第三話 やっぱり小学生は最高だぜ!(ただし二次元に限る)
ディオーネとジャージ姿の健太郎は歩くこと数十分でようやく目的地にして健太郎にとっての公開処刑場のフォルセティ城にへとやってきた。ディオーネは巨大な正門(全長で二十メートル程あるからしてMCDのサイズを前提としているのだろう)を護る衛兵に声をかけた。
「ディオーネさんですか。お待ちしておりました」
衛兵と親しそうに話をするディオーネはどうやらこの城には来なれているようだ。衛兵の合図で巨大な門がゆっくりと開いていく。
正式な客人として迎えられた二人は城の敷地内にへと踏み出していく。すると、奥の方で一人の女性がディオーネと健太郎を待ち構えるようにして立っていた。金色の長髪に気品溢れる雰囲気を身に纏ったその女性はいかにも城につかえる人、というような印象を健太郎に与えた。
「お待ちしておりました。こちらです」
案内されるまま二人は女性の後を追いていく。城内の廊下を歩いている内に健太郎は目の前を歩くディオーネと、その前を歩く金色の長い髪を持つ女性を見比べていた。
ただ案内してくれるだけの人かと思ったが、何処かディオーネと親しい雰囲気を感じる。とはいえ、それはただの健太郎の直感なのだが。
しばらく歩いてたどり着いた部屋には数十名の兵士が玉座までの道を守護するかのように整列していた。
そしてその最奥に位置する玉座につく人物こそ、この場に健太郎を呼びよせた人物、国王ヘリオスである。しかし、
(へっ?)
思わず口に出しそうになったのをなんとか抑え、心のなかで代わりに口に出す。王の玉座に座っているのは当然の事ながら国王陛下でなければならないのだが、そこに座っていたのは小さな少女だったのだ。長髪は太陽のように燃える紅色。健太郎がこの場でなく、現実世界で出会ったならば小学生だと思ってしまっても不思議ではないその姿と、眼は髪と同じ紅色。
この国の国王が纏うローブを身に纏っていることからこの少女が国王陛下であることは間違いないのだろう。だがしかし、健太郎にはどうしてもこの小さな少女が一国の国王だとは到底思えなかった。
身に纏っているものの明らかにサイズのあってないローブが尚更そう思わせている。
声には出していないが顔に出ているのだろう。ポカーンとした健太郎を見て小さな少女が苦笑する。
「フッ。私を初めて見る者達は皆、そのような顔をする。こっちに来い」
声も間違いなく少女そのものであり、健太郎は「アニメ声」と自分のなかで王女の声に対する感想を抱いた。
とりあえず言われた通りにディオーネと共にゆっくりとヘリオスの元に近づいていく。
「よく来てくれた。私がこの国の王女、ヘリオスだ。お前が、ディオーネの召喚した異世界の者だな?」
「は、はいっ」
今の健太郎に出来るのは極力、王女に失礼のないように振る舞う事と、そして言われた事に対して正直に答える事である。
「もしよかったら、《繋がりの刻印》を見せてくれないか?」
「は、はいっ、」
慌てて左腕の刻印をヘリオスに見せる。するとヘリオスは目を丸くするようにして驚き、周囲の兵士達も同様の反応を見せた。場がざわめき、ヘリオスが手で制してその場が静まる。
「......まさか本当に王族以外の者が召喚魔法を成功させるとはな......ディオーネ、どうやって召喚魔法を完成させた?」
「文献から集めた情報を改造して私なりのアレンジを施し、そして月の力を借りる事でようやく完成いたしました」
「ほう。文献から。たったあれだけの僅かな情報から術式を完成させただけでなく月の力を存分に引き出す事すら成し遂げたか。......頑張ったな」
「......はい」
ヘリオスはまるで母親が子供を褒めるような表情をしており、ディオーネも母親から褒められた子供のような表情をしていた。
次に、ヘリオスは健太郎にへと向き直る。
「異世界の者よ、名前はなんと?」
「け、健太郎です。天野健太郎」
「あまのけんたろー......健太郎か。では健太郎。お前はディオーネの望みであるMCDを駆る者としてこの世界に召喚されたが、お前にディオーネの望みを叶える気はあるのか?」
「あります」
