奴隷少女 十二
十二
「待ってたよ、ソル兄さん。」
そう言って、かつて家族だった男は俺の方に歩いてくる。
「随分遅かったじゃないか。ずっと待ってたんだよ……かれこれ半年くらい?」
歌うように、そう言いながら近づいてくる。俺は変わらず、その場から一歩も動かない。
ふと、視界の端に、着衣の乱れたレリィの姿と、血まみれのガルドの姿が映る。
「お前……何をした?」
「何って……ああ、アレのこと?」
そう言いながらケルヴィンは後ろの二人を指す。
「別にー? ただ暇だったから。……兄さんが全然かまってくれないから……さ!」
そう言って、ケルヴィンは一気に距離を詰めると小剣を俺に向かって横ざまにふるう。瞬間、俺は外套の仕込みナイフでその剣撃を弾く。渇いた金属音が部屋に響き渡り、攻撃をいなす。
「わーお! 驚いたよ兄さん! まさか僕の『真空剣』を弾く人がいるなんて! しかもそれが……兄さんだなんて!」
嬉しそうにはしゃぎながら、ケルヴィンは飛び退いて俺から距離を取る。
「嬉しいよ兄さん。……でも。さすがに『そっち』は防げないみたいだね?」
その瞬間、胸に鋭い痛みが走り、顔をゆがめる。目を向けると、自分の胸のあたりの衣服が着られ、出血しているのが目に映る。
「なんだこれは……?」
「僕の必殺技だったんだけどなあ……でも、さすが兄さんだよ!」
「ケルヴィン、お前……。」
この傷。間違いなく、刃物は防いだはずだった。なのに、その攻撃は俺にまで届いた。
「何をしたんだ?」
「さーて? じゃあ、僕と戦って、考えてごらんよ!」
そう言い放つや否や、ケルヴィンは大きく飛び上がると、倉庫の天井を蹴り、すさまじい速度で急襲する。
「チッ!」
横に飛んで攻撃をかわし、俺はケルヴィンの様子を観察する。
剣は縦に振られ、空を切り、木製の床に切り傷を残す。ケルヴィンは悔しそうに顔をしかめると、再びこちらに向かって突進してくる。
その攻撃をナイフでいなし、すれ違う一瞬、右手のナイフで首をはねようとしたものの、手元が狂い、肩を軽くかすめる程度の傷しかつけられなかった。
「いたた、すごいや兄さん! このスピードに対して、回避だけじゃなくて反撃までしてくるなんて! ……でも。」
その瞬間、俺の右側腹部から再び痛みが駆け抜ける。
まただ、完全に攻撃を躱しているのに、回避しているはずなのにダメージを受けている。原因のわからないダメージに、顔をしかめる。
「もう、兄さんってばー。そんな防戦一方じゃちっとも面白くないじゃないかあ! もっと、もっと楽しませてよ!」
そう言いながらはしゃぐケルヴィン。この攻撃の正体がわからない以上、迂闊に踏み込むことはできない。攻めあぐねているとき、横から気配を感じ、咄嗟に後ろに飛ぶ。
瞬間、先ほどまで俺が立っていたところに筋肉質な男が斧を振るい、床の木を破壊する。そして次々と多種多様な武器を持った男たちが俺を取り囲み、一斉に襲い掛かる。
「クソが!」
そう毒づいて、俺は二本目のナイフを取り出す。
左手のナイフで一人の剣撃をいなし、背後に回り込む。そしてためらうことなく、その首を右手のナイフで掻っ捌く。
「ごぼっ!」
声にならない声で悲鳴を上げると、男はそのまま地面に膝を付く。別の男がナイフを構えて突進してきたところに、先ほどの斧を持った男を第一指から第三指を使ってつかみ、引き寄せて立ち位置を入れ替え、盾にする。
ナイフは斧男に突き刺さり、悲鳴を上げる。仲間を刺して戸惑っている瞬間に、俺は姿勢を低くしてナイフ男の背中に回り込むと、心臓の位置に左手のナイフを逆手で突き立てる。
「うぎゃあ!」
口から血をまき散らしながら、男はそのまま床に倒れ伏す。
次々と飛びかかってくる男たちの攻撃をどれもギリギリで躱し、同士討ちさせながら、確実に首を切って沈めていく。そして最後の三人になると、男たちはすっかり士気が低下したのか、攻撃してくることを躊躇していた。
