第六話 最後の一分
<オリオン・ベテルギウス>が駆ける。
無限の魔力を得た漆黒の騎士が空を駆ける。どういうわけか、覚醒したオーロラマナにより飛行能力を獲得していたのだが、今の健太郎にそんなことを考える余裕はなかった。
「ダイダロス!」
アルティメイトギアをソードモードへと変形。杖の先端から高出力ブレードが魔力から具現化された。
激突する。
相手はドライヴを二つ有している。
これだけでオリオン・ベテルギウスよりも有利なのは確かなはずだった。
しかし。
(パワーが互角、だとぉ......!?)
ダイダロスは眉を潜め、そしてすぐに答えを導き出した。
「ああ、そういえばそれは二人乗りでしたね。二人のパイロットの精神が完全にシンクロ・同調し、パワーを引き上げましたか」
一旦はじくも、オリオン・ベテルギウスは更に追撃を仕掛けてくる。一度きょりをとろうと後退するも、今度は杖から閃光を放つ。竜巻のような一撃にあやうく直撃しかけたが、オーロラクロスで防御した。
いくらドライヴのパワーは今の所ごかくとはいえ、機体性能はデミウルゴスの方が上だ。
「けんたろー、機体性能は向こうの方が上」
「わかってる。だったら......限界を超えるしか、ない......!」
カッ! とオリオン・ベテルギウスの目が輝いた。途端にリミッターを強引に外し、それに伴って背中から放出される魔力の形が変化し、オーロラウィングという六枚の魔力の羽を構築した。
機体に負荷がかかり、フレームが軋む。
そう長くはもたない。
杖から迸る魔力のブレードのパワーが一段階アップした。
駆ける。
「これで......決着をつける!」
□□□
カトル・シャウラとサードスコーピオンの戦いも激化していた。
ライトが戦闘不能になったことで一対一になり、エルナはアドバンテージを失った。ライトが生きていることがせめてもの救いである。
「オラオラオラオラオラァ!」
「ッ......!」
やはり手ごわい。だが、相手も無傷ではない。あの時よりは勝算は、ある。
エルナはカトル・シャウラの尾の部分とバックパックを変形させて機関銃を連射する。銃弾の雨はサードスコーピオンの魔力盾によって遮断されてしまった。
だが、それでいい。
そうこうしていると、相手は背中のシザーを変形させてそこから閃光を放つ。かと思うと、次は背中のシザーを再度変形。ブースターと化したそれはサードスコーピオンに爆発的な加速力を与えた。
剣と剣が激突する。
「こ、いつ......!」
「どうした? さっきから逃げ回ってばかりだが!?」
圧倒的なパワーで激突からすぐに弾き飛ばされた。なんとか体勢を整えるが、更なる追撃がエルナを襲う。
「............!!」
爆炎が迸る。
めらめらと炎が燃え上がる中、カトル・シャウラが炎を斬り裂いて飛び出してきた。
そこを楽しげにヴァイスはシザーに備え付けられた魔導砲で追い詰めていく。
丁度、兎を追いかける狩人のように。
□□□
ガルフォングとギルは敵の真っただ中で交戦を続けていた。トパーズ・シルトが敵の攻撃を防ぎ、カシオペア・シェダルがその隙を突いて敵を一気に殲滅する。
バックパックからバズーカやら機関銃やらをとりだして大立ち回りをしていた。
「ヘリオス様......!」
「ガルフォングさん、悲しんでいる暇はない」
「わかって、いる......!」
今、自分に出来ることは戦う事のみ。
それを彼は理解していた。
瞬間。
トパーズ・シルトは大盾を変形させてブレードを展開する。そこに魔力の煌めきが走るのをギルは見た。
駆ける。敵の待っただ中に突っ込んだトパーズ・シルトはブレードを振るい、魔力による斬撃で敵を葬り去っていく。次に、パイルで敵を串刺しにし、爆散させる。
ギルには獣が悲しみを振り払うかのように戦っているようにも見えた。
負けてはいられないとばかりに胸部から拡散魔導弾を放ち、拡散バズーカで広範囲の敵を薙ぎ払う。
爆炎が迸り、MCDの残骸が増えていく中、二機はひたすら戦いをつづけた。
□□□
「生きているんだろうな!」
「当然だ!」
ヴァンとアイリスも健在だった。近接戦闘のエキスパートである二人は次々と敵を屠っていく。
大型のブレードを振るい、敵の頭部や胸部を斬り裂いていく。
新たに改修されたことで装備された胸部機関銃で敵をけん制しつつ、その隙に敵の懐に飛び込んでいく。
その背後を、もう片方がサポートする。