健太郎はこの問に対して即答した。今までは大好きでも実際に乗る事の出来なかったロボットに乗る事が出来る。これだけでこの世界で生きる価値があるからだ。
「うむ。なんとも頼もしい返事よ。時に健太郎。その背中の物は何だ? 一体、何が入っている?」
ロボゲーと萌えアニメです。......などとは一国の王女様、ましてや見た目は幼女に対してはかなり言いづらい。しかしここで無意味にリュックサックの中身を見せる事を拒めば怪しまれる事は確実なので、渋々、健太郎はリュックサックの中身から一つ選んでヘリオスに見せた。
「ゲーム機でございます」
リュックサックから取り出して見せたのは携帯ゲーム機である《Play Lack Portable》通称《PLP》(ただし予備)だ。
「げぇむき? げぇむきとは何だ?」
「ゲームとは......えっと、その......お、オモチャです。俺......じゃなかった、私の世界の若者に人気のあるオモチャの事です」
「ほう。それは興味深い。健太郎の世界の若者は皆そのげぇむというオモチャで遊んでいるのか?」
ネトゲの廃人プレイヤーが今のヘリオスの言葉を聞けば「ネトゲは遊びじゃねえんだよ!」と激昂しそうだな、と健太郎はボンヤリ考えたが、幸い健太郎には一国の女王に対してそんなことを言う勇気など無かった。それに、子供のように(実際の姿は子供だが)目を輝かせるヘリオスを見てそんな事を言えるはずも無かった。同時に「やっぱり小学生は最高だぜ!」という思考が頭をよぎったのだが。
「......ちょっとだけ、私も遊んでみたいな......」
(やべえ......萌えてきた......ヘリオス様ハァハァ)
「なあ、け『喜んでお貸しいたしましょう』んたろう。私にもそのげぇむきとやらを
貸してくれないか......って、おおっ、そうか!」
幼女には紳士的に。
それが彼のポリシーだ。多分。
おまわりさんを呼ばれるような意味ではないはずだ。多分。
PLPをヘリオスに手渡すとヘリオスは物珍しそうにじろじろとゲーム機を観察し始めた。
「むう......この板はどうやって遊ぶのだ? 健太郎、教えてくれ」
「はい。えっとですね、側面に電源ボタンがあって......」
「おおっ!? 板が光ったぞ!」
無邪気に喜んだりするヘリオスはまるで子供で(実際に見た目は幼女だが)、健太郎は本当にこの少女が一国をおさめているなどとはまるでそうとは思えなくなってきた。
というより今は、ゲーム機の使い方を教える為に必然的にヘリオスの隣り合わせに色々と危ない人になるかならないかの瀬戸際でそんなことを考える余裕がないだけなのかもしれないが。
(ヘリオスたんハァハァ。幼女ハァハァ)
もう手遅れのようだ。
ゲームをする事で解った事なのだが、健太郎は何故かこの世界の文字を理解する事が出来ても、健太郎が元いた世界の文字はこちらの世界の人には解らないらしい。
なのでヘリオスもゲーム画面の中の日本語を読むことが出来ずに健太郎に質問を繰り返していた。
その事をふと呟いてみると、
「ああ、それは恐らくディオーネと《刻印》によってリンクしているからだろう。ディオーネの持つ情報の一部をお前と共有しているからこそお前はこの世界の言葉を喋り、文字を読む事が出来るのだろう。それこそ、お前のそのにほんごとやらを普段から使うようにな」
という返答がヘリオスから返ってきた。
とりあえずディオーネのお陰で健太郎は何とか今のところ言語の面で不自由なくやってこれているという事が解り一安心する。
数十分もするとヘリオスはもうゲームに夢中になっており、健太郎は頭のなかで「この世界の人にもゲームの面白さが通じるんだな」と思った。
特にロボゲーは「おおっ! MCDみたいなのを動かせるぞ!」と大好評だった。次第に周囲の兵士達も興味を持ちはじめ、ゲーム機や他にも漫画を健太郎がこの世界の言葉に訳した物を見せたりと、かなり好評だった。
(なんかあれだな。外国人のアニメ文化に対する反応と似てるな)
二時間もの時があっという間に過ぎ去り、一段落ついた所で再びヘリオスは健太郎に向き直った。