「くそ、こいつ!」
「ケルヴィンさん! 俺らがこいつの気を引いてるうちにとどめを!」
そう言って、男たちは一斉に俺に飛びかかってくる。が。
「誰が邪魔していいなんて言ったあ!?」
瞬間。ケルヴィンが男たちの背後に立ち、その剣を横にふるうと、一人の男の首を跳ね飛ばす。
「け、ケルヴィンさん! 何を!?」
「僕と兄さんの邪魔をするなよお! ぶっ殺すぞ!」
絶叫し、半狂乱でケルヴィンはもう一人の男の首をはねる。はねた後も、何度も何度もその体を踏みつけ、切り付け、蹂躙する。
「兄さんと戦っていいのは僕だ! 僕だけだ! この時をずっと待ってたんだ! 邪魔をするなあ!!!」
「ひ、ひい!」
最後の一人は悲鳴を上げながら武器を取り落とし、倉庫の隅に逃げる。
一通り遺体を痛めつけて落ち着いたのか、しかし未だ狂気を映す瞳で俺の姿を確認すると、何とか息を落ちつけようと深呼吸を繰り返す。
「ふー、ふー……! いやあ、みっともないところを見せちゃったね、兄さん。許しておくれよ。」
そう言ってケルヴィンは自らの白髪を掻き上げる。
「だめだねえ、しつけのなってない奴は。後で殺そう。うん。」
「……お前の仲間じゃないのか?」
俺は声を低くして問いかける。するとケルヴィンはケロッとした顔で違うよと言う。
「馬鹿なことを言わないでくれよ。僕の仲間は、兄さんだけだ。」
そういうと、ケルヴィンは剣を肩に担ぎながらゆっくりと俺の周りを歩き出す。
「やっと見せてくれたね……それが『ビハインドエッジ』か……素早い移動と敵の視界から消える程の低い姿勢。そして見失った隙に背後に忍び寄り、必殺の一撃……。確かに、背後からの攻撃は防げないし、どれも急所を狙ったスマートな一撃だ……噂に違わぬ、美しい殺人剣だね。」
ケルヴィンは足を止めると、全く俺に届かない位置から剣を振るう。
そのはずなのに、俺の頬に斬撃のような切り傷が生まれる。鋭い痛みに一瞬顔を歪めるが、ケルヴィンからは目を逸らさない。
「ずっとその剣技を習得したいと思ってたんだ。噂は聞いていたからね……。僕は兄さんみたいな、凄腕の暗殺者になりたかったんだよ。」
「……俺は暗殺者じゃない。勝手に周りがそう言ってるだけだ。」
「同じことだよ。その手腕はこの界隈では高く評価されているよ。」
ケルヴィンは、そう言いながら俺の周りを再びゆっくりと歩く。
「ずっとその剣を見せてくれって言っていたのに……全然見せてくれなくてさあ。ねえ、どうしてあの時僕に意地悪していたんだい?」
「……こんなもの、お前に教えるつもりはなかったからだ。」
「どうして? それで犯罪者たちを切り刻んでいたのに。どうして?」
クククと笑いながら、再びケルヴィンは剣を振るう。ためしに、ナイフを前に出して盾にしてみたが、それを無視して俺の胴体に切り傷を作る。
うかつに動けない。ケルヴィンの動向を見ながら、俺は隙を窺う。
「お前に、殺人剣を教えたくなかった。」
「だからどうして? あんなにお願いしたのに。」
「お前を、まっとうな人間にしてやりたかったからだ。俺のように、汚れてほしくなかったんだ……。家族だから。」
今まで言わなかった、今まで言いそびれていた。あの時、ケルヴィンを家族に迎え入れた時に言わなければいけなかった言葉を、俺は口にする。
「大切な家族だったから、お前と一緒に飯食ったり、街の中を堂々と歩いて買い物したり、肩組みながら酒飲んで、馬鹿なことやって、誰に後ろ指刺されることもなく、普通の家族みたいに、幸せになりたかったから。だからこんなものは、必要なかったんだ。」
俺は構えを解く。
