第二章
第二章
本土・サフォリアの中心部から遠く離れた北の森―――魔物の巣窟と恐れられる樹海―――の真上、つまり上空を飛んでいる空賊の所有する飛空船の甲板。
とんがり頭の男が隣のリーゼントに嬉々として話しかけた。
「あの美女……さっそうと現れ花束を贈る俺に惚れてハッピーエンド☆ってどーよ。イケんじゃね?」
いきなりそんなことを言いだすとんがり頭―――シナイにリーゼントもといカルトが笑顔で言う。
「いったいどこのねじを抜いたらそんな素晴らしい思考回路になるんだ? それにシナイ、何しに来たか分かってないだろ。あの方は―――――」
言い争いを始める本業は賞金稼ぎの二人組、シナイとカルト。彼らを見つめる美女は派手な、それでいて座り心地のよさそうな王座のごとき椅子から立ち上がった。彼女のそばにいたオレンジ髪の青年と茶髪の青年が慌てたように彼女を引きとめようとするが、彼女の「あいつら、何をやっているのかしらねぇ」という言葉に触らぬ神にたたりなしという判断を瞬時に下した。
彼女はよく通る声で、見た目からは想像もつかない言葉を一気に吐き出す。
「さっきからごちゃごちゃとうるさいお前達は蝿なのか? 全く煩わしいことこの上ない。だいたい誰の御前と心得ておるのだ。挙句の果てにはこの私を俺のモノ呼ばわりとはいい度胸だなアホ面。蠅だと比喩するのも蝿に申し訳ないくらいに思えてきたわ!」
唖然とする二人の男。
「……全く、何も言えないの?いいわ。早く用事を言いなさい。それとも何かしら、私を殺しに来た刺客なの?だったら今すぐ返り討ちにするわよ」
そんな彼女にカルトが跪き弁解する。
「そんな……殺すなど滅相もございません。女王様」
しかし、女王と呼ばれた彼女の殺気は消えるどころか可視のオーラとなり彼女を取り巻いている程だ。
「殺すのは? 寝とるのは許されるとでも言うのか」
語尾と共に剣を虚空から出現させ、シナイに切っ先を向ける。その表情は行動とは裏腹にとても穏やかだ。
シナイは冷や汗をかきながら平謝りに謝る。
「申し訳ありません女王様。伝言を仰せつかってきただけの愚民をどうぞお許しください」
それを聞いて女王はクククと笑い、剣を消滅させた。
「ふん、わきまえを心得ているではないか」
一部始終を少し離れたところで見守っていたオレンジ髪は女王に近づき、わざとらしく、「お戯れが過ぎますよ」と耳打ちをする。女王はそれに含み笑いで返し、「誰からの伝言だ」とシナイに問う。シナイは大きく息を吸い、伝える。
「ジョーカー様より、レオン女王様への伝言を仰せつかって参りました。ジョーカー様はレオン女王に至急御戻りになるように、と」
その言葉を聞くや否や、女王―――レオンの顔が曇った。
「ジョーカー……誰に口を聞いてるのか分かってるのかしら。この、インビリティはおろか、世界すら掌握できる力を持ったこの私に向かって“戻れ”だなんて……私は戻らないと伝えて。それから私はジョーカーが嫌いだってこともね」
女王レオンはマントを翻し、高らかに嗤いながら船長室へと消えて言った。
オレンジ髪と茶髪は彼女のいっそ気持ちいいくらいの高笑いに呆れ、そんな彼女を慕っている自分にも呆れた。
「女王はご機嫌だと伝えておけ。ま、ジョーカーの命令には死んでも従わんだろうがな」
オレンジ髪の青年が途方に暮れていたシナイとカルトにそう告げ、茶髪も「まぁ、命があっただけでも幸いと思いな」と笑い、シナイとカルトを見送った後、女王の待つ船長室にキッチンから失敬してきたクッキーの詰め合わせを片手に訪れた。
「キリク、アレン、遅かったじゃない」
第一声はそれかよと突っ込むオレンジ髪―――キリクの手からクッキーの詰め合わせを奪い取った女王、レオン・シルクロード・イヴァネストは今ですら空の女王、かつては天空の覇者、空の皇帝とまで唄われた空賊の頭である。空賊と言っても部下が何人もいるわけではなく、仲間は5人で、しかもそのうち三人は居候の身なのだが……。
