第七話 ドッキングには男のロマンが詰まってる
「随分、手間をかけさせやがって......これで終わりだ落ちこぼれ!」
重装甲を利用した予想外の行動に健太郎は反応を遅らせてしまった。体勢を崩した《カリナス・カノープス》に対して《カリナス・ミアプラキドゥス》の魔導砲が今まさに砲撃を放とうとしたその時。
「うっ!?」
《カリナス・ミアプラキドゥス》の背中に魔導銃による一撃が炸裂した。不意の一撃に機体がバランスを崩し、魔導砲の一撃は起動がそれて上空にへと放たれる。その隙を利用して健太郎は《カリナス・カノープス》を操作し、体勢を整えると同時に魔導銃の射撃で更にダメージを重ねていく。
バックステップで距離をとったと同時に、《カリナス・カノープス》のカメラが《カリナス・ミアプラキドゥス》の背後からやってくるある物を捉えた。
――――第零科の《秘密兵器》がやってきたのである。
すると、コックピット内にホロモニターが現れた。中に映っていたのはテスカだ。
「待たせたな健太郎、ディオーネ!」
「テスカさん、間に合ったんですね!?」
「バッチリだ。ディオーネ、コントロールはもうそっちに移ってるな?」
「はい」
「よし、後は思いっきり――――あの貴族のおぼっちゃんをぶっ飛ばしてこい!」
「了、解ッ!」
健太郎がコマンドを入力すると共に、《カリナス・カノープス》は大きく跳躍する。片足を下につきだしながら落下する所をキャンセルして再び跳躍。そうすることで次々と跳躍を重ねていき、高度を高めていく。
「来た......!」
空中を落下する《カリナス・カノープス》が見据える先にあったのは無人で地面を疾風の如く疾走する、MCD専用サイズの《バイク》だった。
デザインは何処か健太郎がこの世界にやってきた時に乗っていた物と似ている。全体的に黒を基調とし、紫色のラインが施されたカラーリングは健太郎の指示......というより懇願の結果である。
フロントフォークにはサイドに計二機の小型の魔導銃を装備しており、先程の《カリナス・ミアプラキドゥス》に加えた一撃はこれによる物だ。更にその小型の魔導銃にはMCD専用の物を改造した剣を装備しており、今は百八十度度に折り畳まれている。
更に前面部分は通常のバイクよりも突き出た形となっている。
後部にはテールランプを挟み込むようにしてバーニアが追加されており、メインの物と含めると合計三つのバーニアによる加速で、《カリナス・カノープス》の元に迫りつつあった。その速度は完全に《カリナス・ミアプラキドゥス》の《ランナーホイール》を上回っている事は誰の目にも明らかだ。
これこそが、第零科が《カリナス・ミアプラキドゥス》の《ランナーホイール》の機動力を上回る為に作り出したMCD支援ユニット、《シュトルム/トルンプフ》である。
ヒントは勿論、健太郎がこの世界に持ち込んできたバイクであり、そのバイクの構造もヒントにしながら、更に魔力融合炉を丸々一つ使ってエネルギーを産み出している。
使用された魔力融合炉は元々第零科が予算の都合で開発が止まっている作りかけのMCDの物を使っている。
その魔力融合炉を丸々一つこの支援ユニットの為だけに使っている分、《ランナーホイール》よりも機動力は上である。
空中からディオーネによって誘導された《シュトルム/トルンプフ》の上に着地と同時に乗り込む。
機体がそれを感知したと同時にコックピット内のアケコンがスライド。健太郎の右手の方に移動したのと平行するように今度は下の方からバイクハンドルのような物が姿を現した。
これは、アケコンと同じく健太郎の普段のバイクの操縦感覚に近づける為の物に取りつけた物だ。
「機体との接続を確認。ドッキング完了。《シュトルム/トルンプフ》のコントロール権をメインパイロットに譲渡」
「譲渡確認。《カリナス・カノープスS/T》、起動」
同時に、《カリナス・カノープスS/T》の両眼がカッ! と力強い輝きを放った。健太郎はハンドルの右グリップを回し、出力を上昇させ、スピードを上げて《シュトルム/トルンプフ》を加速させていく。
今まさに、第零科の反撃が始まろうとしていた。
□□□
バーネットの顔は驚愕に満ちていた。バイクというバーネットの見たこともない未知の支援ユニットを目にしたから《ではない》。
そもそもバーネットは昨日、《シュトルム/トルンプフ》を目にしている。
そもそも第零科が本番前に慌てる事となった《シュトルム/トルンプフ》の不調もバーネットが仕組んだ物だ。昨日、第零科の面々が死んだように寝静まった後に第零科のガレージに忍び込んだバーネットは《シュトルム/トルンプフ》のプログラムに細工を施した。機体にも細工は施したかったが、そちらの方はどうやら遅くまで実験場で訓練に励んでいたようなので手出し出来なかったが。
