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太陽のギルド  作者: 三水 歩
太陽のギルド
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ギルドの初仕事

     ギルドの初仕事


 大通りに面する、古ぼけた酒場。店の前に大きな看板を立て、人目につくようにしてある。外からは人々のにぎわう声が聞こえているものの、店内は傭兵達が他愛もない話をしていたり、受付担当のレリィ、アニスらの話し声が聞こえるのみで、客足はさっぱりだ。


 「運営初日から、随分と景気悪いなぁ」


 それだけ人々の悩みが少ないと前向きにとらえるべきか、それとも飯の種にならないことを嘆くべきか。俺はなんとも言えない微妙な感情を、グラスに注がれたオレンジジュースと一緒に流し込む。


 「立地が悪かったのかしら」


 緑色の髪の毛を指先でクルクルと弄びながらセシールはつぶやく。


 「そう言うなよ。場所があるだけマシってもんだ」


 「午前は誰も入ってこないし、酒屋の方だって営業中だっていうのに。一人も来ないなんて。一人もよ、一人も。どれだけ普段からこの酒場に客が来てないのか窺えるわね」


 「おめえら好き放題言い過ぎだろう……」


 カウンターに座る俺とセシールの言葉を聞いて、白髪交じりの男が情けなく眉を下げながら文句を言う。


 「大体この時間は酒場なんて空いてねえよ。昼間から酒飲みに来る奴なんていねえし、いたとしても、碌な依頼を持ってこねえだろ」


 「だからあんなに頑張って張り紙貼りまくったじゃないのよ! っていうかジョルジュ! あんたちゃんと宣伝してたの!?」


 「してたに決まってるだろ!? そもそもうちはそんなに繁盛してなかったんだから、宣伝効果なんて微々たるもんなんだよ! 考えればわかるだろ!?」


 自分で自分の店を繁盛していないと言わされた彼は心なしか涙目だ。


 「しかしまあ、本当に一人も来ねえな」


 「こんな酒場じゃなくて、家の方をギルドの本拠にした方が良かったんじゃないの?」


 「それは嫌だ。店舗併用だと、なんだか落ち着かない」


 「アンタが嫌ってだけの話じゃないのよ」


 「ジョルジュの酒場は、仕事するぞー、って気持ちに切り替えやすいんだよ。しかもくつろぎやすいし」


 「くつろいでんじゃねえ。注文しやがれ」


 いよいよ退屈過ぎて、ジョルジュを二人掛かりでいじめるという遊びに興じていたけど、それもやっぱり大した時間つぶしにはならないようだ。昼飯もさっき食べたばかりだし、本当にすることがない。


