第二話 何も出来ませんが何か?
とんでもなく無茶苦茶で滅茶苦茶で意味の解らない条件で呼び出された健太郎だったのだが、冷静になって考えればこの世界には巨体ロボットがある事だし(しかもパイロットになれる)、魔法というゲームの中でしか見たことのないようなファンタジー要素もある上に現実世界に戻っても結局は受験が待っていたりと考えれば考える程「あれ? 別に現実世界に戻らなくてもよくね?」と考えるようになってきた。
と、いうのも現実世界に戻るに戻れない状況下にある現実に対する現実逃避なのだが。
(......まあいいや。ロボットあるし)
あの造りかけの機体を見た瞬間、単純な彼の頭の中に「ロボット>現実世界」が成り立ちつつあった。
「っていうか異世界召喚された割りになんていうか、こう、思ったよりも待遇が違うというか」
健太郎が今居るのはさっきの<ミーティングルーム>である。そこの床に毛布を纏ってくるまっているだけだ。異世界召喚というからにはてっきり「勇者様」だとなんだと祭り上げられるのかと思ったがそれも違った。そのことを傍にいたハルトに愚痴のように漏らす。
「まあね、それは仕方がないッスよ」
「何で。異世界召喚って言ったら召喚されるのは基本的に勇者だろ」
「この世界でも基本的にはそうッスよ。でも今回ばかりはかなり特殊なケースですからねぇ」
「特殊?」
「はい」
この世界では九百年以上も前から<異世界召喚>の手段は確立されており、この世界の歴史の節目には必ず別世界から召喚された者の存在があったと言われている。
それは今も健在で、前回の異世界召喚は約百年前に遡る。
「そもそもMCDだって初めて異世界から召喚された勇者が別世界の技術を取りこんで開発された物なんスよ。以降、他に召喚された勇者達の持っていた技術を取り込み続け、今の形になったと言われているッス」
「そんな歴史があるならせめてもう少しマシな扱いを希望したいね。そんなに贅沢は言わないからせめて布団ぐらいは欲しいよ」
今までの勇者達と床にボロい毛布でくるまっている自分を頭の中で比べてみて自然とため息が出る。
「そもそも異世界から誰かを召喚するなんて、普通の人には出来ないッス。膨大なる魔力ととてつもなく高度な技術が必要ですし、本来なら才能ある王族の人間しか扱えないぐらいの大魔法ッスよ」
「へ? だったらあのディオーネって子はその......王族? なのか?」
「いえ。ディオーネさんは王族専用魔法の術式を無理矢理、改造・アレンジして今回の召喚を成功させたんス」
要は召喚者が王族かそうでないかで待遇が変わってしまったようだ。
「それってやっぱ凄い事、なのか......?」
「当然!......ところで......」
「?」
首をかしげる健太郎にハルトは辺りに誰もいないことを確認してから小声で伝える。
「あのバイクって乗り物、見せてもらっていいッスか?」
□□□
翌日、テスカは再び倉庫に赴いた。学園の第零科のガレージにある倉庫だが、健太郎にはそこに昨日は寝てもらった。理由としては場所が無かったのである。いくらディオーネが天才だとは言ってもまさか本当に召喚魔法が成功するとは思わなかったので何も準備してなかった事もある。
昨日は何もできなかったので朝食を手に、テスカはミーティングルームの部屋の扉を開いた。
「......?」
しかし、その中はもぬけの殻だった。
念のため一緒にハルトを泊まらせたハズだが、中は申し訳ない気持ちいっぱいで手渡したボロボロの毛布だけを残して後はもぬけの殻だった。
「――――おぉぉぉぉぉすげえぇぇぇぇぇ!」
外から聞こえてくる声に何やら嫌な予感を隠せないでいたテスカは慌てて外、MCDの実験場へと向かった。実験場はMCDが適度に暴れられるぐらいの広さがあり、その用途は本来ならば文字通りMCDの性能実験をする為の場所だ。
その実験場の中で、昨日、召喚された勇者とハルトが嬉しそうにバイクという乗り物にのって実験場の中を元気に走り回っていた。操縦は召喚された人間――――いや、健太郎で、その後ろにハルトが乗り、健太郎にしがみついている。つまりは、二人乗りである。ヘルメットも被っていない。テスカは知る由もなかっが、現実世界では完全に青い服を着た人にお世話になることをしている。だが、異世界ともなれば現実世界の法律もおかまいなしとなっている。
「すげえ――――! 馬よりも速いッスよ――――! 健太郎! 乗せてくれてサンキューッス――――!」
「いや――――! こっちも礼言うわ! なんか燃料を魔力? にしてくれたおかげでこっちでも気兼ねなく乗れるようになったしな――――!」
