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太陽のギルド  作者: 三水 歩
太陽のギルド
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ニサンの洞窟 二

     ニサンの洞窟 二


 「くるぞ!」


 ホブゴブリンの群れが、一気に襲い来る。大きめの石を軽々と投擲しながら接近するもの、原始的な石斧を振りかぶりながら突撃をかけてくるもの、それらが全て一緒くたになって飛び込んでくる。


 「まずは私が……ハッ!」


 アッシュがそう言うと、レイピアを抜き放つ。すばやく振り回して牽制しつつ、一瞬の隙をついて、一体の顔面を穿つ。


 しかし、敵は一体だけではない。もちろん、他の魔物も同時に襲い掛かってくるのだが。


 「いきます! 『牙連掌』!」


 アルマースが、恐ろしい速度でホブゴブリンの肉体に掌打の連撃を叩き込む。人間ならば急所にあたる部位、計十二連撃。


 自信がないからか、普段からあまりおしゃべりな方ではないし、謙遜も多いアルマースだが、傭兵としてジャンがスカウトしただけあって、実力は本物だ。


 その時、視界の端から石斧が振るわれるのを見た。俺はとっさに飛び退り、構える。


 「ッチィ!」


 続くゴブリンの攻撃をチンクエディアで受け流し、ダガーで切りかかる。

 ホブゴブリンのむき出しの肌に細い線が引かれ、そこから緑の体液が滴る。頑強な肉体だが、ダメージは通る。

(十分戦える……けど、まだ致命傷には程遠い)


 なおも肉薄してくる巨体の群れに、俺たちは押され始める。だが、ここで隊列を崩されれば中衛がやられる。それだけは阻止しなくては。


 「よっし、皆壁に寄って! 全員ぶっ飛ばす!」


 セシールの指示で、恐らく魔法の準備が整ったと判断した俺たちは一斉に壁際に張り付く。


 「『エクスブラスト』!」


 その声と同時に、セシールの両手からすさまじい風が吹き荒れる。重量のある魔物を、まるで綿毛のように蹴散らす。


 ……が、そんな勢いの魔法を狭い洞窟で放つということは。


 「のああああああ!!!」

 「わ、わああああ!?」

 「こ、これは……」


 当然、壁に寄ってた俺達にも衝撃の余波が来る。壁面の凹凸に何とかしがみついて、俺たちは耐える。


 一気に魔物を吹き飛ばしたからか、連中は相当ダメージを負っているらしく、よろめきながら立ち上がる。


 「セシール!!! 殺す気か!?」


 「ご、ごめんってば! ちょっと加減が……!」


 「まだ来るよ勇者君!」


 リディアにそう言われ、再び魔物の方を睨む。連中はダメージを負っているが、その闘志は未だ潰えていない。


 「くそ、今のでも駄目か……!」


 なら、通用しないかもしれないが、奴らの虚を突くとしよう。


 「ウィリアム! アレをやるぞ!」


 「! アレだな、兄ちゃん! 任せとけ!」


 俺の意図を察したウィリアムは、俺たちの前に躍り出ると魔物に向かって突撃する。アルマース、アッシュもそれに続く。


 「いっくぜえ! 『一閃』!」


 ウィリアムの斬撃で敵の前衛にダメージを与える。恐ろしい速度の攻撃に、魔物は対応しきれず、手負いなのもあっていくつかが沈む。


 「まだまだ行くぞ! 『追旋』!」


 もはやお決まりになったウィリアムの連撃だが、初見の敵には十分すぎるほどに通用する。初撃の勢いに乗って放たれた二撃目に、反応の悪い魔物は吹き飛ばされる。


 「どうだ見たか!」


 ウィリアムは中指を立てて魔物を挑発する。それが連中に通用するかはともかく、魔物は完全にウィリアムを警戒する。数体がウィリアムに襲い掛かるが、その懐にアルマースが潜り込む


 「僕を忘れるなよ!」


 ホブゴブリンの腹部に体重を乗せた掌打を叩き込む。まともに喰らった魔物はたまらずその場で崩れ落ちる。

 アッシュが弱った魔物に鋭い一撃でとどめを刺し、再びウィリアムが抜剣の構えを取る。


 ……もう十分だろう。


 俺は魔物たちの間を、視線の隙間を縫うように走り抜け、敵の背面を取る。


 俺の得意とする、いつもの場所だ。


 「……ビハインドエッジ」


 静かにつぶやき、魔物の背後から心臓を貫く。気付かれる前に次の標的の顎から脳天に剣を突き刺す。

 十分すぎるほどにウィリアムたちが敵の注意を引いてくれたおかげで、敵はまだこちらに見向きもしていない。


 こうなったら、後は順番に始末するだけだ。


 全て急所に。

 刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。


 ウィリアムと訓練していた時に二人で考えた連携技だ。多数の敵に囲まれたとき、ウィリアムに敵の注目を集め、俺が背面を取りやすくする。そして敵を一体ずつ、なるべく早く、速く、仕留めていく。


 「これがおいらたちの連携技、その名も『ミスディレクション』だぜ!」


 大声で叫ぶなそんなことを恥ずかしいなちくしょう!




