第五話 学園祭は準備期間が一番楽しい
《アケコン対応型カリナス・カノープス》の開発に関して、参考資料として挙げられたのは健太郎が自分の世界から持ち込んできた《起動兵器ギャンダムVSギャンダムNEXT PLUS》というロボットアクション対戦ゲームだ。
ゲーム内ロボットの動きやコマンドを健太郎の持ち込んできたアケコンに対応させ、更にMCDの動きをアケコンのコマンドに対応させる。
ゲームの動きを参考にしながら一定の動きをMCDのプログラムに組み込み、機体がゲームの動きを再現する事に成功した。
コックピットからは通常の操縦捍をスライド式にして別場所に寄せ、代わりにアケコンが設けられた。一応、従来のMCDの操縦捍も必要に応じて使うことが出来る。
これからテストをして細かい調整をしていく。
とはいえ一応、《アケコン対応型カリナス・カノープス》のテストタイプが何とか完成した。完成には一週間の時間を要した。これでも、第零科は授業が無いに等しいので他の生徒が授業を行っている中第零科の生徒達は作業をし続けた。元々予算が限られてて(第零科は他の科よりも予算が少ない。因みにヘリオスから貰った三年分の予算は通常の科の予算の三年分だ)作業も止まりがちで今まで出来なかった分、いきいきとして作業に没頭した。
そして一週間後の今日、あの爆笑の渦に包まれて以来の機体テストが実験場で再び始まろうとしていた。
「それじゃ、《カリナス・カノープスASC型》、テスト始めるぞー」
第零科の面々が名付けた《カリナス・カノープスASC型》とは、《アケコン対応型カリナス・カノープス》の制式名称だ。要はただアケコンをつけただけ(実際のプログラムなどの改造はされているものの)なのだが。因みに《ASC》とは《アーケードスタイルコントローラー》の略である。
コックピットに乗り込んでいるのは健太郎とディオーネだ。ディオーネは健太郎がには出来ない機体の細かい所の制御を行う。本来ならばMCDのコンピューターがオートでしてくれる物なのだが、《カリナス・カノープスASC型》の場合はその《本来》に当てはまらない特殊な操縦方法を用いるので今までのプログラムでは対応出来ないのだ。
「それじゃあ、少し《歩いて》みてくれ」
「り、了解」
「......了解」
機体を起動させると、コックピットの中に立体映像の機体を模した人形のような物が表示される。これは機体の動きをそのままトレースしながら表示される物だ。
アケコンを着けたはいいが、健太郎がやりこんできたロボゲーは《コックピット視点》の物ではなく、自分の操作する機体が見えていた。しかし、MCDというロボットに実際に乗るとなるとコックピット視点となり、今、自分がどのような動きをしているのか分かりにくくなる上に感覚の違いから動きに不備が生じる場合があるとして、この《立体映像人形》が実装された。また、この立体映像人形には健太郎の慣れたゲーム感覚に近づく為という目的もある。
使い慣れたスティックを前に倒すと機体があらかじめプログラムされたスピードで歩き始めた。スピードの調整はディオーネが行っている。
「次。ダミーを撃破してくれ」
「了解」
「......了解」
四つのボタンの内、《ジャンプ》ボタンを二連続で押す。すると機体がスラスターによって加速し、細かく着地を重ねていく。実験場の中には魔法で作り出したMCDサイズのダミー風船が浮かんでいる。ダミー風船といっても、ある程度はランダムに動く。その一つに《カリナス・カノープスASC型》が持たせたペイント弾入りのライフルで狙いを定める。
そして今度は射撃、加速、射撃、加速を重ねてダミーを次々と撃破していく。
その様子を見たテスカ達技術スタッフ達の口から「おおっ」という声が漏れる。
射撃と加速をあれだけスムーズに行える技量を持ったMCDパイロットはそうはいない。今度は空中でフワフワと浮くような動きをしつつ、的確にダミーを撃ち抜いている。
射撃だけでなく、近接格闘の入り方も上手い。
「......思っていた以上に中々やるな」
「......いやこれやるなんてもんじゃないッスよ。マジパネェッスよ」
「こりゃあ......分からなくなってきたぞ」
まだ少し動きがぎこちない所が見えるものの、いくらディオーネの補助があるとはいえ、搭乗二度目にしてはかなりの腕だ。
一通りテストが終わると、コックピットから降りてきた健太郎が、
「何か......ラグが酷いです」
「......どれくらい?」
「アケコンを操作してから機体が動くまでの間が三、四秒くらいありますね」
「そんなにもあるのか......」
同時に所々見えたぎこちなさの正体もそれか、と呟く。
