第四話 開戦
王都を旅立ってから二日が経過した。もうすぐ目の前に、決戦の時は近づいていた。それを自覚し、認識し、一つずつ時が刻まれていくたびに緊張感が高まっていく。
デミウルゴス達が潜伏しているポイントは廃墟と化した<廃都市オルド>である。かつて、この都市は盛んにMCDの研究が行われていた都市であり、かつての実験中の事故で都市そのものが崩壊してしまい、今では<廃都市>となってしまった。
互いの機体が共鳴し、反応しあっていることによりヘリオスはデミウルゴスの潜伏場所を突き止めた。
「ここならば機体の整備も調整も改修も出来るだろう。隠れるにもうってつけだ」
紅い髪を揺らしながら、ヘリオスは気軽に言う。
他の面々はこの戦いの重要性を認識しているが故に険しい顔をしている。とはいえ、緊張で身を強張らせるようなことはしない。
その後、それぞれのパイロットは格納庫へと向かい、それぞれの機体に乗り込み、アポロンに乗り込んだヘリオスから、各機体へとデータが転送される。
転送されたのはこの都市のマッピングデータである。
「恐らく向こうもこちらが近づいてきているのは知っているはずだ。つまり」
「待ち伏せされているということですね」
意気揚々と言うのはヴァンである。いかにも戦闘準備万端といったような様子だ。
勇者の子孫であるということで実戦にはよく出ていたらしく、戦闘経験においては豊富だ。
「そこで、だ。まずは私が先行する」
その言葉の意味することは、皆が理解していた。
発進前。コクピット内で発信進路が取れるまで待機命令が出ていた。<オリオン・ベテルギウス アルティメイトコート>の中でただその時を待っていた。
「......けんたろー」
「ん?」
「......怖い?」
「ちょっと」
「......わたしも」
「そうなんだ。......そうだよな」
「......けんたろー」
言うと、ディオーネは隣の健太郎の手を握る。突然のアクションに思わず緊張してしまった健太郎は緊張してしまい、そのまま身を硬直させる。
そして、ディオーネの口から言葉が発せられた。
「......だから、私が一緒にいてあげる」
「ん?」
おかしい。聞き間違いだろうか。
「一緒に......いてあげる?」
「うん」
「一緒にいて、とかじゃなくて?」
「うん。怖いんでしょ?」
「その言葉だけとると俺が凄い臆病者に聞こえるんだけど」
「違うの?」
「......いや、そうだけど」
実際、これから起ころうとしている戦闘に対しての恐怖心はある。
だけど自分で決めたことで、後悔したりはしない。少なくとも、今の健太郎は。
ヘリオスの駆るアポロンが先行する。背中からは太陽の魔法による膨大な量の灼熱の魔力が迸っていた。
もうすぐ始まる。そのことを自覚する度に心臓の鼓動がやかましくなってくる。残りの機体はヘリオスが安全確実な発信進路をとってからになっている。
まだか。
そう思った直後だった。
ぶあっ! と、海賊たちの操るMCDがいっせいに廃都市中に出現した。大量のカトレア。いったいこれだけの戦力をどうやって保持していたのか。おそらくデミウルゴスはずいぶん前から海賊たちと協力関係にあったに違いない。
心臓の鼓動が跳ね上がる。その直後、アポロンの背中から太陽が炸裂した。
紅蓮の炎が廃都市にいるカトレアたちを薙ぎ払う。炎に捕まった機体たちは真っ黒な炭になるのみだった。
廃都市が、焼ける。
その光景は健太郎には開戦の狼煙が上がったように見えた。
敵がまた別の所から湧き出してきた。一斉に襲い掛かってくる。
『諸君、では、いこうか』
ヘリオスが平然と言う。
隣でディオーネが一瞬、手を強く握りしめると、すぐに話して操縦桿に手をおく。同じように健太郎も発進準備を完全に整える。
深呼吸をする。
目を見開く。
『――――発進!』
一斉に、トライウィングから戦士たちが飛び出した。
まず先行するのはガルフォングとギル・ノーランである。防御特化のガルフォングの機体は改修で更に防御力が高められている。ギルの機体は元々がトリッキーな機体ではあったが、改修によりそれが更に強化された。
「......ここだ」
言うと。
ギルは<カシオペヤ・シェダル改>の腰からロングキャノンを取り出し、放つ。放たれた砲弾は空中で分散し、散弾の雨をカトレアの大軍にぶつける。敵の反撃はガルフォングが完全にシャットアウトしている。