 各々がそうしてだらだらしていると、ウィリアムがだるそうに話しかけてくる。


 「なあ兄ちゃん」


 「どうした?」


 「おいら忙しいのもあんまり好きではないけどさ。こんなに暇なのって実際どうなんだ? 今後商売として成り立つのかいコレ?」


 「さあなあ。まあ、来なかったら来なかったらで別の仕事も考えるさ」


 「おいらも、今のうちに何か探しておこうかな……」


 そう言いながらウィリアムは持ち込んでいた冒険小説をカバンから取り出すと適当な席に座って読み始める。

 ……探してないじゃん。


 「はあ、どうしたもんか」


 余興でもやるか。大通りでみんなで踊ったりしていたら人目について……。

 いや駄目だ、人目につくだけで何一つギルドの宣伝になってない。


 「あるいは、傭兵達の訓練風景を実演……これも、憲兵来てしょっぴかれそうだな……」


 うんうんと唸っているとき、酒場のドアが開き、カランカランと乾いたベルの音が響く。


 「!」


 「! ……いらっしゃいませえ!!!」


 「ひぇっ!?」


 なぜかウィリアムが気合全開の発声をしたために、お客(?)がすっかりおびえてしまい、手近な椅子の陰に隠れてしまう。


 「ウィル!? 威嚇してどうするの!」


 「や、違う、嬉しくてつい!」


 おいらは悪くない! などとわけの分からないことを言いながら彼は必死にレリィに弁明している。


 店に入ってきたのは女性だ。20代後半……いや、もっと若いかもしれないけど。どこかくたびれたような印象を与える。

 そこそこに上等な服……だったのだろうが、古着なのだろうか。所々ほつれていたり、砂や土なんかもついているみたいだ。

 金髪で、長さはレリィと同じくらいだ。腰のあたりまである髪の毛を、首のあたりでまとめていて、その先端も赤いリボンで結わえてある。


 全体的には、どこかおとなしそうな印象を受ける人だな、という評価を下す。


 「よ、ようこそ太陽のギルドへ」


 震える声で俺は女性に話しかける。というか、話しかけてしまった。全然心の準備ができていないから、笑顔も引きつっている気がするし、なんだか急に汗も出てきた。


 「あっはい、どうも……!」


 瞬間、女性は俺を見るなり表情を変える。それは驚きであり、喜びであり、怒りであり、なんとも言えない表情だった。と、その時。


 「この馬鹿亭主ー! 今までどこに行ってたのよー!? 寂しかったんだからあー!」


 「え、ええ!?」


 そう言いながらわんわん泣いて俺に抱き付いてくる女性。思わず躱しそうになったが、どう見ても敵意があるわけではなさそうだし、躱したら多分もっと泣くだろうと思い、とっさにそれを受け止める。