理想的にはやはり操作と同時に機体が動くのが、端的に言えばせめて従来のMCDと同じ程度が理想だ。
しかし、元々健太郎の持つアケコンはMCD用ではない。それを無理矢理つけただけに過ぎないのでラグが発生するのも当たり前だと考えていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「んー。じゃあどうやってそのラグを縮めましょうか」
「とはいえ......今の魔力融合炉じゃあこれが精一杯ですよ」
魔力融合炉とは、MCDを動かすのに必要な魔力を精製し、制御するMCDの動力源だ。魔力の精製・制御は全てこの魔力融合炉から行われる。
いうなればMCDの心臓だ。
魔力融合炉は無限に魔力を精製し続けるので、エネルギー切れという物は基本的に存在しない。しかし、精製スピードそのものは遅いので精製スピードが追いつかないスピードで魔力を使い続ければ魔力を使った武装は使えなくなる。
「じゃあ魔力融合炉をいじります?」
「場合によっては国に返さなきゃならんのだぞ。下手にいじってもし魔力融合炉に何か不備があれば不味い」
「じゃあこの際、アケコンもMCD専用のを作りますか。無理矢理くっつけるんじゃなくてちゃんとMCDに対応したのを作るとか」
「今までのMCDの操縦捍の技術を応用すればいけるんじゃないですか?」
「よし、じゃあそれでいこう。健太郎、他に何か無いか?」
「そうですね......後は覚醒ゲージの実装を......」
「よーし、作業始めるぞー」
『ウィーッス』
他の技術スタッフもすぐに作業に戻り、一人取り残された健太郎の肩にディオーネが「私は一応分かってるから」というかのように手をのせた後、同じく作業に混じった。
「......」
健太郎はミーティングルームに籠り、静かにPLPの電源を入れてギャルゲをプレイし始めた。
□□□
学生時代は気のあう友達とよくゲーセンに通い、更にゲーセン以外でも友達とPLPで対戦したりとひたすらその青春をロボゲーに捧げた健太郎だったが、それでも学校の学園祭は結構楽しかった思い出がある。
学園祭当日も楽しかったが、なんだかんだいって学園祭は準備期間が一番楽しかったと健太郎は思っていたが、まさに今の第零科の状態が《学園祭の準備期間》だ。
しかし第零科の場合は学園祭の雰囲気を楽しむ余裕がなく、まさに鬼のような形相で皆作業に徹しており、自宅警備員として将来有望な健太郎ですら操作訓練の合間をぬって毎日出来る限りの事を手伝い、必死に働いている。
「健太郎! 全員分の飯買ってきてくれ!」
「B-27の部分に必要なパーツが足りねえぞ!」
「そこのパーツはもう予備もねえ! スッカラカンだ! 健太郎に買わせてこい!」
「さっさと買ってきてくれよ! 時間がねえんだ!」
「ハイハイ、行きますよ! 行きゃあいいんでしょ!」
「あー健太郎、ちょっとあの荷物運んどいてくれ」
「ハイハイ、後でやりますやります」
「おい健太郎、焼きそばパン買ってこいよ」
「誰だ今サラリと俺を本当にパシリ扱いしたのは」
『......』
「何とか言えよぉぉぉぉぉ!」
必死に――――パシリをしていた。
ある事がきっかけで、第零科は殺人的に忙しくなった。
それというのも、第零科の生徒が入手したある一つの情報から始まる。
「なん......だと......」
その日、一ヶ月後第零科と戦う事になる第三科の偵察を終えた第零科の生徒、クロードが持ち帰った情報を聞いた瞬間、テスカは思わずOSR値の高い驚き方をしてしまった。
「クロード、それは間違いないのか?」
「ああ、間違いない。確かな情報だ」
第零科四年のクロードは黒髪で背も高く、更に顔もイケメンだ。そんなクロードが最も得意な事といえば偵察やハッキング関連といった情報収集能力である。
そもそもクロードが第零科に入ることになったのも偵察や情報収集によって手に入れた女子の更衣室の盗撮映像や学園の全ての女子のスリーサイズを記録した秘蔵のファイルがふいに流出し、教師にバレたからだ。
当然、全てのデータは消去され、彼は教師にかなり厳しく怒られたにも関わらず「俺は最後まで諦めない。俺がこの学園にいる限り卒業する最後の一秒まで全ての男の為に盗撮する」という迷言を残している。
尚、かなり厳重な防御魔法、保護魔法を何重にもかけてあった女子更衣室をあっさり突破した事から《完全破壊》、《男達の希望》という二つ名と名誉を学園の男達から与えられた。
簡単にまとめると《かなり残念な方向にハイスペックでかなり残念なイケメン》という事になる。
