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太陽のギルド  作者: 三水 歩
太陽のギルド
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作戦会議

     作戦会議


 深夜。風のない静かな夜に、俺達ギルドメンバー全員は各々の仕事を済ませ、いつもの会議室に集合していた。


 時間帯の都合で、メリーとホッドは先に寝させているが、その他の全員が会議室に集まる形となった。


 「悪いな、こんな遅くに」


 「気にしないで下さい。ようやく、手がかりが見つかったんです。ユミルさんに感謝しないと」


 謝罪する俺にそう返答したのはレリィだ。彼女もまだ子供なので、メリーやホッドのように寝ていてくれと言ったのだが、私も参加すると言って聞かなかった。彼女の中でも、ギルドメンバーとして話を聞いておくべきだと判断してのことだろう。


 「……そうだな。ユミル、マクスウェルがいる洞窟についてだけど……帝都近辺のどのあたりなんだ?」


 尋ねながら俺は古ぼけた地図を広げる。二年くらい前の物だが、付近の建物や村の位置などは変わっていないはずだ。俺たちは、彼女が地図のどこを指し示すのか見逃さないよう、注意深く彼女の動向を見る。


 「んーっとなー……この辺かな?」


 彼女が指示したのは、帝都北東。監視塔のすぐ近くにある、丘の上だ。


 「……ジャン。ここには何があるんだ?」


 「……俺の記憶が確かなら……確かそこは『ニサンの洞窟』があった場所だな」


 「ニサンの洞窟?」


 「ああ……あんまり有名な話じゃないが、かつてアルテリア……帝都と呼ばれる前の話だな。アルテリア村を魔物が襲撃してきた時に、それを退けた英雄ニサンが魔物を封じたとされている場所だ」


 「魔物を封じた……?」


 「まあそんなもんただの伝承だ。実際にはこのニサンの洞窟、魔物の巣窟になっているらしい。だから普段はここに人なんて寄り付かねえ。北東監視塔からも、入り口は死角になっちゃいるが、人が近づこうもんなら誰だろうと厳しく咎められるって話だ」


 「なんでだ?」


 「下手に魔物を刺激しないようにしてるのさ。今はおとなしく洞穴の中で生活している連中に手を出して、大量に洞窟から出てきたら大事だからな。今は西側と戦争中だし、これ以上厄介ごとは増やしたくないんだろうよ」


 そうなのだろうか。


 それほどに危ない洞窟なら、逆に討伐隊を組んででも魔物退治に乗り出した方がいいような気もする。戦争中だからこそ、自国領内の危険因子は排除するべきだろう。

 ……そこまで手が回らないほどに、兵力が足りないとでもいうのだろうか。


 「とにかく、危ない洞窟ってことでいいのか?」


 俺が考え事をしていると、ウィリアムがジャンに質問を投げかける。ジャンは手を振りながら答える。


 「まあな。普通に立ち入り禁止になっていたはずだ。……そこまで厳しくは管理されてねえけどな」


 「となると、問題はニサンの洞窟に進入するまでにあると考えた方がいいな」


 ガルドがそう言うと、隣にいたジョルジュは首を横に振る。


 「いや、それについちゃあまり心配しなくてもいいだろう。あの辺りは地形の起伏が大きい上に、昔森林党の馬鹿共が勝手に木を植えて遮蔽物も多くなってる。昼間ならまだしも、暗闇に乗じて進入するなら、まず気付かれることもあるめえよ」


 なるほど。だが逆に言えば、昼間であれば見つかる可能性は十分にある、とも考えられるわけか。


 「……森林党って何だい?」


 「世界緑地計画とかいう、バカなことを言っていた連中が昔いたんだよ。もっとも、お国の領地に勝手なことをするなって言って、全員牢屋にぶち込まれたけどな」


 ウィリアムがうへえと気の抜けた驚嘆の声をあげ、そのまま地図を睨み付ける。


 「それじゃあ、進入路についてだけど。俺は西門か南門から出て、北東を目指すのが良いと思う」


 「……なぜだい? 普通に北門、東門からでは駄目なのか?」


 ハイネの言葉に、俺は首を振る。


 「……駄目だ。帝都の東側はスラム街になってて治安が悪い。街路も整備されてないし、憲兵もいない。ほとんど無法地帯だ。そんなところを全員で進みたくない。何かの拍子にもめ事に巻き込まれる可能性もある。……マクスウェルの元にたどり着くまでに、余計な消耗は避けたい」