「いや、大変愉快だった。これだけ充実した時を過ごしたのは久しぶりだ」
(内容はロボと萌えで満ち溢れてましたけどね)
「いつかお前のいた世界にも行ってみたい物だ」
(ヘリオスた......ヘリオス様、くれぐれも知らないおじさんについていかないようにしてください)
「時に健太郎。お前、何か望みはあるか?」
「望み、ですか?」
突然のヘリオスの言葉に混乱する健太郎。そもそも今回はディオーネの言葉によると「何が出来るのか見せるだけ」だったらしく、何もできない自信に満ちていた健太郎にとって公開処刑ともいえるような状況に陥ると思っていたのでこのヘリオスの言葉は予想外だったし、予定外だった。
「うむ。久しぶりにこれだけ充実した時を過ごさせてくれたのだ。何か望みの一つぐらい叶えてやらんとな。何でも言ってみろ」
まさかロボゲーと萌えを出すだけでこんなことになるとは思っていなかったので、健太郎はここにきて改めて真剣にこの世界での望みを考えてみることにした。
(じゃあ家に連れて帰らせてください......は無理だな。匂いをかがせて......も無理か。多分他の兵士に殺される。ペロペロさせてくださいも......無理か。畜生! なんと言う生殺し! 選択肢がもう無いに等しいじゃねーか! ......いや、待てよ?)
確か第零科は予算が無かったのではないか、とここにきて昨夜の会話を思い出した。バイクを改造してたときもハルトが愚痴っていた事も思い出す。
そもそもMCDが完成しなければロボットにも乗れないのだ。
「......ヘリオス様、私はお金が欲しいです。なので第零科に予算を与える事は出来ないでしょうか?」
「ほう。自信の望みを第零科の為に使うと? ふむ......、」
(本当は家に連れて帰りたかったなんて言えない......)
ヘリオスはしばらくの間思考し、やがて、
「いいだろう。第零科には私から三年分の研究予算を与える。そこで、だ。健太郎よ。ゲームをしてみないか?」
「ゲーム、ですか?」
きょとんとした健太郎の反応に満足したのかイタズラっぽい笑みを浮かべながら、ヘリオスは続ける。
「うむ。お前は元々MCDパイロットとしてこの世界に召喚された。よって、お前の素質を見極める為にもそうだな......同じ学園のパイロットとMCDで勝負してみる、というのはどうだ? 三年分の予算は前金としてやろう。そしてもし、このゲームに勝てたら更に二年分の予算をやる。これでどうだ?」
健太郎はヘリオスの言葉をゆっくりと呑み込む。
(前金で三年分......前金って事はもしこのゲームに負けても三年分の予算はちゃんと貰えるって事だよな)
つまりこのゲーム自体には健太郎にデメリットは殆ど無いという事になる。いや、それどころかもし勝てれば更に二年分の予算を得るという事だ。しかも、勝てなくてもロボットの操縦が出来る。
(これは......やる価値アリ、か?)
健太郎の考えをその表情から読みとったのだろう。ヘリオスがイタズラっぽい笑みを浮かべながら「決まりだな」と呟き、更に条件を付け加え始めた。
「ディオーネ、機体はまだ完成しそうにないか?」
「はい。まだしばらくかかると思います」
「どれぐらい?」
「二ヶ月は」
「そうか......では機体は《カリナス・カノープス》を貸そう。そうだな。もし勝てればそれもやる」
「ヘリオス様、今回は随分気前が良いですね」
ディオーネと健太郎をここまで案内してきた長髪の女性が苦笑する。対するヘリオスはニヤリと面白そうな笑みを浮かべる。
「うむ。健太郎でこの世界に召喚されたのは十人目だが、今回も中々面白かったからな。ついつい、懐が緩んでしまう」
ヘリオスはそう言うと、玉座から立つ。
「勝負は一ヶ月後だ。それまでに健太郎はMCDの操縦を学んでおくように」
「......はい?」
結局その日はこれだけで終わり、危惧していた事とはならず、むしろこの世界に徐々に打ち解ける事が出来た。
「なあディオーネ、MCDって一ヶ月後やそこらで動かせるもんなのか?」
「....................................」
「......何とか言ってくれよ......」