わせることになるわけで。

 再び顔が赤くなるのを感じて、私は視線を逸らす。

 「ああ、いや! 違うぞレリィ! 別にお前に魅力がないとかじゃないんだ! むしろかわいいと思ってるし、優しくていい子だと思うんだけど、その、そういうのはまだ早いからさ……!」

 私がそっぽ向いたことを何か勘違いしたのか、ソルさんが必死に弁明してくる。どうやら私が拗ねていると思ったらしく、途中で言ってくれた言葉はますます私の頬を真っ赤に染めている。きっともう、紅葉くらいに真っ赤になっているに違いない。

しかし、ソルさんのその言葉を聞いて、ジョルジュさんの目が一瞬ギラリと光る。

 「おいおい、何だよお前ら。いちゃいちゃすんなよ。」

 「してねえ! っていうかジョルジュのせいだろ!」

 「ほらほら、あんまり否定するとレリィちゃんがまた拗ねちゃうぜ? へへへ。」


 そうやってしばらくにぎやかに喚きあう二人を見て、少しだけ笑ってしまう。なんだか、あったかいなあ。

 この人の側は、やっぱり居心地がいい。

 「ははは! いやー悪いな、からかって。なんか嬉しくってよ。」

 「はあ?」

 「いや、お前がそういう風に感情をむき出しにしてくれてるのがよ。やっと少しは心開いてくれたってところか?」

 そう言ってジョルジュさんは私の方を向く。

 「あんたのおかげなんだろう? こいつがこれだけ表情豊かになったのも。前だったら仏頂面ばっかだし、笑っても愛想笑いみたいな渇いた笑い方しかしなかったからよ。……ありがとうな、嬢ちゃん。」

 私は、どう反応していいか思い悩み、視線を外すことしかできない。

 「……も、もういいじゃねえか。照れくさいから。それより、ジョルジュ。報告の方だけど。」

 「ん、そうだったな。」

 「まあ、結果は見ての通りだよ。うまくいった。それから、スラム街で気になる噂を聞いたんだけど……」

 「……へえ、なるほどな。ジャンが言ってたことはそういうことか……。」

 二人は小声でひそひそと話し出す。今度は、私に聞こえないくらいの声量だ。何やら神妙な顔つきで、表情はどこか暗い。その姿を見ていると、なんだか不安になってくる。

 また、良くないことにソルさんが巻き込まれるんじゃないかと。

 またこの人が怖い思いをしてしまうんじゃないかと。そんなことを考えてしまう。


 報告が済むと酒場を出て、二人で手を繋ぎながら夜の街を歩く。夜風が肌寒く、すっかり冬が近づいているのを感じる。ピリピリするような寒さの中を歩き続けるが、ソルさんの家までは、まだ少しかかりそうだ。

 私は、さっきのソルさんとジョルジュさんの会話が気になって、少し俯きながら歩いていた。

 「どうした、レリィ? なんか、暗いな?」

 ソルさんがそんな私の様子に気が付き、声をかける。

 言うべきなんだろうか。でも、ソルさんの事情に首を突っ込む権利が、私にはあるのだろうか。そんなことを考える。

 「いえ、その……少し。」

 「……俺じゃ、力になれないことか?」

 ソルさんは少し申し訳なさそうに眉根を下げる。

 やはり、言うべきだろうか。いや、言わなくては。今言わないと、きっと後悔する。

 「ソルさん……私の我儘、聞いてもらえますか?」

 「ああ、俺にできることなら何でも言ってくれ。」

 ソルさんはそう言うと、自分の胸をドンと叩く。が、少し強くたたきすぎたのか軽くむせた。

 「げふん。んん……で、我儘ってどんな?」

 「……人を。」

 少し声が小さかったので、もう一度ソルさんにしっかりと伝えるために、少し声を張る。

 「もう、人を殺さないって……そう言ってくれませんか?」

 私がそういうと、ソルさんは目を見開く。その後、少し考えるように顎に手を当てる。

 「人を殺したら……ソルさん、また自暴自棄になってしまいそうで……。自分を卑下してしまうんじゃないかって……だから……その……。」

 またソルさんが傷つくのを、見たくない。

 こんなに頑張ってるんだから、そんなことまでしなくても報われてほしい。そんな思いで言った我儘だ。

 ちゃんと、ソルさんに届いているだろうか。

 ソルさんは、私の手を離し。

 頭の上に手を乗せる。

 「心配してくれてるんだな。ありがとう、レリィ。」

 わかった、とソルさんは大きな声で返答する。

 「俺はもう人は殺さない。約束するよ。自分の為に、それからレリィの為に。……これで、良いんだろ?」

 そう言って、ソルさんは笑う。その笑顔に、私は安堵する。

 「はい、ありがとうございます。」

 「礼を言うのは俺の方だ。悪いな、こんなに気を使わせちまって。」

 ソルさんは、星空を眺めながらぽつりとつぶやく。

 「……たまには、自分の為って言うのも、悪くないか。」

 その顔は、どこか満足気だった。

 

 少し、良い雰囲気かな。なんとなく、幸せを感じる。

 「私、ソルさんの事、好きです。」

 我ながら、思い切ったことを言った。言ってから、顔がひどく赤面するのを感じる。

 ソルさんが、一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐにこう言った。

 「俺も好きだよ、レリィのこと。多分、レリィが俺のことを想ってくれてる以上に。」

 その言葉で、私の全身が幸せで満たされる。頭がふわふわして、夢でも見てるみたいだった。


 「これからは兄妹みたいなもんだからな。レリィは俺が守ってやるさ。」

 「……え?」

 時が止まった気がした。

 「……ん?」

 ソルさんは、何もわかってないような顔だ。俺変なこと言ったか? とでも言いたげな、そんな顔をしている。

 ……変なところでズレてるんだなぁ、この人。と、ソルさんの意外な一面に少し面食らう。

 でも、まあいいか。

 この気持ちは、いつかまた。別の機会に、少しずつ伝えることにしよう。

 これからずっと、一緒に居られるのだから。


 そして再び、私たちは手を繋いで歩き出したのだった。

 私の手を握る彼の手は、もう震えていなかった。


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