 なるほど、というハイネに俺はさらに説明を続ける。


 「北側は別の理由で、こっちは貴族たちの住む上層階級区になってる。そこは警備が厳重だし、帝国が発行した許可証がないと、一般市民は入ることもできないだろう。そんなものが発行されるまで待ってるわけにもいかないし、俺も含めてまともな素性じゃない人間がいる以上、申請が蹴られる可能性もある。そう考えれば、北側もナシだ」


 「それじゃあ、自分は南から行くことを提案します」


 アルマースがそう言って、地図に指を乗せる。


 「北側の警備が厳重であるというのであれば、北門付近、外回りの警備も厳重だと思われます。であれば、南門から出て外壁沿いに進行、その後東門の警備を躱すように東に大きく迂回、そのまま北東監視塔の監視の穴をつくように、洞窟の南東側から接近するべきだと思います」


 「ん。なるほど。悪くないな。皆はどうだ?」


 全員に呼びかけると、その場にいる全員が頷く。


 「よし、洞窟までの進行ルートは決定だ。後は、洞窟内の様子だけど……」


 その場にいる者全ての視線が自然とユミルに集まる。彼女は眠そうに目をこすり、そんな様子にも全く気付いていないようだった。


 「おーい、ユミルちん。洞窟の中ってどんな感じだった?」


 リディアがそう呼びかけるとユミルはぱちりと瞬きをして、視線を斜め上へと向け、考える。


 「えーとねー……なんかごっついやつらがいっぱいいた」


 「ごつい奴……?」


 魔物のことだろうか。だが、そう言われて真っ先に想像したのは先日戦ったとされる鬼だった。


 自分の記憶にはないが、皆も同じものを思い出したようで、苦い顔をしている。


 「……オーガクラスの奴がゴロゴロいるってことか……?」


 「オーガ? うんや、鬼ではなかったよ。なんか、アレ。『堕ち者』みたいなやつらだった」


 「……堕ち者?」


 「……ゴブリンのことね」


 俺の疑問に、セシールが答える。眠いせいか、どことなく暗い表情だ。


 「『堕ち者』っていうのはゴブリンたちを指す言葉よ。それがごついって言うなら……その上位種、ホブゴブリンあたりじゃないかしら」


 ホブゴブリン。

 たしかゴブリン同様、同じ種で群れる連中だ。小柄なゴブリンと違い、その体は成人男性並にデカい。そして筋肉質で、並のミッドランダーよりも体格はずっと優れている。稀に言葉を理解する知性種と呼ばれるものも出てくるそうだが、根本的にはそいつらも同じ魔物であり、人の声に擬態した鳴き声を発しているだけ、とも言われている。ともかく。


 「ホブゴブリンか……ちょっと厄介だな」




 魔物はどれも厄介なことに違いはないが、こと俺に関して言えばデカい魔物は厄介だ。


 魔物は痛覚がマヒしているのか、それともそれ以上に肝が据わってるというのか。奴らは捨て身で飛び込んでくることがある。

 小さい体の魔物であれば、一撃で殺害し、蹴りなりなんなりで吹き飛ばすこともできるだろうが、巨体で複数襲い掛かって来られると、急に難易度が跳ね上がる。


 まず一撃で仕留めることが難しくなる。コレは体の構造が複雑になっていたり、筋肉の装甲で歯が立たないためだ。弱点を突きにくいという性質上、仕方のないことだ。俺の使っている獲物が短剣であるというのも、リーチの短さの上で不利だと言える。