「もう一度、やり直そう。お前は、まだ間に合う。ちゃんと罪を償おう。そしたら、遠くに行こう。そこで普通の家族として、暮らすんだ。一緒に。」
俺とケルヴィンは、似た者同士だ。小さい時から武器を手に取り、奪わなければ奪われるような世界に身を置いて。何もわからないまま、残酷な世に放り出されて。
俺とケルヴィンは、すごく似ている。
俺はもう手遅れだろう。すでに何人殺したかわからない。でもこいつはまだ子供だ。まだ、未来がある。やり直すチャンスは、あるはずなんだ。あって然るべきだ。
しかし俺の呼びかけに、ケルヴィンは答えない。
「……だよ、…れ。」
ぼそぼそと、聞き取れないようにつぶやくケルヴィン。そして。
「なんだよそれはああああ!!!」
絶叫し、激昂するケルヴィン。むちゃくちゃに地団太を踏み、唾をまき散らしながら喚く。
「そんな下らねえことの為に何も教えてくれなかったの!? イカれてるんじゃないのか!? 力を持っていながら、なんでそんなくだらない生活に身を置きたがるんだよ!? 訳わかんないよ!」
あーとかうーとか唸りながら、頭を掻きむしるケルヴィン。俺はその様子に絶句する。そして、あの時にジャンが言っていた言葉を思い出す。
(生まれた時から剣奴だった奴だしね。)
(もともと善悪の判断なんてつかねえんだろうな。そんなことを教えてくれるようなやつはいなかったわけだし。)
つまり、始めからケルヴィンは『家族』なんて。
ましてや『愛情』なんて。そんなものを一度も体験したことがなかったんだ。
だから、どんなに心を込めても伝わらない。
どんなに『家族』になりたいと言っても、届かない。
知らないから。知る必要がなかったから。
そういう風に、育てられてしまったのだ。
生まれてから十六年、こいつは何も教えられず、ただ殺しの技術のみを磨き、そして強ければ褒められる世界にいた。
それが、こいつの価値観。そこに強さ以外は、必要ない。
そういう生き方をしてきたのだ。
「そんな胡散臭いもののために、僕をないがしろにしてきたのかよ!? クソッタレが!」
ケルヴィンはそう言いながら、僕を睨みつける。
「はあ……もういい。がっかりだ。……死ねよ兄さん。」
ケルヴィンはそう言い放ち、先ほどとは比べ物にならないほどの素早さで剣を横なぎにふるう。しかし。
「それはもう見切った!」
俺は姿勢を低くして躱す。おそらくアレは、風の下級魔法と併用している斬撃だ。風圧に斬撃を乗せて、遠くの対象を斬る技なのだろう。魔法剣なんて文献の中でしか見たことがなかったから、なかなか思い至らなかったが、答えが見えれば対処法は簡単だ。
奴の剣撃で発生する風圧。その軌道上に立たなければいい。
俺は低い姿勢のまま、ケルヴィンに走り寄る。そしてナイフを構えると、ケルヴィンの指を斬り落とす。
「ぎゃあ!」
悲鳴を上げながら、ケルヴィンは剣を取り落す。うめき声を上げながら痛みにもがくその様子を、俺は立ちながら見守る。そして、躊躇する。
ケルヴィンは、本当にもう助けられないのか?
どうにかしてやりたい。しかし、ここまで歪んだこいつを、俺は救ってやることができるのか?
「とどめを……刺さないのかい?」
ケルヴィンが、顔をひきつらせ、なお笑みを浮かべながら問いかける。戦う前に決めていたはずの決心が、鈍る。
こいつを殺してでも止めると、レリィ達を助けると、そう決めてきたはずなのに。
「俺は……。」
「だから兄さんはダメなんだ。」
ケルヴィンはそう言うと、左手で剣を拾い、それを振りかぶる。
俺はとっさにナイフを盾代わりにする。しかし、それが間違いだった。
この時に俺は、ケルヴィンにとどめを刺しておくべきだったんだ。
そうじゃなくても、その腕を切り落とすぐらいはするべきだったんだ。
ケルヴィンは剣を振るう。
その剣先からは、真空の刃が迸る。
少し離れた、レリィに向かって。




