年越し 一
百話記念ということで、番外編みたいなものです。あまりストーリーに進展はないと思います。
年越し 一
あれから数週間が経った。今年は随分と雪が多いななどと思うのは、俺だけではないだろう。
あの後、アッシュに目立った動きはない。傭兵たちも、俺たちと同じように屋敷に泊まってもらっている。俺としては、まだ信用できない部分も大きかったので、彼らには一階の部屋をいくつか模様替えして、そっちで寝泊まりしてもらっている。あまり意味のないことだけど。
元々あそこに住んでた俺たちは二階、傭兵たちは一階。そういう配置にしてあるわけだ。心情的に、あまり余所者と一緒にいたくないという俺の我儘だ。
「よそ見してんなよ、兄ちゃん!」
いけない、ついぼんやりと考え事をしていた。
ウィリアムの抜剣が轟音と共に放たれるのを、俺は空中に飛んで回避、ナイフを投擲して牽制する。
「小賢しいぜ! 『追旋』!」
回転と衝撃波で、ナイフはすべて弾かれ、庭に落とされる。俺は着地の寸前でもう一本を放つ。
「ッチィ!」
ウィリアムは体を捻ってこれを回避、その隙に俺は地面を強く蹴りつけ、一気にウィリアムに接近する。
「! でやあ!」
「!」
剣を収める隙を与えないように接近する作戦だったが、ウィリアムは冷静に、純粋に剣術のみで勝負に出る。
チンクエディアとサーベルがぶつかりあい、火花を散らす。
上段から振り下ろされるサーベルをチンクエディアで受け流し、左手のダガーで切りかかる。
それを体を逸らして避けたウィリアムが、その動きの流れで蹴りを放ち、俺がそれを膝で受ける。
再びお互いの武器が重なり、何度も打ち合う。雪原に火花を落とし、肉を裂くギリギリで攻撃を躱し、何度も何度も武器を叩きつけ合う。
何合か打ち合い、サーベルと双剣が完全に拮抗する。
「ぐぎぎぎぎぃ~……!」
「く、やるな……!」
小さい体のどこにこんな力があるのか。それとも単に使用する武器の相性が関係しているのか。ウィリアムと鍔迫り合いの形になったが、少しずつ押される。
「ぐおおあああ!」
「ふっ!」
短く息を吐いて、一気に後退する。ウィリアムの剣は空を切り、彼はすばやくそれを鞘に納めると、大きく飛び上がる。
(来る……!)
空中で体を横ざまに倒し、回転しながら鞘から剣が抜き放たれる。落下する力と回転力、そしてタイミングがうまくかみ合わなければ、ただの隙だらけの技だ。しかし、彼はそれを恐ろしいほどの努力で完成させている。
「抜剣術『崩天』!」
すさまじい剣圧と覇気に、全身が泡立つ。なるほど、喰らったらただではすまないだろう。正しく、必殺の一撃と言ったところか。
(だが、まだ甘い!)
俺は武器と足を使って雪を巻き上げる。一瞬だけ視界を遮った俺は、後ろではなく、あえてウィリアムの方へ駆け、滑り込む。
彼の真下をくぐりぬけ、背面を取った。
「んな!?」
ウィリアムは止まれず、そのままサーベルを大地に叩きつける。斬撃の余波が中庭の雪を吹き飛ばし、うっすらと土がめくれ上がる。
俺はチンクエディアの切っ先を、ウィリアムの背中から、心臓のある位置に突きつける。
「! ~~~~~~! だああ、くそ、また負けた!」
ウィリアムはそう言うと、ごろりと雪の上に四肢を投げ出して寝ころぶ。俺はそんな様子を見て、武器を腰に納める
「勝負を焦りすぎたな。あの技を出すなら、もっと相手の態勢を崩して避けられないような状況を作らなきゃいけない」
「んなこと言ったってさあ。やっぱ試してみたいじゃん」
「試すことは、まあ大事だな。でもウィリアム、実戦でいきなりやってたら死んでたぞ?」
「ちぇー」
むくれながら、ウィリアムはサーベルを腰の鞘に戻す。そのまま何度か深呼吸し、彼は目を瞑る。
「……ん、イメージ不足だなぁ……」
「まあ、立ち回りとしては悪くなかったんじゃないか? 実際、あの技が出てくるまでは、俺もどう攻めたもんか悩んだしな」
「……悩んでるのは別のことじゃないの?」
ウィリアムはそう言うと上体を起こし、俺の方を見る。
「なんだか兄ちゃん、今日の訓練は心ここにあらず、って感じだったぜ?」
「……そうか?」