 「わ、私が! どんな想いで帝都まで来たと思ってるのよー! バカバカバカバカあー!」


 「お、落ち着いてくれ、人違いだから!」


 「人違いなもんですか! この金髪! この目の形! このキュートな鼻! セクシーな唇! 首のホクロ! ……あれ、ホクロは?」


 そう言って彼女は涙目のまま俺の首をまさぐる。当然ながらそんなものはない。俺はこの人の亭主ではないのだから。


 「ソルさん。亭主ってどういうことですか? 場合によっては大変なことになりますよ?」


 「なんでレリィめっちゃ笑顔で怒ってんの!? 違う違う、人違いだって!」


 「……ソル?」


 その名前を聞いたとたん、女性は真っ赤になって俺から離れる。


 「ご、ごめんなさい! あ、あんまり似てたものだから! ほ、本当にごめんなさい!」


 「ほら! な? 人違いだったってさ!」


 「抱き付かれてニヤニヤしてませんでした?」


 「してねえよ!?」


 レリィの目にはどんな風に映ってたんだ。っていうか、レリィの位置から俺の表情なんて見えるはずないんだけど。


 「なるほど、その手があったのかぁ……街に出てると色々勉強になるなあ」


 後ろでリディアが何か言ってる気がするけど無視だ無視。






 「ああ……困ったわぁ……あの人以外の男の人に体を触られるなんて……いつからこんなにふしだらになったのかしら、私……」


 「ちなみに俺からは何もしてないからな? ……まあ気にするなよ。その、なんだ。ホクロ以外が瓜二つだったみたいだから、しょうがないさ」


 「でもでも……」


 「……それより、困ってるから俺たちのところに来たんだろ? 太陽のギルドにさ」


 そう言うと、女性は思い出したように手をポンと叩く。どうやら当初の目的を忘れていたらしい。大丈夫かこの人。


 「あらいけない、私ったら。そうなんです、私の亭主が行方不明になってしまいまして」


 女性がそう言うと、ウィリアムが口を挟む。


 「行方不明って……大丈夫なのかソレ? 結構大事なんじゃねえのか?」


 「そうなんですよ。どこに行ったのかしら、あの人」


 確かに、大の男が行方不明になるなんて。

 この人の旦那、と言うことなら、二十代か、三十歳前後くらいだろうか。そんな歳の人が、誘拐されるなんてのも考えにくい。


 ひとまず空いてる席に座るよう促し、俺もその対面に座る。他のギルドの面々も、興味深そうにこちらを眺めている。


 ……見てないで替わってはくれないだろうか。




 アニスがテーブルに俺と客人の紅茶を置き、一礼して去っていく。


 「あら、この紅茶、とってもおいしいわー」


 「えーと……それじゃあ、名前を聞いても?」


 「あ、私はマリアよー。マリア・オルコット。旧姓はトレイターねー」


 「なるほど。で、旦那さんの名前は?」


 「カルス・オルコット」


 「いなくなったのはいつ頃?」


 事務的に、淡々と話を聞いていく。意外とすんなり喋ることができている自分に、今更ながら少し驚く。


 「そうねー。確か……半年くらい前かしら。彼、商人やったり農業やったり狩りしたりと色々多才でねー。料理に裁縫にお洗濯まで、家事もなんでもこなせちゃう人だったからねー。そうそう、出会った頃なんかねー」


 俺は咳ばらいを大げさにして見せる。マリアはハッとして、口元に手を添える。


 「あら、いやだわ私ったら。すぐにのろけちゃうのよねー」


 「……それで、いなくなったとき、何か変わった様子は?」


 「変った様子ねー。まあ、変だったわよ? 彼、馬車で帝都に品物を納品しに行って、帰ってくるなり『やっと見つけた!』って言って、嬉しそうにしながらそのまままた飛び出して行っちゃってねー。ポカーンとしながらそのまま見送っちゃったのよー」


 「……見つけた?」


 「うん。多分、彼の妹さんじゃないかしら。いっつも、妹さんの昔話ばっかり喋っててねー。やれエリスが泣き虫だの、後ろにひっついて来てばっかりだっただの」


 「……」


 やっと見つけた。そう言っていたということは、随分会ってなかったのだろうか。しかし、見かけたのならその時に話せば済むことだ。それをしなかった、あるいはできない事情があったのだろうか。


 「私も名前くらいしか聞いたことないから、エリスちゃんがどんな子なのかわかんないけどね。彼とは五つ離れてたって言うし。うーん。二二歳くらいかしら?」


 「……」


 「彼ね。十五年くらい前かしら? 昔住んでたところを野盗に襲撃されたらしくてねえ。その妹さんと生き別れちゃったみたいなのよー」


 「生き別れの、家族……」


 「でね。なんでも妹さん、奴隷商人みたいな人に連れていかれたらしいから、もしかしたら生きてるかもーなんてこと、普段から言ってたのよー」


 どう、だろうか。


 仮に子供で奴隷になって生き延びていたとしても、どんな扱いを受けるかは目に見えてる。

 子供なんて大した労働力にはならない。男であれば、まだ見込みもあるかもしれないが、女の子であれば、異常性癖向けの娼館にでも売られない限り、まともに生き残っていけるとは思えない。


 でも、もしそれをどこかで見かけたなら。

 面影のある人を見かけたのなら。


 喜んで飛び出して行ってしまっても、おかしくはない。


 「……家を飛び出して行った理由は分かった。でも、そのあと半年も帰ってこないっていうのは……」


 「謎よねえ。私的には、都会の女に騙されて、遊んでるんじゃないかなって疑ってるんだけどねー」


 「そんなこと……」


 あるわけない、と言おうとして俺は止まる。


 マリアは、とても寂しそうな笑顔をしている。いっそ、悲しそうな顔と言ってもいいだろう。今の発言も、どことなく『そうであって欲しい』という気持ちが多分に含まれている気がする。


 「で、私も数週間前にこっちに着いたんだけどねー。全然見つからなくて、困ってたのよー。お金もどんどん無くなっていっちゃうし、憲兵さんは全然相手にしてくれないし」


 「……それで、俺たちのところに」


 「あんまりお金は持ってないんだけど、引き受けてもらえるかしら? 彼を探すの」


 「……いくら、持ってるんだ?」


 「んー。五十ゴールドくらい? 馬車で帰ろうと思ってたから、これしかないのよねー」


 五十ゴールドか。


 実際問題、全然足りないと思う。人探しの依頼で、それっぽっちなら、冒険者ギルドで適当な護衛の仕事をしていた方がずっと儲かるだろう。でも。


 「わかった。引き受ける」


 「本当? ごめんなさいね、全然お金なくて」


 「でも、今すぐ全額はもらえない。旦那さんが見つかったら、その時にきちんと払ってもらう。そうだな……前金で十ゴールド。見つかった場合は上乗せで二百.それでいいか?」