そんな彼からすれば「たかだかあの程度の警備など、女子更衣室に比べればザルだ」と自信満々に言っている。
勿論、クロードはちゃんと映像も持ち帰っており、それを見たテスカがOSR値を急上昇させた、という経緯だ。
「うっわ......マジッスかこれ......」
「どうみてもマジだろ......」
「どーすんだよこれ」
「勝てんのか?」
その映像に映っていたのは、第三科の《カリナス・カノープス》の姿だった。いや、正確には違う。
第九世代量産型MCD、《カリナス・カノープス》は様々な追加装甲を装備していく事で姿を変えるいわゆる《換装型》のMCDだ。
最もノーマルでベーシックな《カリナス》が第零科の持つ《カリナス・カノープス》であり、射撃系の追加装甲、および武装を装備したのが《カリナス・ミアプラキドゥス》だ。
バックパックには二基の魔導砲にミサイルポッド、更に両腕にはガトリングガン、脚部にもミサイルポッドが搭載されている上に、地上走行用の装備である《ランナーホイール》まで搭載されている。
本来ならば追加装甲、《ミアプラキドゥス》とバックパックの魔導砲は右側の一基だけで左側にはミサイルポッド、後は《ランナーホイール》と魔導銃のみだったはずだが、この映像の機体に関しては過剰な程に武装されている。
「どうなってるんッスか、これ!」
「どうやら第三科の貴族出身者が金に物をいわせてこれだけの武装を揃えたらしい。このメチャクチャなゴテゴテ装備も、第三科の連中は最早完全に適当に遊んでるという感じだったな」
「くっそー、こんな贅沢な使い方をしやがってー。俺達に金が無かった事知っててやってますよコイツら!」
「それは見りゃあ分かるが......これは......」
第零科はまだ操縦捍の問題に取り組んでる途中だ。ここから更にこの過剰射撃装備に対する対策を考えなければならない。
「健太郎、お前は何か策は無いのか。例えば、ゲームの時にこういうやつはどうしてたとか」
「うーん......」
健太郎はしばらく考え、
「......ひたすら避ける?」
「......出来るのか?」
「さあ......まだMCDと実際に戦った事がないからなんとも言えませんね。でもこういうやつって大抵サーベルとか持ってないんで懐に潜り込めば勝機はあると思います」
結局、その後に作戦会議を行って決まったプランは、
①相手の弾切れまでひたすら避ける。
②弾切れになった所に近接格闘攻撃を一気に叩き込む。
となった。作戦としてはかなりシンプルだが、これぐらいしか取れる策がない。
魔力がある限り無限に撃ち続ける事の出来る魔導砲は実質弾切れが無いような物だ。しかし、ミサイルポッドとガトリングガンには弾切れが存在する。
攻撃手段が魔導砲だけになれば対MCD戦は初めての健太郎でも近づく事は可能だろう。
「しかし、《カリナス・カノープス》では避け続けるための機動力に欠けるな」
「そうッスよねぇ」
「じゃあ何か機動力を上げる為の手段を考えないと......」
「こっちもバックパックとかは?」
「《カノープス》にバックパックはねえよ」
「そもそもバックパックのプラグだって《ミアプラキドゥス》の追加装甲の一部だもんな」
「何か無いか、バックパック以外で機体の機動力が上がる手段は!」
うーん、と技術スタッフ達全員一丸となって唸りながら沈黙している所に、それまでひたすらコンピューターのキーボードを叩き続けていたディオーネが、その沈黙を破った。
「......手段なら、ある」
ザワッ、といきなりの事に驚く第零科の面々。次のディオーネの言葉を待つ。
するとディオーネはガレージの片隅にある、《手段》に対してその華奢な右手の人差し指を向けた。
『......これだッ!』
歓喜の声と共に、第零科の面々は動きだした。
そしてそこから忙しい日々が始まる。
それからの三週間、交代で仮眠をとりながら泊まり込みで作業し、ガレージ内には「仮眠以外で寝るな! 寝るぐらいなら働け!」、「死ぬなら仕事を終わらせてから死ね!」というような怒号が毎日響き渡っていた。
それでも第零科の面々は死ぬ気で必死に作業しながらも何処か充実した三週間を過ごした。今まではちゃんと作業をしたくても出来なかったのもあるし、下手をすればこれが第零科での最後の仕事になるからだ。しかし、誰一人として負けるつもりで作業をする者はいなかった。
やるからには、勝つ。
第零科はその信念の元に団結していた。
技術スタッフ達が作業をしている間も、健太郎は一人、機体の操作訓練に励み、自分に出来る限りの事をした。
全ての作業が終わった日、第零科は皆、死んだように眠りについた。
そして――――、第零科にとっての決戦の日がやってきた。