確かに、悩んではいた。
先日、俺たちの置かれた状況をセシールに告げられ、俺は狼狽えた。いや、今も内心穏やかじゃない。いつ禁呪が発動されてしまうか、気になってしょうがない。
恥ずかしいことに、個人で情報収集しようと考えてみても、実際一人で街に行くことはできない。
……全くできないこともないだろうが、まともに喋れる自信がない。
今できることは、力を蓄えながら、いつでも動けるようにしておく。それくらいしかなかった。
「……大したことじゃないさ。悩んでても仕方ないことだからな。気にするな」
「まあ、兄ちゃんがそう言うならそれでもいいけどね。さてと……」
ウィリアムはそう言って立ち上がると、視線を庭の端に向ける。
「どうだ、ホッド。なんか参考になったか?」
「……正直、よくわからなかったです」
そう言ったのは、少し伸びた栗色の髪の毛を後頭部でまとめている少年。身長は、出会ったころよりは少し伸びたようで、レリィとほとんど同じくらいになっている。子供の成長は早いものだ。
「まあ、おいらたちが強すぎるからな! なっはっはっはっは!」
「……」
ウィリアムがそう言って悦に浸っているのを無視して、ホッドは何かを考え込んでいる。少し様子がおかしいようだ。
「……どうした、ホッド?」
「いえ……ソルさん、聞いてもいいでしょうか?」
「なんだ?」
「……ソルさんは……お二人は……」
人を殺したことがありますか、と。彼はそう訊いた。
「……どうして、そんなことを聞く?」
「いえ……気を悪くしないで聞いてください。お二人の訓練が……真剣に見えなかったもので」
「……」
「人を殺めたことがあるのかどうか、少し気になってしまっただけです。すみません」
「あん? なーに生意気なこと言ってんだよホッド」
「ウィリアム」
ホッドに突っかかろうとしていたウィリアムを俺は手で制す。
わずかに、ホッドの瞳の中に燻るものが、俺には見えてしまった。
「……そうだ、ホッド。ちょっと、俺と打ち合ってみないか?」
「え?」
「ただの訓練だよ。気軽に受けてもらっていい。どうだ?」
「……いいんですか? 僕は初心者だから……加減はできませんよ」
射抜くような視線を俺に向けるホッド。一瞬ウィリアムが怯んだように目を見張るが、俺は笑顔で応じる。
「心配するな。怪我はしないし、させないさ」
お互いに距離を取り、それぞれの武器を構える。俺はチンクエディアを、ホッドは長い棒の先端に布を巻いた、訓練用の槍を。
「……じゃあ、準備はいいかい二人とも? うっし、始め!」
号令がかかると同時、ホッドは俺に飛びかかる。体よりも大きな槍を器用に操り、正確に俺の喉を狙い、打ち込んでくる。
(……なるほど、レリィの言ってたのはこのことか)
俺は槍を躱し、横にずれる。ホッドは目だけで俺を追い、打ち込んだ槍をすばやく回転させ、そのまま柄で薙ぎ払おうとする。
彼の目は、燃えている。
殺意の炎が、ギラギラと燃えている。
殺すという意思すら、そのまま武器にするかのように、激しい殺意を俺に向けてくる。
俺は槍の先端を切り飛ばし、そのままホッドを蹴り飛ばす。しかし、彼は攻撃が防がれた瞬間に自ら後ろに飛んで衝撃を緩和させる。
すさまじい判断力と反射神経だ。たが、それに技術や戦術が伴っていない。そしておそらく、彼にはそういったものを習得することは難しいだろう。
まるで獣だ。外敵を容赦なく噛み砕き、殺そうとする、ただの獣だ。
野生の殺意を向けるホッド。しかし、こういう目をした人間は、俺は腐るほど目にしている。
殺意を向けるホッドの目を、俺は睨み返す。
「……!」
ホッドに、一瞬動揺が走る。
同じように殺気立って見せただけだが、それだけでも十分に効果はあったようだ。
「う、わあああああああ!!!」
ホッドが槍を突き出しながら突進してくる。俺は槍を掴み、足を払い、ホッドの体を雪中に沈める。
「がほっ」
背中から打ち付けられたホッドの顔の横すれすれに、俺は思い切りチンクエディアを突き立てる。
ザグッという音が中庭に響く。
ホッドは、放心しながら俺の顔を見る。
「……あ……」
「……」
