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太陽のギルド  作者: 三水 歩
奴隷少女
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奴隷少女 十

     十


 「旦那、大丈夫でしたか? ……レリィは?」

 家に帰ると、ガルドが俺を心配しながらも話しかけてくれる。俺はそれにどう答えていいのか、しばし悩む。

 「あの子は……俺を怖がっていたよ。」

 俺はそれだけ言うと、自分のベッドに倒れるように横になる。うつぶせのまま、枕に顔をうずめて、考え込む。

 「……見られたんですか?」

 ガルドが椅子に腰掛け、遠慮がちに聞いて来るのに対し、俺は首を縦に振ることで応じる。

 「それで、どうしたんです?」

 「……当分はこの街で暮らしていけるだけの金を渡して、帰ってきた。」

 それだけ言って、俺は布団をかぶる。

 自分が悪い。それはわかっている。最初から嘘をつき続けてきた。自分はまるで善良な人間ですとアピールして。そしてそれが嘘だとばれれば、もうお終いだ。彼女はきっと、俺を恐怖しているだろうし、もしかしたら俺を憎んでいるかもしれない。自分を騙してきた男として、軽蔑していることだろう。

 「旦那……見損ないましたよ。」

 ガルドはそう言うと椅子から立ち上がり、扉を開けて部屋から出て行く。

 まあ、そりゃそうだろうな。自業自得だ。

 そんなことを考えながら、俺は枕に顔を押し付ける。そして、今日のことを思い出す。

 昼間、ジャンからもらった情報は正しかった。かつて俺が逃がしてしまった奴隷からの刺客。それが、今日の夜に俺を襲撃するであろうという情報は間違っていなかった。

 だからこそ、彼女の目の前での人殺しは絶対にするまいと思い、今夜は単独行動しようと考えたのだ。

 一つ誤算があったとすれば、あの子が俺を探しに来てしまったということ。そして俺が人を殺す瞬間を見られたということ。

 

 心が冷めていくのを感じた。かつて両親を失った時のような、冷たい感覚が俺を支配していく。

 たった一日だったけど、俺は彼女を家族として見ていたのかもしれない。

 (これじゃあ他の、奴隷のご主人様と一緒だな……)

 自分勝手な理由で奴隷を買い、そして捨てる。何も変わんねえじゃねえか。

 心が闇に蝕まれていく中、悶々と考え事をする。

 「旦那。俺は少し出かけてきます。留守番は任せました。」

 ガルドがそう言って、家を出て行った。

 俺はそれに応じることもなく、ただただ枕に顔を押し当てているだけだった。


 その日、俺は夢を見た。

 街中を歩き、レリィと手をつなぎながらいろんな話をあーでもないこーでもないと言いながら、ただただ買い物したり、歩き回るだけの夢。

 彼女は俺に微笑みかけ、俺もそれを見て笑顔になる。

 きれいな花畑のなか、小さな子供のようにはしゃぐ彼女をただ微笑みながら眺めているだけの夢。

 幸せな時間が流れ、でもそれを夢だと知ってる俺はどこか浮かない表情をしながら、現実にならなかったそんな二人の様子を遠くから眺めている。

 彼女が何かを話しかけてくれて、俺もそれに応える。でも、その二人から、夢を見ている俺はどんどん離れていき、暗闇に飲み込まれそうになっていく。

 独りは、怖い。

 誰かに拒絶されるのが、怖い。

 俺は結局、その花畑から遠ざかり、暗闇の中で一人膝を抱えて蹲る。どうしようもない、夢をみた。

 

 目を覚ますと、すでに外は明るくなっていた。ガルドの姿を探すもどこにもなく、ただただ茫然とベッドの上に座り込んでいた。

 気が付くと、異様なほど枕が濡れていて、泣きながら寝ていたのだと知る。

 「……くだらねえな、俺。」

 そんなことを言いながら、俺は窓の外を眺める。しかしその景色に飽きて、ふらふらと起き上がると、調理場に向かい紅茶を淹れる。

 (良い匂い……)

 そう言って、鼻をひくつかせる少女のことを思い出す。

 結局、彼女と漫才を見に行くという話も、叶えられなかったな。そんなことを呆けながら考える。

 彼女は今、どうしているだろうか。ちゃんと宿屋で休んでいるだろうか。それとも、どこかの商隊の馬車か何かでこの街から離れて行っただろうか。

 そんなことを心配して、もう自分には関係のないことだと思い直し、紅茶を口に運ぶ。

 (まずい……こんな味だったっけ……)

 そんなことをぼんやりしながら思う。俺はそれを机に置くと、再びベッドにもぐりこむ。


 それから三日くらいだろうか。飯もろくに喰わず、起きては彼女のことを思い出し、そして忘れようとしてベッドに入るという生活を続けていた。紅茶をすすっている時、ふいに玄関が開け放たれて、頭にバンダナを巻いた小柄で地味な男が現れる。