 ホブゴブリンはウィリアムたちが奮闘した甲斐もあって半数ほどに減っていた。このまま押し切れる、と思っていたのだが。


 「前方敵襲! 数は七!」


 リディアの声が響き渡る。増援だ。


 「前衛ッ!」


 「任せてください、旦那ァ!」


 ガルドの咆哮が轟き、武器を叩きつけ合う音が響く。彼が遅れを取ることなどあり得ないが、こちらも悠長にしていられない。早く仕留めなくては。


 「セシール! こっちを!」


 「了解! 『エルファイア』!」


 放たれた大きな火球は、魔物を数体巻き込んで爆ぜる。巻き込まれないようすばやく敵の体を盾にする。


 「こっちは後は俺がやる! ウィリアムは前に!」


 「わかった!」


 ウィリアムが前衛に加勢しに走る。後衛の俺たちは、残ったホブゴブリンにとどめを刺していく。


 「こっちは大分片付いた! 前衛はどうだ!?」


 「さらに増援! 数は十以上!」


 「なんだと!?」


 「ソル殿、こちらも増援が!」


 さっきのは小手調べか! 完全に前後を塞がれ、一気に押し込まれる。


 まずい、このままだと乱戦になる。そうなると中衛が壊滅する可能性がある。

 どう指示したものか決めあぐねていると、不意にユミルが俺の隣に進み出てくる。


 「何してんだユミル!?」


 「兄ちゃんたち、こいつらをやっつけたいんだろー? だったらあたしは『ここ』にいるべきだよー」


 気の抜けた声を出すユミルに、俺は怒鳴りつけようとして、固まった。




 「あたしはユミル。気高き灰狼の娘、ユミル・アストレイだ!」


 名乗り、ユミルが吠える。まるで犬の遠吠えのような声を上げ、そのまま四つん這いになる。


 「なに、この子……!?」


 セシールが表情をこわばらせる。魔法に詳しくない俺でもよくわかる。彼女の周りに、マナが集まっていく。


 「魔……法……?」


 ホブゴブリンの一体がユミルに殴りかかる。しかし彼女は。




 「ガアアアアアアアア!!!」


 人間の物とは思えない咆哮を上げ、敵の拳を左手で弾く。


 いや、弾くなんて生易しいものじゃない。彼女は、敵の拳を『切り裂いた』。


 己の爪で。


 「なん……!?」


 ユミルの体は変異していた。手足の爪は狼のように鋭く、口端からは獰猛な牙が覗いている。


 彼女は獣のように駆けると、ホブゴブリンの喉笛に噛みついた。


 巨体を揺らし、手を振って抵抗するのもむなしく、ホブゴブリンは数秒の後、洞窟の地に膝をつき、その命を散らす。


 「グルルルルル……」


 肉食獣のように喉を鳴らし、次の獲物に狙いを定めるユミル。しかし、その姿はまるで。


 「狼……」


 獣以外の、何者でもなかった。何かにとりつかれたように、ユミルはホブゴブリンを喰いちぎり、引き裂いていく。


 これが、きっと彼女が一人でこの洞窟を出入りできた理由なのだろう。そうでなければ、洞窟を抜けて俺たちのところにまでやって来られる理由がない。


 「ッ、皆今だ! 一気に押し返せッ!」


 呆けかけていた全員を一喝し、俺はホブゴブリンに斬りかかる。


 首筋に一閃。醜悪な顔を胴体から切り落とし、俺はユミルと並走しながらホブゴブリンに挑みかかる。


 力。速度。バランス感覚。どれをとっても、一級品だ。ユミルは今、獣として、生命として。動物としての肉体の性能を全て引き出している。


 味方だからいいものの。もし彼女とまともに俺がやり合ったなら。


 おそらく、あっけなく屍になるのは、俺の方だろう。




 ホブゴブリンの群れは、ほどなくして制圧した。実に、あっけないものだった。彼女一人の加勢で、こんなにも状況がひっくり返るとは。


 「ふう、ふう、なんとかなった……か?」


 なんとなく疑問形になってしまったのは、ユミルの様子が依然としてもとに戻らないためだ。彼女は四つん這いのまま、動物のように涎を垂らし、鼻を鳴らしながらその場をうろうろしている。


 「……セシール。この魔法はなんだ? こんなの、見たことも聞いたこともない。お前なら、何か知ってるんじゃ?」


 セシールは、ユミルから視線を外せないまま、首を横に振る。


 「知らないわよ、こんなの。こんな魔法、少なくとも私が生まれてからは伝承されてないわ。……爺様なら、何か知ってるかしら」




 そのあと数分もその場にとどまっていると、ユミルは何事もなかったかのようにその場で眠りに落ちた。力を使い過ぎてなのか、動物的な本能のようなものなのか。


 とりあえず俺たちは、一つ目の危機を脱した。しかしそれも、ユミルの協力がなければどうなっていたか。


 レリィからの治癒魔法や傷薬などで、傷ついた者には応急手当を施し、バリスがユミルを背負って先へと進む。




 すっきりとしない勝利だったが、それでも俺たちは歩みを止めない。マクスウェルを、止めなければならない。


 気合を入れるために、俺は両手で顔を叩く。


 マクスウェルとの戦いは、まだ始まってすらいないのだ。


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