「……勝負あり、だな」
ウィリアムがそう宣言したことを確認し、俺は武器を収める。ホッドはまだ立ち上がれずに、その場で倒れ込んだままだ。
「……ホッド、お前は戦いには向いてない」
俺がそう言うと、ホッドは目を剥いて俺を見る。
「戦いにおいて、恐怖を感じることや、臆病であることは大事なことだ。危険を読み取るっていう意味では。でも、お前は……」
その感情が強すぎるあまり、危険を排除することしか考えなくなっている。その結果が、あのむき出しの殺意だ。
殺意や殺気はあってもいい。だが、それはそう簡単に向けていいものでもない。そう言う感情は、逆に余計な争いを生むこともある。
本当に戦いを避けられない、どうしようもないとき。あるいは、絶対に許せない敵と対峙した時、その殺意は自らの士気を高めるためのきっかけになりうる。
だが、今のままでは。ただ闇雲に殺そうとするだけでは、勝てない時もある。士気を上げることもあれば、冷静な判断を奪うこともあるのだから。
「……いや、なんでもない。ともかく、今のまま訓練していても強くはなれない。むしろ迷惑だ。今後、一切の訓練は禁止だ。……わかったか?」
「……でも、僕は……」
「いつか、もっと心も体も育ったなら。冷静に戦うことができると俺が判断した時は。その時は、稽古をつけてやる。お前はまだ幼いんだから、無理に戦う必要なんて……」
「それじゃあ、遅いんです!」
ホッドは怒鳴り、涙目で訴える。切断された槍を握りしめて、小さく震える。
「そんなんじゃあ、何かあった時に無力なんだ! こんなことじゃあ、姉ちゃんも、メリーも守れないんだ! また、あの時みたいに……」
やらなきゃ、やられるんだ。
そう言って、彼は泣きじゃくる。
「何度も、夢に見るんです……あの時に殺した男の人が……怖いんです、殺さなきゃ、またあんな場面になった時、殺せなきゃ、殺す覚悟が無きゃ、また、あの時と、同じで、だから!」
俺は言葉の先を待たずに、ホッドの頭を抱えるようにして抱きしめる。
ああ、殺意の理由が分かった。分かってしまった。
人を殺してしまった。そして悪夢を見た。どんな内容かまではわからなくても、俺にも経験がある。
怖くなる。
人の道を外れてしまった恐怖から、どうしていいのかわからなくなる。
その恐怖の解決手段がわからないくせに、自分でこうしなきゃと思ったことを、繰り返し繰り返し積み重ねてしまう。
怖いのを消したくて、消したくて、消したくて、逃げられなくて。
そんな恐怖を、この子も味わってしまったんだ。
平和に暮らしていただけの、ただの子供が。
人を殺してしまったんだ。
そんなつもりじゃなかったとしても、それは覆らない。いつまでも自分を縛り続ける。
この子は、地獄に足を踏み入れてしまったんだ。
「ホッド。聞いてくれ。……お前が守りたいものは、俺たちが守る。……それじゃダメか?」
「でも、でも……」
「大丈夫だから。誰も責めない。誰もお前を責めないよ。アニスもメリーも、お前を責めたりしない。絶対だ。大丈夫だから。大丈夫」
「うあ、ぅぁあああ!」
「……辛いよな、怖いよな。大丈夫だ、ここにいる人たちは誰もお前を責めない。大丈夫、大丈夫……」
「朝から、なんだか重たい雰囲気になっちゃったなー……」
「まあ、仕方がないさ。あんなに小さいのに、むしろ今まで良く誰にも言わずに我慢してたよ。……レリィが気付いてくれなかったら、取り返しのつかないことになってたかもな」
ホッドが泣き止んで落ち着くまで傍にいた俺達だったが、ホッドが部屋で休むと申し出たため、俺たちは彼の部屋を後にして、朝食の支度をしようとしていた。
と、食堂に向かう途中、傭兵に貸し出していた部屋の一つが突然開かれる。
「んあー、ゆうしゃく~ん……」
部屋から出てきたのは、長い金髪をポニーテールにしている女。ほとんど下着みたいな恰好でフラフラと俺たちの方に近づいてくる。
「つかまーえたー」
「捕まるか」
ひらりと避けると、そのままリディアは地面に倒れ込みそうになる。流石に床に激突させるのはかわいそうなので、肩を捕まえてしっかりと立たせてやる。
「寝ぼけてるなら部屋で寝てろよお前」