続いて飛び出してきたのは<オリオン・ベテルギウス アルティメイトコート>とフレアの駆る純白のハゴコロである。
ハゴコロは近づく敵を容赦なく切り裂き、<オリオン・ベテルギウス>は右手の杖を敵の大軍に向ける。
杖の先端にオーロラマナが集約する。やがてそれは巨大な球体となり――放たれた。
大容量の魔力の塊が波動となってカトレアの大軍を消滅させる。
<アルティメイトギア>はオーロラマナをコントロールして攻撃・防御に転用させることが出来る機能を持っている。今、放ったのは攻撃のモード。
そして。
「ディオーネ! 健太郎さん! 来ます!」
「了解!」
廃都市にあらかじめ仕込んでいたのか迎撃システムが起動する。砲台から一斉に砲弾が放たれる。それに対してアルティメイトギアを向けて、展開する。
目の前に巨大なオーロラマナによる防御壁が出現した。防御壁は敵の攻撃を完全に遮断している。
オーロラマナを魔力盾に転用した、これがアルティメイトギアの防御モードである。
「ハァァァァァ!」
フレアはハゴコロのスペックを限界までに引き出し、敵を切り刻んでいく。それはまるで小型の嵐のようなもので、それは銃弾すらも切り裂いていた。そして一気に砲台まで近づくとそれを破壊する。
それを合図に後続が飛び出してくる。
エルナの<カトル・シャウラ>とライトの<オリオン・リゲル>。
<カトル・シャウラ>は背中にブースターと両手にサーベルを所持しており、ブースターには機関銃が搭載されている。まずは<オリオン・リゲル>が先行。<オーロラコート>を盾にして突き進み、その背後からエルナが敵を機関銃で次々と撃ちぬいていく。
「エルナ、ヴァイスを見つけた時は......解っているな?」
「はい。その時は私たちの......いえ。私の手で決着をつけます」
決意と共に、ヴァイスと因縁のある者たちは突き進んでいく。
最期に飛び出してきたのはヴァンとアイリスである。
両機はどちらも近接戦闘用ではあるが、改修によってエネルギーの刃を斬撃の如く<飛ばす>ことに成功した。それを多用・活用しながら先行部隊に続いていく。
「かーっ! なんでディオーネさんと一緒じゃないんだか!」
「うるさいぞバカ」
「んだとぉ!?」
戦闘中でありながら喧嘩をしているが、手だけは動かしている。背後から奇襲をかけようとしている者たちを次々と蹴散らし、見事に先行部隊を護っていた。
「邪魔だこの野郎共が――――――――!」
ヴァンは叫びながら次々と敵を斬り裂き、撃ちぬき、破壊していく。彼は勇者の子孫であり、彼自身もそれを誇りとしていた。その誇りにかけて、この世界を護らなければならない。
なぜならば。
「俺は勇者の子孫だからなぁ――――!」
討伐部隊は突き進む。
敵を討ち、薙ぎ払い、先行するアポロンの後を追う。
真っ直ぐに敵の大将――デミウルゴスへと近づいていく。
「......動き出したか」
ヘリオスがポツリと呟いた。
直後。
『御機嫌よう。皆さん』
声。
デミウルゴス――否、ダイダロス。彼の、声だ。
『こんな遠いところまでわざわざお越しいただいて申し訳ない。お礼に素晴らしい物を見せてあげましょう』
嫌な予感を健太郎は感じた。そしてその予感は見事に的中した。
轟!! と、真っ黒な、ドス黒いオーラが柱となって迸る。
中から紅い目をした邪悪な巨人が顕現する。
――――デミウルゴス。
一撃で山をも消飛ばすほどの威力を持っている伝説にして邪悪な巨人が現れた。デミウルゴスは自らの元に突き進んでくる討伐部隊を見下ろすと、まるで鼻で笑うかのように右腕からレーザーを放つ。
「!!」
ヴン! と、レーザーが廃都市の大地を斬り裂いた。討伐部隊の面々はなんとか回避に成功したものの、レーザーの通過した跡の大地が裂ける。
「デミウルゴス......このパワーは、完全復活、した、のか?」
『ご名答! まあ、オリジナルのドライヴが不足しているので、代用品を製造させてもらいましたがね』
聞こえてくるのは声だけだ。しかし、健太郎にはデミウルゴスの歪んだ笑みが見えたような気がした。
やはりヘリオスの予想は当たっていたのだ。何らかの方法で敵はデミウルゴスを完全復活させてきた。
『アハハハハハハハハハハ! それじゃあ始めましょうか! 最後の戦いってヤツをねぇ!』
巨大な悪魔が吼える。
世界が震える。
今、世界を懸けた最後の戦いが始まった。