「俺の許可なくして勝手に死ぬんじゃねーぞ!」
「それはこっちのセリフだ!」
尊敬する自分たちの王がこの世界から去ったことに悲しんでいる暇はない。そんな暇は敵は与えてはくれない。
むしろ敵の士気は上がっている。
ヘリオスという絶対的な存在をこの世界から追放したことで、一つにまとまろうとしている。
「テメェら! ヘリオス様がいないからって好き勝手はさせねぇぞ!」
ヴァンが吼える。ブレードが唸る。
主なき二機の騎士はひたすらに剣を振るい続けた。
□□□
エルナとヴァイス。
二人の戦士の戦いも決着がつこうとしていた。
既に戦況はエルナにとって分が悪い。
「うっ......!」
危うい拮抗が崩れ、一撃が入る。カトル・シャウラの右肩装甲が破壊された。内部フレームが露出されたものの、まだ動く。まだ戦える。
相手が接近してきたことで逆にこちらの攻撃も入りやすくなった。その隙を突いて一閃。そしてもう一閃。
レイピアに渾身の魔力を注ぎ込み、強化させた一撃によって敵の近接ブレードが砕けた。
「ハッ! まだ、まだだァ!」
ヴオムッ! とサードスコーピオンの両手から光の剣が迸し、二本のレイピアと激突した。
エルナも負けじと尾とバックパックから機関銃を放つ。だが、寸前のところでかわされる。
「バカが! 実弾入りの武装なんざ機体を重くするだけだ!」
事実、カトル・シャウラは改修前よりも重量が増し、本来の機体性能を活かせていない。だが、エルナにとってはこの装備で戦いに挑んで正解だったと思っている。
再び刃が激突し、はじけ飛ぶ。
互いに距離が開いたことでヴァイスはシザーから魔導砲を連発させる。態勢を整えきれていないエルナは仕方がなく<魔力盾>でガードする。
だが、動きを止めたカトル・シャウラには容赦なく閃光が連発される。うめき声をあげながらエルナは必死に耐える。
そろそろ。もうそろそろのはずだ――――。
機体が限界だと感じたエルナは意を決して行動を開始する。真横に飛び退いて閃光の嵐を回避し、突撃を行う。
「特攻? なら消し飛べ!」
ヴァオッ!! と、特大の閃光が放たれる。エルナはシールドを展開しつつ回避を試みるも、左腕をもっていかれた。シールドに直撃した左手はもっていかれてしまったが、かすっていただけだった右手は無事だった。
だが、手からフィールドを発生させたことで両手がフリーになる。武器を何も手にしていない状態だった。しかし、まだ武器は残っている。
それよりもエルナの目算が外れていればこの先に待っているのは死だ。
魔導砲の連発。
次が来る。
いや――――、
「......!!」
来ない。ヴァイスはそんなバカなと再びトリガーを押すが、発射されない。
「エネルギー切れだと!?」
そして気づく。
これこそが、エルナの狙いだった。
サードスコーピオンの装備はどれも凶悪と言ってもいい。だが、燃費は最悪だ。それを補う為にドライヴを二基つんでいるが、これだけ大出力の攻撃を何度も何度も撃ったりシールドに頼ったりしていてはすぐにエネルギー切れを起こす。
対するエルナはエネルギー消費が0の実弾の装備を多用したことでエネルギー消費を最小限に抑えることにせいこうしていた。
そしてこれが、その結果だ。
「はあああああああああああああああああああ!」
両手に武器はない。
だが、カトル・シャウラ最大の特徴である尾という武器は残っていた。だがヴァイスは新たなる装備の為にサードスコーピオンからはそれを外した。
カトル・シャウラ、ノスタルジア研究所で開発された新技術。個性を。排除した。
これはその差だ。
「――――――――!」
機関銃をパージする。同時に、尾の先端がサードスコーピオンの胸部に深々と突き刺さり、毒針が発射された。
直後に、サードスコーピオンは爆ぜた。
燃え上がる濁った炎の中にたつカトル・シャウラ。そのコクピット内でエルナは一人、空を見上げていた。
「......終わった............全部、何もかも......」
いや、違う。
まだ戦いは続いている。
自分の仲間たちがまだ戦っている。
それを思い出したエルナは機体を操作し、次の戦場に向かう。それはまるで、忌まわしい過去の鎖を断ち切ったかのようだった。
□□□
「ああああああああああああああああ!」
叫ぶ。
吼える。
加速する。
オリオン・ベテルギウスは背中にオーロラの翼を宿しながら飛んだ。
対するデミウルゴスは黒い剣を振るう。
紫色の剣と漆黒の剣が激突した。