「むちゅー、おはようのチューは~?」
「するか馬鹿」
そのまま出てきた部屋の中に押し込み、ベッドに突き飛ばす。
んぎゃ! とかなんとか悲鳴が聞こえるが、それを無視して部屋を出て扉を勢いよく閉める。
「ったく、何なんだあの女……」
「……兄ちゃんって、色々すげえよな。意志が固いっつーかさ」
「? 何が?」
「いや、なんでもないよ」
扉の向こうから痛いだのなんだのギャーギャー喚き散らす声が聞こえてくるのを無視しながら、俺は厨房へ向かう。
「いいの? あのままで」
「知らね」
舌を出して全く反省してないアピールをウィリアムにしながら、厨房に入る。すると、何やらすでにいい匂いが漂い始めていた。
「あ、おはようござますソルさん。ウィルも」
「あれ、レリィじゃんか。何してんだ? 今日の当番は兄ちゃんだろ?」
「ん? うん、そうだけど。今日はほら、年越しだから。その準備」
「あれ、そうだっけ? おいらすっかり忘れてたぜ」
そう言えば、もうそんな時期か。三日ぐらい前までは覚えていたんだが、いざ当日となると意外と忘れてたりする。
雪が降ったのはついこの前だったように思ったんだけど、なんだか年を重ねるごとに一年が過ぎるのが早く感じる。などと、年寄り臭いことを思考する。
「で、何作ってんだ?」
「これはね、夜の分。朝食の方はいつもと同じで質素だよ。……まだギルドの運営も始まってないから、お金もあんまりないしね」
そう言って、レリィは再び作業に戻る。俺とウィリアムが手伝いを申し出たが、それもやんわりと断られる。仕方なく俺たちは食堂から出て、大広間に設置したソファーでだらだらする。
仕事を取られ、暇になってしまう俺たち二人。さて、どうしようか。
「んー。兄ちゃん、何かしようぜ」
「何かってなんだよ」
「修行の続きとかさ」
「さっきやったじゃねえか……」
「じゃあ兄ちゃんも『ヘンリーの冒険』読むか?」
「お前の奥義書か? ……気にはなるけど」
「じゃあ一緒に……」
その時、一階の部屋のどこかから怒声が響く。女性の甲高いキンキンするような声に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
「今の……リディアさんじゃね?」
「そうか? 気のせいだろ」
「兄ちゃんホントあの人に容赦ねえな……」
だってわけがわからない。俺のことを勇者呼ばわりしてみたり、突然体当たりして来たり。それが彼女のスキンシップなのかもしれないが、どうにも受け入れたくないものがある。なんというか。わざとらしさみたいなものを感じる。
「なあ兄ちゃん。例えばだけど、レリィがリディアみたいに抱き付いて来たりしたら、どうするんだ?」
「そんなことは万に一つもありえないけど……多分頭叩いて叱ると思う」
「……なんで?」
「女の人が好きでもない男にやたらと接触するのは、個人的に如何なものかと思ってるからな。勘違いしたら、それだけでいざこざになったりするだろ? そういうのは、本当に大切な人と二人っきりの時にすればいい」
「おうふ……あー、こりゃレリィも時間かかるよなぁ……」
先ほど怒声の上がった部屋から、なぜかバリスが吹き飛ばされて出てくる。ぐえっと悲鳴を上げ、そのあとに何かを言おうとしていたが、それは瞬時に飛んできたものすごい量の矢によって封殺される。
「ひえっ!? リディア殿、待たんか! 誤解だ! 我はお主の苦鳴が聞こえた故、何事かと思い部屋に入ったのであって決してやましい気持ちは!」
「うるさい髭もじゃ!」
バリスがその場からすばやく起き上がり、鎧からガシャガシャ音を立てながら走り去る。
……なぜ彼は朝っぱらから鎧を着こんでいるのだろうか。
「まぁてえ! 私の着替え覗いておいて、ただで済むと思うなよー!」
「待つのはお前だこの馬鹿」
見ていられなかったので、リディアのつむじに拳骨を放つ。ゴンと重めの衝撃を受けた彼女は、猫の悲鳴のような声を発してその場にしゃがみこむ。
先ほどの『下着のような恰好』から『下着オンリー』にランクダウンしていた。……あの品のない衣類はパジャマか何かだったのか?