模擬戦前にわざわざテントの前に姿を表し、第零科が本番前に慌てて修理している事を確認して、自分の目論みが上手くいった事を確信して今回の模擬戦に望んだ。
いや――――自分の目論みが上手くいったと思い込んでいた。
「早――――すぎる!?」
流石に完全にプログラムを破壊してしまえば怪しまれるので不調となるぐらいにしておいたが、それでもかなりのダメージを与えたはずで、修復にはかなりの時間がかかる事が予想されていた。
しかし、今のを見る限り完全に修復は終わったのだろう。
だとすれば、予想よりも修復が完了する速度がかなり早い。
「くそっ、くそっ、くそッ! あんな騎馬モドキがなんだ! ただの鉄屑に決まっている!」
バーネットは《カリナス・ミアプラキドゥス》を反転させ、《ランナーホイール》を起動。疾風の如く荒野を駆ける《カリナス・カノープスS/T》を追撃しながら、魔導砲やミサイルポットから次々と攻撃を仕掛ける。
だが、《シュトルム/トルンプフ》の機動力を得た《カリナス・カノープス》に最早そんな物は当たるはずも無かった。しかも今回の場所は障害物も少ない荒野である。
《カリナス・カノープスS/T》の疾走を止める物は最早存在せず、軽々と放たれる魔導砲を回避し、更に瞬時に《カリナス・ミアプラキドゥス》の背後に回り込み、地面に落としたままだったガトリングガンをドリフトをしつつ左手で拾う。
そのまま《シュトルム/トルンプフ》を反転させ、ホーミングしてくるミサイル群をガトリングガンで迎撃する。《カリナス・カノープスS/T》は爆煙に包まれたが、すぐにその爆煙を切り裂くようにして飛び出してきた。
バーネットにとってはそのエンジン音が目障りで仕方がなく――――また、彼の怒りを増幅させてすらいた。
「目障りなんだよォォォォォッ!」
彼は《結果》を出さなければならなかった。
入学以来、彼は貴族出身者の中でも特別優秀ではなかった。むしろ貴族の中では落ちこぼれの部類だった。
家のなかではそんな事はなかった。何でも自分が一番だと思っていた。だが外の世界を知り、そんな事はただの幻想だと思いしらされた。
結果が出せない。
家族からも時折、他の貴族出身者子どもと比較される。
――――どうしてお前は出来ないんだ。
――――だからお前は駄目なんだ。
故に、彼は焦っていた。
他の貴族出身者達は結果を出している者もいる。
なのに、自分はどうだ。
勝たなければならない。
勝たなければならない。
勝たなければならない。
勝たなければならない。
――――勝たなければ、ならない。
「俺は、勝たなきゃならないんだァァァァァッ!」
バーネットは《カリナス・ミアプラキドゥス》の全射撃武装の引き金をひいた。
何度も。
何度でも。
放たれた大量のミサイル群や連続して放たれる魔導砲が《カリナス・カノープスS/T》を襲う。しかし、《カリナス・カノープスS/T》は風の軌跡を描き、放たれる魔導砲を全て避け、ドリフトを多用しながらガトリングガンでミサイル群を迎撃してゆく。
《カリナス・カノープスS/T》の描く軌跡を爆発が埋め尽くす。圧倒的な機動力を得た《カリナス・カノープス》にもはや《カリナス・ミアプラキドゥス》の装備は全く通用しなかった。
「......ッ!」
そして訪れたのは、弾切れという名のリミット。
ミサイルの弾薬はもう予備も含めて残っていない。残るガトリングガンも先程の一斉射撃で弾切れだ。
残るは魔導砲だが――――、
「ま、魔導砲が撃てない!? バカな、エネルギーパックは......」
そこでようやく我に帰って気づく。側にホロパネルが表示されており、そこにあったのはエネルギーパックの一部が被弾し、ロストしたという警告だった。
(いつの間に――――、ッ! あの時か......!)
《シュトルム/トルンプフ》がやってきた時に一度背中に小型の魔導銃による一撃を受けたあの時だ。その時に背部に積んであったエネルギーパックのいくつかを破壊されたのだろう。
「けんたろー、」
「わかってる......、今、だろ......!」
敵の弾切れを確信した健太郎はフロントフォークに装備してあるブレードを変形させ、真横に展開させる。同時に実弾の銃を放り投げ、近接専用のブレードを空いた方の手で掴み、《シュトルム/トルンプフ》のアクセルを更に上昇させる。
スピードを更に加速させた《カリナス・カノープスS/T》は更に加速を続ける。
「――――ッッッ!」
更に、更に更に加速を続ける《カリナス・カノープスS/T》は《カリナス・ミアプラキドゥス》の側を切り抜けた。
その直後に、《カリナス・ミアプラキドゥス》の左腕と両足が切断され、残された上半身がズズン、という重苦しい音を立てながら地面に転がり込んだのと、模擬戦終了のアラームが鳴るのはほぼ同時の事だった。