冬の結晶
笑ってしまう。
どうしていま、降ってくるのかと。
東京の灰色の空から白いものがふわりと落ちてきた。
それは雪。アスファルトに触れてあっという間に溶けてしまう、冬の結晶。
「帰りましょう、お嬢様」
柏木が静かに声を掛けてくる。それでもわたしは橋の欄干に胸を預けたまま動かなかった。
この場所で出会った男のことが忘れられない。
傷だらけで、服も泥だらけだったが、目が異様にギラついていた。生きたい、とその目が吼えていた。毎日の安穏とした生活に飽いていたわたしの少しばかりの好奇心と慈悲の心がその時男に手を差し伸べさせた。すこしでも環境に波を起こしたかったのだ。
それが珍しく雪の降る日だったからかもしれない。わたしは気まぐれなのだ
男がわたしに心を開くまで時を要したけれど、心を開いてからの彼と過ごす時間はわたしの意識を少しずつ変えていった。
今では誰にも消せない気持ちとなって持て余している心。
誰も使わなくなってしまった部屋に、未練がましく通うわたしを笑うがいい。
空から落ちてきた結晶が、見上げる双眸に沁みた。
はやく帰っておいでと、今日もわたしは子どものようにむせび泣く。