 「おっす、ソル。やっと依頼達成だぜ。……ってどうしたんだ?」

 「ジャンか……別に。」

 三日ぶりに会った情報屋に、そっけない態度で応対し、俺は再び紅茶をすする。香りはいいが、やはりなんだか味気ない。

 「これまた随分落ち込んでるねえ。また奴隷に逃げられた?」

 「逃げられたんじゃない……放り出したんだ。」

 「おやおや。」

 そう言って、ジャンは肩をすくめる。

 「相変わらず嘘がお下手で……そんなに落ち込んでる人がそんなことするかね?」

 「でも事実だよ。」

 そう言って、俺は視線を落とす。相変わらず暗い気持ちは消えず、モヤモヤしながらも、しかし何もかもどうでもいいという気持ちでこの三日間過ごしてきた。

 そう、俺は奴隷の少女を買い、そしてそれを捨てた。それだけのことだ。世間のことも何もわからない、年端もいかない少女を、優しくない世界に叩き込んだんだ。もしかしたら、彼女は今頃盗賊にでも襲われて命を落としているのかもしれない。

 そう考えて、再び自分の中の黒いモヤモヤがくすぶっているのを感じる。

 「ま、どっちでもいいさね。そんなことより朗報だ。アンタの前の奴隷……ケルヴィンが見つかったよ。」

 懐かしい名前に、俺はジャンの方を見る。ジャンは相変わらずへらへらとしながら、その薄茶色の瞳をこちらに向けている。

 「どうやら今はならず者たちを集めて、その頭をやっているらしい。ま、生まれた時から剣奴だった奴だしね。腕は立つんだろうよ。」

 そう言いながら、ジャンは手元の手帳をパラパラとめくる。

 「えーと、今はスラム街の奥にある廃屋を根城にしてるみたいだぜ。ちなみに連中の数は二十三人。大した数じゃないけど、やってることが度が過ぎてるみたいだな。強盗、猟奇殺人、強姦……ここ最近起きてる事件の大半は、こいつらの仕業だぜ。」

 それと、以前の襲撃事件もな。と、ジャンは付け足す。

 「ここまで染まっちまったら……というか、もともと善悪の判断なんてつかねえんだろうな。そんなことを教えてくれるようなやつはいなかったわけだし。……更生は不可能だと思うぜ。」

 それだけ言うと、ジャンは手帳を胸ポケットにしまい込む。

 「そんなわけで、国の方からはアジトの壊滅、もしくは頭領の暗殺依頼が来てる。受けるだろ?」

 にやにやと笑いながら俺の方を見るジャン。何が面白いんだ。俺は声を荒げないようにしてジャンに告げる。

 「……受けないよ。仮にも、かつて家族だったんだ。俺じゃなくて、暗殺のプロにでも頼んでくれ。『死神』とかさ。」

 「暗殺のプロなら目の前にいるんだがな……。『死神』は連絡つかねえし、そもそも俺が善良な市民ってわけでもないからな。下手すりゃアイツに会った瞬間、俺が始末されかねん。それはパスだ。」

 そう言って、しかし笑顔が崩さずにジャンは肩をすくめる。俺のそばまで近づくと、顔を近づけて小声で言う。

 「あんたくらいしか、こんな依頼こなせる奴いないんだよ。な、頼むって。」

 「……断る。言ったはずだ。俺は家族に手を出すつもりはない。……出てってくれ。」

 「お前の家族が危険な目に遭っていたとしても?」

 その言葉に、俺は目を剥きながらジャンを見る。ジャンは相変わらず口角を釣り上げたまま、俺の紅茶を勝手に飲み干す。

 「どういうことだ?」

 「おやおや、知りたい? でも情報屋から情報をもらうってなると、情報料が必要になるぜ?」

 「……今俺の紅茶飲んだだろ。」

 「来客に茶を出すのは当然の礼儀だろ?」

 そう言いながら、ケタケタとジャンは笑う。

 「わかった……引き受ける。だからレリィのことを教えてくれ。」

 「ほいほい。依頼成立だぜ。ま、簡単な話だ。早朝、あの女の子がケルヴィンたちに捕まった。今はまだ大丈夫だろうが……時間が経ったら何されるかはわからんね。」

 そう言って、ジャンはカップに手を伸ばすが、先ほど自分が飲み干したのを思い出したのか、舌打ちしながら元の位置に戻す。

 「で、以来の期限は今日中だ。どうする?」

 「用事ができた。」

 俺はそれだけ言うと、床に投げっぱなしだった黒い外套を身にまとう。その姿を見て、ジャンは満足そうに笑う。

 「昨日お前が四人殺した上に、一人は現在行方不明。重傷を負っているって話だから連中のところには戻らないだろう。一人対十八人の戦いになるだろうけど、やれそうか?」

 笑いながら、ジャンは問いかける。

 「俺を舐めるな。」

 俺は玄関に向かい、扉を開けるとジャンにこう言い放つ。

 「三十人までは余裕だ。」

 俺のその言葉に、ジャンはヒュー、と口笛を吹く。

 「流石は、『ビハインドエッジのソル』。そうでなくちゃな。……健闘を祈る。報酬は弾むぜ」

 その言葉を聞いて、俺はスラム街に向けて走り出す。


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