王宮魔術師マクスウェル 一
王宮魔術師マクスウェル 一
新年を迎える。それは生きていればすごく当り前のことだ。一年をどう過ごそうが、どれだけ頑張ろうが、この日は等しく訪れ、そして去っていく。
新しい年に向けて決意を新たにしたり、去年を振り返って反省したり、過ごし方は人それぞれだけれど、それでも今年も無事に終えられたことに、人々は安堵する。基本的には、新年を迎える日はどの国でも程度の差はあれども、めでたいことに違いない。
俺たちも例に漏れず、先日仲間内でバカ騒ぎして、今年も頑張ろうと気合を入れたところだ。一週間後には、本格的にギルドの運営を始める。わざわざ広告用の張り紙なんかも作ったりして、皆でいろんなところに宣伝して回ったものだ。
期待も不安も大きいが、今年も何事もなく、皆健康に過ごせたらと思う。
「それはさておき……ジャン、話って?」
「ああ、例の魔導書の件だ。……ちょっと妙なことがあってな」
会議室のテーブルにだらしなく頭を乗せたまま、ジャンはそう言った。
「……妙なこと?」
「ヴァンから魔導書の奪還頼まれた。それは話したよな」
「うん」
「あの後、ヴァンはこう言ってたんだ。いずれ国の方からも正式に賞金を懸けるって。それが、しばらくたっても何の音沙汰もない。どころか、今度はヴァンに接触することすらできない。城の連中も全く取り合ってくれなくてな……」
「……そうなのか」
確かに奇妙な話だ。魔導書一つで国が亡ぶかもしれないのに、何もアクションを起こさないだなんて。
「それどころか、魔導書の奪取なんて事件、無かったかのように皆振る舞ってやがる。それが、わけわかんねえ」
「……世間体を気にしてるとか? あるいは、混乱を生まないために情報統制してるとか」
「無くはない話だな。が、それにしても妙だろう。そもそもヴァンが俺たちにだけ依頼を出すってのも、ぶっちゃけた話おかしいとは思っていたんだが……わからんな」
まあ、ヴァンに関して言えば真意を聞き出すことは困難だろう。あんな性格だ。数年一緒にいた俺でも、正直何を考えているのかわからない時の方が多かった。
「で、件の王宮魔術師の捜索は難航してる、と?」
「そう。なんだけどな。色々おかしい。正直頭がおかしくなりそうだ」
ジャンは今度は頭を抱えてしまう。俺は首を傾げながら彼に問いかける。
「……そっちも何かあったのか?」
「誰も王宮魔術師……マクスウェルを『知らない』らしい」
「は? なんだソレ。そんなわけないだろう」
「本当だ。騎士団の連中に聞いてみても、憲兵に聞いても、城の召使いに聞いても皆知らないの一点張りだ。……んでもって、嘘を言っているようにも見えない」
「……わけわかんないな、それ。同じ城で働いてるってのに、そんなことがあるのか?」
城の中がどうなってるのかなんてわからないが、誰も知らないなんてこと、あり得るんだろうか。全く寡黙であろうと、人の印象にすら残らないなんてのは難しいものだ。それこそ、盗賊だとか暗殺者だとか、そう言った世界の領分だ。一介の魔術師が、そんな技術を会得しているとは思えないが……。
「さあな。だが、一個だけ手がかりを手に入れたんだ」
「……手がかり?」
「マクスウェル……奴の本名を、なんとか手に入れた」
「手に入れたって? って、そもそも本名じゃなかったのか、それ」
「本名はディロイ・マクレーン。元々は城の魔法研究室の研究員だったらしい」
「それ、本当なのか?」
「ああ。そんで、ちょっとばかり面白い話も聞けた。……奴は、魔女の末裔の可能性が高い」
魔女。その血統。
存在するだけで忌み嫌われた、禁呪に手を出してしまった女性たち。その血を継ぐ、子孫。
「……あの魔術師はかつて、魔女狩りに遭ってる。ウルと同じだ」
「……」
「そしてウルの時にはあの白いガキが現れていた。その影響か、ウルには不思議な力が宿っていて、その状況から生き延びることができた。が……」
「マクスウェルは、アンノウンに会わなかった。……カルマを使えなかった」
大勢の人間が、自分を狙ってくる。それを何とかする力は、彼にはなかった。たとえ魔法のエキスパートだったとしても、そこまでの力はなかった。
「ここでアイツ……ディロイも死んでればよかったんだが、不幸にもあいつは……『あいつだけ』は生き延びちまった。たった一人の家族である、妹を失ったそうだ」
「……」
「記録では、この時点でディロイ・マクレーンなる男は死んだことになっている。が、その事件の数か月後、ディロイによく似たマクスウェルと名乗る男が、王宮魔術師の地位に就いた。……俺が手に入れた情報は、こんなもんだ」
「……もしかして、マクスウェルはその復讐のために……?」
「どうかね。それにしては遅すぎるって気もする。……もしかしたら禁呪の存在を最近になって知っただけで、ずっと機会は窺っていたのかも知れねえけどな」
「なんか……悲しいな」
「まあ、ちょっとばかりやるせないが……だが、俺たちに危害を加えるつもりである以上、野放しにはできねえ」
「……そう、だよな」
俺には、家族がいない。いた頃の記憶はない。だから、それを奪われたときにどんな気持ちになるのか、想像することが難しい。
だけど、きっと彼は怒ったはずだ。悲しんだはずだ。絶望したかもしれない。気が狂いそうになるほどの負の感情を抱えて、彼はなんとか復讐にすがって生きてきたんだろう。
……そんな人間を、俺は止められるのだろうか。
俺に、そんな資格はあるのだろうか。何も持っていない俺が。今は幸せな俺が。彼の行動を止めることができるんだろうか。そしてそれは、本当に正しいのだろうか。
いや、無差別に大勢の人を殺すなんて、そんなの許容できるわけがない。でも、もし俺が同じ立場だったならどうだっただろう。……きっと彼と同じ選択をするか、あるいは自ら死を選んでいただろうか。
わからない。正義は自分たちにあると思う。大半の人間はそう言うだろう。そう言ってくれるだろう。
だが、胸が痞える。心の中で、どこか彼を肯定したい自分がいた。
「ソル、変に同情したりするんじゃないぞ。じゃないと、多分殺される」
「わかってるさ。わかってる」
頭では、理解している。彼を止めなくてはならないと。
でも、心では全然納得できていない。なぜ彼がそんな目に遭わなければならないのか。どうして。
見ず知らずの人間に肩入れするのはおかしいだろうか。でも、それでも。
他人のような気がしない。マクスウェルを、悪い奴だと断じることができない。
敵だと、思えない。
「また新しい情報があったら呼び出す。……ソル」
「わかってるって。同情はしない。……その時が来たら……」
始末する。そう言って、俺は部屋から出る。
……生け捕りは、多分無理だろう。話を聞くに、手加減して勝てる相手じゃない。それに対魔術師の戦闘は分が悪いことも、数年前にセシールと戦ったときに経験済みだ。
「……暗殺、か」
ふと、彼女の姿が脳裏をよぎる。人を殺さないでくれと俺に言った、彼女の悲しそうな表情が。
「……今回は、約束守れないかもしれないな……」
俺は、心の中で彼女に謝った。