とはいえ、彼女はクッキーを頬張り上機嫌だ。
「レオン、俺にもくれ」
茶髪が手を差し出すとレオンは少し考え、詰め合わせの箱ごと「クッキーパーティーだ」の一言を添えて差し出した。「あ、ずるい。アレン俺にも」
キリクは茶髪―――アレンの手から箱をかすめようとするが見事に絡ぶる。怒るキリクにアレンは笑いながら箱を差し出した。
「さいしょっからそうしろよアレン」
キリクは文句を垂れながらクッキーを摘まむ。
「で、アレン、キリク、次のお宝はなぁに?」
言いながらレオンはコップに手を伸ばした。アレンは地図を広げ、キリクはクッキーを相変わらず頬張る。
「紀藤の旦那のダイヤモンドの杯とかどうだ。ニホンシュを入れて飲むらしいし。その旦那の邸宅、ニホンシュの製造場所の近くだしよ。……キリク、俺のも残しとけよ」
「あー大丈夫大丈夫残すって。で、ニホンシュってなんだ」
「あぁ、たしか、東の方のパークの一部地域で作ってるらしい、お酒のこと」
酒と聞いたキリクの目が輝いた。大酒のみの血が騒ぐのだろう。
「へぇ……じゃぁさ、杯盗みに行く前にお酒貰ってこようぜ」
案の定、彼はそんな提案をした。それに酒は嫌いではないレオンもキリクも賛成し、飛空船は東へと向かった。
「あ、急ぐ必要ないからゆっくり行こうよ。どうせダイヤモンドの杯は金持ちのおっちゃんが大事に大事に持ってんだろうから急ぐことないし?」
「了解レオン。ま、遅くても明日には酒を手に入れて明後日には宴会だな」
アレンの言葉に歓喜の叫び声を上げるキリク。
三人は、泣く子も黙る『空賊・アルティメット』世界に名をとどろかせる盗賊団。
その頃三人の居候はというと―――甲板での出来事を知るよしもなく、船内の娯楽室で卓球にいそしんでいた。
「ぅおりゃぁああぁあっ受けてみろこの……ウルトラスーパースマァッシュ」
「ふん、そんなもの俺には通用せん。みろ、これがウルトラスーパースマッシュ返し連結型アタック」
「やっちゃえぇっ」
浴衣の男二名は卓球台をはさみ猛烈なラリーを続け、横で女が歓声を上げている。
「よっしゃぁこれで俺の勝ちは決まりだあっぁぁぁ」
銀髪の男が勢いよく球を打ち―――――茶髪の男が間一髪でその明らかに違うエネルギーが加わって弾丸のような速さになった球をかわして、試合終了のゴングが鳴る。ちなみに球は壁にめり込み、壁に半径30センチの円を作った。
「っあぁーやられたぁってか、白宝貴様、卓球の球に妖力込めてんじゃねーよ!」
茶髪が怒るが銀髪、百宝は涼しい顔でばっさりと切る。
「覚えとくんだな庵弥。狐は狡賢くて何ぼだ。なぁ、玖音?」
それに女も黒い長髪を束ねながら、「そうともいう……かもしれない」と笑った。
「だとよ、庵。というわけで、極上プリンはオレのモノ」
白宝はそう言うと、お菓子と飲料物とツマミでごった返しているテーブルの中心にまるで玉座か何かのようにおいてあるプリンを取り、悔しがる庵弥を横目に美味しそうに食べる。
「あーーーっ悔しい!! どうせなら半分ずつにすればよかった」
「ふん、自業自得だ。自分で提案しといて負けたんだから、文句言うなよ」
「へいへーい」
白宝に生返事をした庵弥がテーブルから〝トムヤムクンチップス激辛スーパー″というパッケージの袋を取り訝しげに眺めるものの、開けて2,3枚口に放り込んだ刹那に玖音が「それはだめだ」と絶叫し、何故か怒り心頭の女王・レオンが娯楽室の扉をぶっ飛ばした後の一瞬の静寂、白宝の「ご馳走様でした」という満足気な声がレオンをさらに怒らせたことを、居候三人は嫌でも知ることとなる。
「っあぁああああぁ口が口が水水水水水みずぁぁあああああっ」
「……ほんとに激辛なんだよそれ……食べ物じゃないくらいに」
「先に言ってくれよ!」
「言ったじゃない、なのに噛んじゃった庵がわるいでしょーが」