それはやがてスパークを起こし、空に亀裂を発生させる。
「ハッ。再び次元の穴が開きましたか。丁度いい」
弾く。
同時にデミウルゴスは黒い波動を放つ。対するオリオン・ベテルギウスはオーロラの壁を創り出して対抗した。
激闘する二つの力。
それは次元すらも呼び寄せる程のものだった。
「さぁて! そろそろ遊びは終わりにしましょうかねぇ!」
デミウルゴスが消える。さきほど、オリオン・リゲルからドライヴを奪い取ったのと同じように。
だが、今の健太郎には見えていた。
「――――そこだ!」
剣を振るう。その先にあったのは黒い剣。激突。同時に、スパークが迸る。
「見切ったのか!? バカな!」
「はあああああああああああああああああああああああああああ!」
轟!! と嵐の一撃を放つ。だがそれは黒いオーロラによって遮断され、再度接近戦を仕掛ける。
「けんたろー、機体がもたない......!」
「わかってる......!」
相手に対抗する為にオリオン・ベテルギウスは限界以上の力を引き出していた。機体フレームが徐々に悲鳴を上げ、歪んでいく。オーロラマナでその場しのぎの強化を行っているものの、それもいつまでもつか怪しい。
時間がない。
黒いオーロラを纏った剣が襲い掛かる。受け止める。防ぐ。だが、剣の先から波動が迸った。
咄嗟に回避するも機体は無事ではすまなかった。今の一撃で右脚をもっていかれた。だが、お返しとばかりに剣で敵の左腕を斬り裂いた。
空中で二つの爆発が巻き起こる。
「このガキ共が......私のデミウルゴスにィ!」
戦いは互角にも見えた。いや、やや健太郎とディオーネが圧しているようにも見える。しかし、実質的に不利なのは健太郎とディオーネだった。
機体のリミット。
それが存在しているからだ。
元々、古代魔力炉は未知の部分が多かった。そもそもこの機体はドライヴの力を全開にしたことを想定して造られていない。改修したとはいえ、それでも既存の技術ではまだまだ追いつかない。
それは向こうも同じだったが、ドライヴが二つある分、余裕が生まれている。
「もって後、一分。それ以降はたぶん、機体が崩壊する」
ディオーネの冷静な分析に健太郎はニヤリとした笑みをうかべた。
「いいねぇ。そういうリミットがある方が、ロボットっぽい!」
そもそもこのインフィニティマナドライヴの発動限界時間も同じぐらいだった。
残り一分で決着をつける。
幾度もなく刃の応酬が繰り返される。
右肩が抉れた。返しの一撃で敵の右足を斬る。
左腕が破壊された。返しの一撃で敵の右肩を抉る。
左足が破壊された。返しの一撃で敵の胸部装甲を斬り裂いた。
時間は進む。この一分間は、健太郎にとって人生で最も濃密な一分間だった。
残り二十秒。
「ディオーネ......」
「......なに?」
「俺と最後まで一緒にいてくれるんだよな?」
隣に座っていた少女は静かに頷いた。健太郎は刹那の瞬間に少女が微笑んでいたことを見た。
「......うん。ずっと、一緒」
「......そうか」
――――ありがとう。
言うと、健太郎は賭けに出た。機体を最大パワーで加速させる。残存する右手の杖に全てのオーロラマナを集約させる。
刃へと形を変えたオーロラマナの一撃を放つ。
敵も黒いオーロラマナを集約させた一撃をのせてきた。
瞬間。
激突。
オリオン・ベテルギウスの一撃は敵の胸部に深々と突き刺さっており、黒いオーロラの剣はオリオン・ベテルギウスの腹部を貫いていた。
「――――今だ!」
機体を更に加速させる。
残り十秒。
「おし切れええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
最後の十秒。漆黒の騎士は最後の力を振り絞って黒い太陽を操る悪魔を次元の穴へとおしすすめていく。翼がよりいっそう輝きを増して、健太郎とディオーネに力を与えてくれる。
地上で誰かの叫び声が聞こえる。フレアのものだ。ディオーネと健太郎の名前を叫んでいる。
フレアだけじゃない。地上の仲間たちが皆、いっせいに何かを叫んでいた。
驚くべきことに既に敵を全滅させている。
――これならもう大丈夫。
健太郎はふとそんなことを思った。
残り五秒。
三秒。
一秒。
――――ゼロ。
二つの機体は次元の穴の中へと消え、空の亀裂が綺麗に閉じた。
まるで片方の反応が、力が、消え去ってしまったかのように。
辺りにはヘリオスの時と同様、静寂だけが残っていた。