 「あら、良心的。他の場所でも依頼したけど、もっと高かったわよー?」


 「え、そうなの?」


 「うん。冒険者ギルドなんて、前金二百の成功報酬千ゴールドだもの」


 「……払えるのか、ソレ?」


 「まあ、彼のおかげで貯蓄はあるしねえ。彼真面目だから。いっぱいお金貯めてるのよ。……本当は、妹さんを助けるときのためのお金なのかもしれないけどねー」


 あとで彼に怒られちゃうかも、と言って笑うマリア。


 ……無理して笑っているのが、見ていて痛々しい。


 「……そうだ、人相書きを作っておきたいんだけど、手伝ってもらってもいいか?」


 「あら、その必要はないわー。あなた、彼と瓜二つだから。あー、でももう少しカルスの方がたくましいかしら? 後は首のホクロ。右側にあるからね」


 「……要するに人相書きは、俺をベースにして書けと?」


 「うん。でもビックリしたわあ。あなた、本当に彼にそっくりだったから」


 「世界に同じ顔の奴は三人いるっていう話は聞いたことあるけど……いるもんなんだな」


 「一瞬、彼が髭剃っただけかと思ったわー」


 「まあ、その言葉を信じるとするか。じゃあ、今日中に人相書きは作る。……っつっても、ほとんど俺の自画像になるだろうけど。それから、街中に張り出すけど、構わないな?」


 「ええ、お願いするわー。あ、そうそう。おひげも足しておいてね。だらしなく伸ばしてると思うからー」


 彼女はそう言うと、席を立つ。


 「紅茶、ごちそうさま。……でも驚いたわあ、こんなに小さい子まで頑張って働いてるのねー」


 そんな言葉に、レリィ、アニス、ウィルは苦笑する。


 頑張っているのは間違いないが、働いているかと言われると少し怪しい。なにせ今マリアからの依頼がこのギルドでの初仕事なのだから。


 ……午前中暇だった、なんて口が裂けても言えないよな。


 「気を付けて帰れよ。依頼主が道中で行き倒れたら、せっかく探し人を見つけても報酬を受け取れなくなる」


 「あら、優しいのねー。本当に彼みたいだわー。……ちょっと残念だったけど。それじゃあ、よろしくね、太陽のギルドのみなさん」


 ごきげんよう、と言って、マリアはスカートの端を持ち上げて一礼する。

 ……どこかの育ちのいいお嬢様だったのかもな。




 彼女の姿を見送り、俺たちはさっそく仕事に取り掛かる。


 「ウィル、おつかい頼んでいいか?」


 「なんだ?」


 「今もらった報酬と、俺のへそくりちょこっと渡すから、コレで画材買ってきてくれ」


 「画材なんて何に使うんだよ?」


 「決まってるだろ? 人相書きだ」


 「……印刷屋は使わねえの?」


 「あんな滲みやすい版画もどきじゃあ、ちゃんとした人相書きになんかならないよ。全部俺が描く。紙、たくさん買ってきてくれ」


 「うへえ、マジか。おいら悪いけどそういうの苦手だぞ……」


 「いいよ、買ってきてくれるだけで。後は皆、来客があっても良いように待機だけ頼む。俺はひたすら奥で人相書き作ってるからさ」


 ウィリアムに先ほどの前金と数ゴールド渡して、俺は準備を始める。


 「……ソルさんも、結構多才ですよね」


 「掃除洗濯料理に絵画、彫刻、武器修理に手入れ……かなり器用よねー。裁縫は全然だけど」


 レリィとセシールのそんな言葉を聞きながら、俺は人相書きのための準備を進める。






 その日は夜になってから依頼が相次ぎ、マリアを含めて十六件の依頼があった。どれも他愛のないものだったけれど、それでもギルドのスタートとしては順調な滑り出しだと感じた。


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