 そして、下手をすると筋力で押し負ける。


 俺はそれほど力の強いタイプではない。どちらかと言えば、小手先の技術で相手の隙を突いて戦うタイプだ。


 俺みたいなタイプは、乱戦に弱い。つまり、囲まれた場合。小手先の技が通用しない場合、負ける。


 デカい図体で、複数で戦う。おまけに洞窟内は狭いだろうし、うまく実力を発揮できない可能性もある。そう考えると、今回俺と魔物たちの相性は最悪と言っても過言ではない。




 「なーに心配そうな顔してんのよ。大丈夫よ。うちには優秀な魔法使いが二人もいるのよ?」


 そうだ、セシールの魔法は遠距離から敵を狙えるうえ、範囲攻撃も可能だ。狭い分、その制圧力はかなりのものになるだろう。


 失念していたことに苦笑し、俺は頭を掻く。が、彼女の言葉の意味を考えて一瞬その手を止める。


 「……え、二人?」


 「そうよ。私とウルちゃん。二人もいれば、魔物なんて……」


 「だめだ」


 俺はその言葉を遮って拒絶する。


 「今回の戦いに、子供たちは巻き込めない。まともな戦闘経験のない人間は、連れていけない」


 「ちょ、ちょっと……」


 「あるわよ」


 ウルは、部屋の隅から声を発する。全員がウルの方を見る。


 「戦闘経験なら、あるわ」


 「……」


 「ソルは覚えてないかもしれないけど、あのオーガにとどめを刺したのは私とウィルよ。まさか、ウィルは連れていくのに私は連れて行かない、なんてことは言わないわよね?」


 「それは……」


 わかっている。俺の我儘だ。できることなら、少しでも戦力になる人間は多い方がいい。その方がいいに決まっている。でも。


 まだ十一歳の子供だ。この戦いで、誰かが死ぬことだってあるのだ。前に戦った、ランドウルフとゴブリンの雑魚軍団とは話が違うのだ。


 中級の魔物の群れ、それと少数でぶつかり合わなければならない。俺達だけで。


 みんな怪我をするだろうし、簡単にことは運ばないだろう。もしかしたら、命を失うかもしれない。


 彼女は、幼少で両親を失っている。その後もずっと一人で過ごしてきた。

 俺たちと会うまでは一人ぼっちだったんだ。幸せなことなんて一つもない、荒くれ者に怯えながら、思い出のあるこの家を必死に守ってきた。何年間も。


 万が一にでも、彼女を危ない目に遭わせるわけにはいかない。それは、俺の心が許せない。彼女はもっとたくさん、幸せを享受するべきだ。こんなところで、命を懸けるべきじゃない。


 「……馬鹿ね、ソル。私は、十分幸せなのよ」


 ウルは、そんな俺の気持ちを見透かしてか、微笑みながら語り掛ける。


 「命を懸けて戦わない人間に、本気を貫かない人間に、幸せなんて絶対にやってこないわ。私には、できることがある。やりたいことがある。ここでみんなを心配しながら待ってるなんて、私は絶対いやよ。それなら、ソルの傍で泣きながら、鼻水たらしながら、怯えながら、死にかけながら戦ってた方がずっとマシ」


 それだけ言うと、彼女は少し悲しそうに俯く。


 「レリィじゃないけど。……ソルがいなくなったら、私も死ぬほど寂しいんだから」




 見誤っていた。


 彼女は。ウルは。


 幸せだったんだ。そう思ってくれていたのだ。


 俺達と一緒にいることに、そういう気持ちを抱いていてくれていたのだ。


 それを俺は、勝手に彼女が不幸であると決めつけてしまっていた。


 腹立たしいな。彼女のことをわかっているようで、何一つわかっていなかったわけだ。本当に、情けない。


 「……すまん。でも、ウル……」


 「言いたいことは分かってるわ。なるべく前線には出ない。比較的安全な中衛にいるから、心配しないで」


 なんでもお見通しか。まいったな。


 「それとも、レリィみたいに手を繋いでて欲しかったかしらん?」


 「……その顔で台無しだよ」


 呆れながら笑うと、ウルも普通の笑顔に戻る。




 「それじゃあ、私が行ってもいいなら、レリィも一緒でもいいわよね?」


 「……は?」


 いや、ダメだろ。なんで非戦闘員を連れていくんだ。百歩譲ってウルはオーケーという話だったのに。


 「あら、知らなかった? オーガにボロ雑巾みたいにされたアンタを魔法で治してあげたのはレリィなのよ? なかなか上手だし、連れて行っても十分な戦力になると思うけれど?」