ムキになって争い始めてしまいそうな中、扉に立ち尽くすレオンが大きく息を吸い――――言葉とともに吐き出す。
「貴様ら何やっとんじゃぁああああ」
レオンの怒声に玖音が早急に「壁を卓球していて壊したのは白と庵だよ」と告発した。……にやりと笑って。
「玖音……」と呆れ声で白宝。涙目の庵弥。
男二人は玖音のありえない裏切りにより、理由も何も一切聞いてもらえず、半日がかりで壁の修復作業にあたることになった。
「で、修復作業は後でもいいわ。私の、とっておきの、極上プリン食べたの……誰?」
冷たい空気が流れる中、レオンがもう一度繰り返す。
「わたしの、プリンを、食べたのは、誰」
「ごめんなさい俺ですごめんなさい」
白宝が耐え切れず平謝りに謝る。と、
「なーーーーーぁんてね。こんなこともあろうかと、本物の極上プリンはホラ、こっちよ」
そういいながらテーブルに近づき、並々プリンとかかれたイマイチわけのわからないラベルの貼ってあるプリンを手に取りラベルを破くと、極上と書かれたラベルが出てきた。
「いやぁ、食べられてなくてよかったぁ♪」
そう言ってさっさと娯楽室を後にするレオン。
その場に残った三人は思った。
『あいつ、何しに来たんだ……』
結局、壁とレオンが壊した扉の修復は三人で行った。
*
一方レオンの部屋でこれからの行動を決めた後、アレンとキリクは操縦室へと行き、交代で操縦しながら書類の整理をしていた。
「お、アレン、以前レオンが面白がって履歴書を白宝と庵弥と玖音に書かせたやつがあるぜ」
「あー、なんかあのときはスゲェ乗り気だったよな、みんな。俺らも書いた気がするぞ……なんて書いてあるんだ?」
一枚目
名前:千浄烙 白宝
性別:男
種族:妖狐
容姿:銀髪……とりあえず毛は全部、銀色だ!あと目が金色。耳と尻尾は隠すのに労力いるから隠してない。
年齢:外見年齢23くらい。実際年齢は、たぶん2500くらい。妖狐だからな!
二枚目
名前:雪月花 玖音
性別:女
種族:妖狐
容姿:漆黒の長髪。体毛は全部黒。目が空色なんだ。耳と尻尾はちゃーむぽいんと。
年齢:23 実際年齢はひみつ。
三枚目
名前:昏鴉 庵弥
性別:男
種族:八咫烏と妖狼のハーフ
容姿:茶髪の短髪。こげ茶っぽい。体毛はこげ茶。目が赤い。こげ茶の翼持ってる。普段は消してる。
年齢:覚えてない。みため20代
「へぇ、で、どうするよ、この履歴書」
「あーどうしよっか。レオン、捨てたら怒ると思うか?」
「じゃぁこのファイルにでも入れとけ」
アレンが手近にあったファイルをキリクに渡したとき、ドアが開き、プリン右手に左手にはカップを持ち、スプーンを咥えたレオンが入ってきた。はむはむと喋っているのだが、スプーンを咥えているせいで何が何だかわからない。キリクが机の上に広げていた書類を一旦床に置き、ここに置けと言うとレオンは持っていたものを置き、「ありがとう」とそっけなく言い、スプーンでカップの中身をかきまぜ、ぐいっと飲んだ。甘い香りが立ち上っていたカップの中身はあっという間になくなり、口の周りにひげを作ったレオンがプリンを食べ始める。……机に座って。
自動操縦に切り替え、操縦席を立ったアレンが笑顔で言う。
「レオン、俺、こないだも言ったよね。机に座るなって」
「……悪かったわねっ」
フン、と拗ねたようにアレンに背を向け、一気にプリンを掻き込むと、カップを掴み、操縦室を後にした。
パタン、とドアを閉め、船長室へと戻り先程食べたクッキーの缶を一瞥し、カップとプリンをテーブルに置いてベッドに身を投げ出した。
「いいじゃない、ちょっとぐらい机に座ったからってあんなに怒って……ばーかばかばかアレンのばーか」
悪口を言ってみたりする。でも、バカバカしくなり溜息をついて、ふわふわした大きな羊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながらレオンは眠りへと落ちて行った。