「うぐぐ……痛い……」
「当り前だ、殴ったんだから」
「女の子に手を上げちゃいけないんだよ……?」
「悪い子は躾けなきゃいけないんだぞ」
「むー、ひどい!」
「ひどいのはそっちだ。……壁の穴、どうしてくれる」
俺が指を差した方向に、リディアも目を向けると、小さく声を漏らす。彼女が放ったであろういくつもの矢が、壁を貫いている。
リディアは状況を理解した後俺の顔を見て、冷や汗を流しながら目を泳がせる。
「え、えーと、コレはですねえ勇者様? あのもじゃもじゃが私に対して痴漢を働いたために報復に出たのでありまして、決して家の物を壊そうとかそう言う気持ちがあったわけでは全くないわけでして、はい。なのでその、握りしめてる拳をもとに戻していただけませんかねえ……?」
媚びへつらった笑顔を顔に張り付けながら、リディアは俺に許しを請う。
「……嫌だって言ったら?」
「か、体で払いまびゅうッ!?」
冗談でもあんまり聞きたくない言葉が飛び出しかけたので思いっきり叩く。たんこぶが二つに増えたみたいだけど、問題ないな。
「リディア、お前は罰として一階の掃除をしなさい」
「いたいよう……ぐすっ」
「……体で払うって言ったよな? じゃあ頼んだぞ」
「痛くて動けない~!」
「……」
「……撫でてくれたら、動けるかもよ?」
目をキラキラさせながら上目づかいでこちらを見ている。なんだこいつ。めんどくせえな……。思わず顔が引きつるのを感じる。
「……ちゃんとできたら撫でてやるよ」
「わかりました、頑張ります!」
一気に立ち上がると、掃除道具を取りに倉庫に走るリディア。ていうか、その前に服着ろよあの馬鹿……。
「っていうか、元気じゃねえか……」
「……うーん、めげねえな、あの姉ちゃんも……」
「うし、んじゃあ俺たちは二階の掃除に行くか」
「え、なんでおいら達まで!?」
「年越しだからだよ。働かざる者食うべからずって、昔師匠が言ってたからな」
そんなやり取りをして、俺たちは階上に上がっていく。
……途中でまたリディアが一悶着起こしたが、それは割愛しよう。
みんなで朝食を囲み、再び各々の仕事に戻っていく。と言っても、年末なのでみんな家事関係のことをやってくれる。全員でやったが、午前は完全に掃除などの年越しの支度で終了してしまった。
「まあ、リディアが騒がなければもう少し早く終わったかもな……」
会議室の椅子にどっかりと座り込み、俺はため息を吐く。またしてもあの女は倉庫の物をひっくり返したり壁の穴を増やしたりと、随分とやらかしてくれた。もう解雇した方がいいんじゃないかな。
ギルドの運営は年が明けてから、と言う話になったけれども、その前に解雇を考えさせられるなんて夢にも思っていなかった。
「……ん、おはようソル。いい天気ね……」
「……ウル。お前寝てたのか?」
ふらふらと暖炉の隠し部屋、すなわちウルの私室から、目も開いてないような状態で部屋の主が現れる。
「だって誰も起こしてくれないんだもの」
呆れた。皆が掃除してる中、この子は全くもう。
「私の掃除場所は……残ってなさそうね」
「ああ。隅から隅まできれいだよ、全く……」
ばつの悪そうな寝ぼけまなこでそう言う彼女に、ため息を吐いて俺は眉間を指先で揉んだ。