 「……治療役ってことか……ふう」


 ウルがしてやったりな顔でこっちを見て笑っている。レリィも、自分では何も言わないが、すがる様な視線を俺に向けている。


 「……レリィも、ウルと一緒について来たいか?」


 「! は、はい!」


 「……はあ、ピクニックじゃないんだぞ……」


 呆れたが、ウルの言も一理あるわけで。


 現状、回復手段を持っているのはセシールのみだ。(ウルも使えるが、本人曰く苦手らしい)しかし、今回は彼女の火力をあてにしているため、セシールを攻撃役から外すのは攻略としては愚策。他の人間で治療できるものがいるなら、それぞれの役割に専念させた方がいい。


 「そうなると、レリィはいてくれた方がいいか。……ウルと同じ中衛にいてもらうけど、それでいいか?」


 「はい!」


 よし、っと手を叩き、俺はみんなの視線を集める。


 「じゃあまとめだ。ニサンの洞窟まで隊列は自由。予定通り南門から出て、東へ迂回。そのあと北進して、監視塔の南東側から洞窟へ接近。洞窟内の陣形は、そうだな……」


 前衛は二層用意して、いつでも交代できるようにしておくか。後衛の守りも固めることを考えると……。


 「ガルド、ハイネで最前衛、前衛はウィリアム、バリス。中衛は魔法使い組とリディア。支援行動頼んだぞ。後衛は残りの俺、アッシュ、アルマースで行く。他に意見のある者は?」


 全員が異議なしと唱える。その中で、一人だけ挙手するものがいた。


 「なあなあにいちゃん、あたしはどうすればいいー?」


 「……え、一緒に来るのか?」


 「当たり前だろー? おっちゃんの友達第一号はあたしなんだからなー!」


 えっへんと平らな胸を張り、腰に手を当てているユミル。皆を見回したが、特に異議はないようだ。

 まあ、それもそうか。彼女はマクスウェルと対面し、洞窟を『一人で』抜けてきたのだ。何かしらの戦闘力はあるのだろう。


 「……わかったよ。ユミルには道案内を頼む。中衛にいてくれ。いいな?」


 「おー。いいぞー」


 「ニサンの洞窟まで、今回のルートだと到着まではおよそ六時間。明日の正午ここから出発する。各自、それまでに準備だけ済ませておいてくれ。それじゃ、解散!」


 そう言うと、各々が自室に戻っていく。俺も装備の点検等をしておいた方がいいだろう。それに睡眠も十分にとらないと。






 「勇者君ってさ、何気に皆に指示出すの上手だよね。流石リーダーって感じかも」


 戻ろうとする際、リディアに話しかけられる。珍しく攻撃してこずに普通に話しかけられたため、俺も普通に応対する。


 「……そうか? ガルドとかの方が上手いと思うけどな」


 「んー。なんていうか、中々の判断力、決断力だなって関心しちゃってさあ。オーガとの戦いの時も、惚れ惚れしたもんだよ。……冷静に判断できて羨ましいなって。ほら、弓兵は瞬時の判断力とか大事じゃん?」


 大事じゃん、って言われても、俺は弓兵ではないから分からないのだが。


 「そういうもんか」


 「そういうもんなの。それでさ、今度その判断力、どうやって培ったのか教えて欲しいなあって思ったりして」


 「? ああ……別にいいけど。何も特別なことなんてしてないぞ俺?」


 「いいのいいの! ね、この作戦終わったら二人で話そうよ!」


 「あ? ああ、いいけど……」


 「やった!」


 小声でガッツポーズを取りながら、彼女は嬉しそうに笑顔になる。


 「約束よ? いーっぱい、教えて欲しいことがあるんだから!」


 「まあ、時間の許す範囲でな。昼間はギルドで忙しいんだから」


 「! ってことは夜!?」


 「あ? まあ、そうなる……か? 多分」


 「イヒヒ! やった! 二人でお酒でも飲みながら……ウィヒヒ!」


 「その笑い方気持ち悪いなお前……」




 なんだか分からないまま、リディアと飲みに行く話になってしまった。別に家で話せばいいだろと思わないでもなかったが。

 とにかく、今は目の前のことに集中しよう。


 明日、いよいよマクスウェルと対面するのだ。今のうちに、英気を養っておかないと。


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