第三話 出発
五日後。
ついに、すべての機体の改修が終了した。現状で出来うる限りの事はやった。残存している物資を全て使い切り、機体を極限まで強化した。
長距離航行用移動ユニット<トライウィング>に改修したそれらの機体を全て搭載し、パイロット達も出発することになった。乗組員たちの乗り込みは着々と進んでいる。<トライウィング>の前では、第ゼロ科の生徒たちが勢ぞろいしていた。中心ではテスカとハルト、健太郎とディオーネがいる。
「今までありがとうございました。チーフ、ハルト、みんなも」
「いや、それはこっちのセリフだ。お前には悪かったと思っているが、お前をこの世界に呼んでよかったよ」
「俺も、この世界に来て、みんなと会えて楽しかったです」
この世界に来る前の自分と今の自分では明らかに違う。変われたと健太郎は確信している。
「俺らが魂込めて造った<オリオン・ベテルギウス>もついてるんで、大船にのった気持ちで戦ってきてくれッス!」
「ああ。頼りにしてるぜ。ハルト」
「......けんたろー、そろそろ出発の時間」
「うん。わかった。ディオーネは何か最後に何か言わなくていいのか?」
「......さっき言ったから、いい」
「そっか」
ディオーネらしいといえばディオーネらしい。
別れを済ませた健太郎とディオーネもさっそく<トライウィング>に乗り込む。
「健太郎――――! ディオーネ――――! 頑張れよ――――!」
「ちゃんと帰ってきてくれッスよ――――!」
デミウルゴスが潜伏していると思われるポイントまでは<トライウィング>で丸二日かかる予定らしい。
全ての準備が完了し、崩壊した都市に停留していた巨大な船が浮かび上がった。巨大な<フライトユニット>を搭載した船が天に舞う。
多くの人に見送られ、見守られながら、<トライウィング>は飛び立った。
「しかしまあ、速いもんだな。この船は」
<トライウィング>のブリッジは周囲がモニターによって囲まれている。MCDのコクピットと同じ全方位モニターだ。巨大な球体の中に艦橋があるといってもいい。
ヴァンはブリッジの中から外の景色を眺めながら、何気なしにそういった。実際、この船の速度はMCDを含めても恐らく世界最大速度を誇る。
「当然です。壊滅された後のノスタルジアが復興への希望として開発した物ですから」
フレアが言う。
海賊軍に襲撃されたノスタルジアに残されていた開発途中の戦艦が<トライウィング>である。開発途中であった為に強奪は免れたものの、この時期に間に合ったのはノスタルジアの開発チームの執念といえる。
「海賊軍にはノスタルジアの研究者たちも借りがありますしね」
「ふぅん」
「......私たちも借りがある」
「ディオーネさんっ!」
明らかに態度を変えたヴァンが明らかにテンションを変える。
「なに?」
「い、いいいい、いえっ、あのっ、良い天気ですね!」
「......? けんたろー、機体の調子を見たいからいこ」
「お、おお」
興味を失くしたように健太郎を連れてさっさと格納庫にいってしまう。その光景を見たヴァンがショックを受け、更にその光景を見たアイリスがため息をついたのだった。
ブリッジを出たところでディオーネが端末を取りに行くと言い、別室へと向かったところで健太郎は一人になった。さてこれから格納庫に向かおうかと歩を進めようとしたところで、同じようにブリッジから出てきたのはアイリスである。
思わず視線が合い、健太郎は思わず口を閉ざしてしまった。何しろ殆ど初対面のようなもので準備期間の間も殆ど話をしたことはない。それに見ず知らずの同じ年代の美少女となればいくら変わった健太郎と言えどもそうおいそれとすぐに話せるわけがない。
「すまないな。騒がしいやつで」
アイリスがため息をつきながら言う。恐らくヴァンのことを言っているのだろう。
「は、はぁ」
「昔からあんなやつでな」
「幼馴染なんでしたっけ」
「ああ」
「好きなんですか?」
「そうか。最終決戦を目の前にそんなに死にたいか?」
気が付いた瞬間にどこから取り出したのか立派な装飾を施された剣を突き付けられていた。
ロボゲーや萌えカルチャーが大好きな健太郎としては確信を突いたつもりだったのだが、この表情と殺気からしてどうやらマジのようだった。
「い、いいいいいいいい、いやいやいや。『本当は幼い頃からアイツのことが大好きなんだけど気になるアイツはいつも他の女の子を見てぷんぷん』みたいな美少女ツンデレキャラじゃないんですか!?」
「何か言い残すことはあるか?」
「強いていうなら命だけは助けてください」
ただのツンデレなら良いのだろうけども、頬を赤らめるどころかこのままなら本当に殺しかねないのでそろそろ命乞いを始めた所に、ちょうど良いタイミングで別の足音が聞こえてきた。
「......命拾いしたな」
「声のトーンがマジなんですけど」
「そもそも誰が美少女だ」
「アイリスさん。ほら、可愛いし顔も美人だしスタイルも抜群だし」
「ほ、本当に殺されたいのか!?」
「いやぁ――――! やめてぇ――――!」
半ば悲鳴に近い(というより本当に悲鳴)をあげる。しかし、当然ながら(?)刃は近づいてくる気配はなく、するりとアイリスは抜け出してしまった。
「ああっ、もう。別にいい。部屋で休んでる」
(た、助かった......)
ほっとため息をついたのもつかの間。
さあ格納庫に行こうと改めて振り返ってみるとそこにいたのは相変わらず無表情の――いや、やや不満そうにしているディオーネだった。手に持っている端末を見る限り用事は既に済んだらしい。
とはいえ。
ディオーネとの付き合いはそれなりなのでかろうじて解るのだが、だからこそこうして不満そうにしているディオーネを見ていると困惑してしまう。
幼い頃に受けた実験の影響からかディオーネは感情を表に出すことが難しくなってしまった。感情が希薄になってしまったともいう。だからこそ、こうやって不満を顔に出すことが珍しい。
「ディオーネ? どうかしたのか?」
「......けんたろー、ニヤニヤしてた」
健太郎とアイリスのさきほどのやり取りの事を言っているのだろう。
途端に脳裏に刃を突き付けられた先程の光景がフラッシュバックする。
冷や汗が出てきた。
「あれは顔が引きつってたんだよ」
「うそ」
「嘘だったらどんなによかったか」
「......アイリス、綺麗だから」
「ねぇ、何か間違った解釈してない?」
「......はやく格納庫に行く」
「へいへい」
何故かディオーネは健太郎の手を繋ぎながら、二人で格納庫に向かった。
そこにあったのは新たに改修された九機のMCDである。
二人の搭乗機である<オリオン・ベテルギウス>はその中央にあった。
全身には特殊追加装甲である漆黒のカラーリングの施された<アルティメイトコート>を搭載し、右手には上部先端に魔力形成装置が備え付けられた特殊装備である杖を持っている。
<オリオン・ベテルギウス>の<オーロラコート>を強化形態であり、右手の杖、<アルティメイトギア>は攻守ともに兼ね備えた機能を有している優れた武器である。
「第ゼロ科のみんなが製造してくれた。ヘリオス様直属の研究員たちも手伝ってくれた」
「これを見ていると思うけど、本当に決戦って感じだな」
「......うん」
ここに来るまでに繋いでいた手はそのままだった。
どちらかともなく、二人は互いに握りしめる手を少し、強めた。
――――決戦まで残り二日。