テスカは頭痛がしたような気がした......いや、頭痛がしたので思わず頭を抱えた。
どうやらハルトはかなり健太郎と打ち解けたようだが、徹夜であのバイクなる乗り物を改造した挙げ句、朝まで乗り回していたのだろう。
頭痛が収まらないまま、――あのバイクに対する好奇心を抑えながら――取り合えず一喝する。
「ハルトォ!」
その聞き慣れた一喝に身をすくませたハルトにつられて健太郎も慌ててバイクを停止させる。そしてドスドスとやってくるテスカは、
「――――俺にも乗らせろォ!」
好奇心を抑えきれずに二人に向かってそのまま駆け出した。
□□□
午後十二時。
ディオーネはある用事を済ませた後、学園に赴いた。その学園の敷地内の隅に申し訳なく建っているのが第零MCD科のガレージと実験場である。魔導学園の第零科は建前上は<生徒の自主性を育てる為の場>という物だが、実際は見放されている事に近い。
しかしディオーネにとってはそっちのほうが良かった。つまりは好きにさせてもらえるのだから。
学園自体はかなり広大だ。恐らくこの街にある施設の中では王族の城を除けば二番目に広い。それだけに設備も十分整っているが、第零科は違う。どの設備も殆どボロボロで年季が入っている(使うにはまだまだ問題ない)。魔法で強化・補修を繰り返してなんとか使用している状態だ。
今日は学園自体は休みだが、何しろ召喚魔法によって人間を一人召喚してしまったのだ。ディオーネが面倒を見るのが当たり前だし、それに先程済ませてきた――いや、本当はまだ終わってないのかもしれないが――用事にも関係ある。
ディオーネがガレージに向かっていると実験場の方から何やら複数の人間の楽しげな声が聞こえてくる。ガレージの方に向けていた視線を実験場に向け、進行方向を変える。
実験場に入ってみると、自分が召喚した健太郎という同い年の少年がバイクなる乗り物に無理矢理テスカと共に乗っている。
遠くで近所のガキ大将にオモチャを奪われた家に青いネコ型ロボットがいそうな子供のような顔をしているハルトがディオーネに気がついた。
「あっ、ディオーネさん! どうしたんスかー!」
ハルトの掛け声にようやくディオーネがついた事に気がついた二人はバイクから降りてハルトと共に駆け寄ってきた。いきなり異世界に召喚されたというのに大した適応能力である。テスカが用意してきた朝食を三人でパクついているのを見ながら、ディオーネは要件を伝える事にした。
「......けんたろーに招集命令」
「俺に? 誰が」
「国王」
『ちょっ、おまっ、』
三人が一斉にむせた。早くも打ち解けたようでなによりである。
「大丈夫?」
ちょこん、と可愛らしく首を傾げながらディオーネは尋ねる。しかし依然としてむせたままの三人が回復するのにしばらくかかった。
「いや、え? 国王? 王様?」
「そう。王様」
「......何、俺死刑にでもなんの?」
「違う。召喚に成功した事を国王陛下に報告したら是非会いたいと言ってきた。大丈夫。簡単に何が出来るのか見せてもらうだけ」
「何も出来ないですけど?(キリッ」
強いて言えばやはり青春を捧げて培ったロボゲーテクだがゲームの無いこの世界においては何の役にも立たない。そもそも健太郎は現実世界においては自宅警備員として将来を有望視されているほどである。
「はぁー、凄いッスねぇ。俺らみたいな人間は普通、会おうと思っても会えないッスよ」
と、言われても何も出来ない人間がこれから何かしてくれることを望んでいる人間(しかも権力付き)の元に言ってどうしろというのか。
――――公開処刑確定である。
「それで、俺はいつその国王陛下の元にいけばいいんだ?」
「今日。今すぐにでも」
「はえーよ!」
こうして、半ば強制的に健太郎は公開処刑の場、もとい、国王の待つフォルセティ城に向かう事となった。健太郎の服装は現実世界そのままの上下黒のジャージだったのだが、ディオーネ曰く、「別に問題ない」らしい。
(王様に会うのにジャージって......それこそ本当に処刑されそうだなオイ......)
ブルーな気持ちでトボトボとディオーネについていきながら学園から出る。街そのものは中世ヨーロッパのような風景だったが、今の健太郎の精神状態ではその景色も楽しめない。
しばらく歩いていると次第に目の前に巨大な城が健太郎の視界に入ってきた。それは見事という他無いくらいの――素人の健太郎にも分かるぐらいの――芸術品とも言えるべきような代物の巨城だった。
「うわ、すげえな......」
周囲を見渡してみると現実世界の日本では見かけないような服装の人ばかりで、健太郎は自分が異世界に来てしまった事をあらためて実感する。そしてだからこそ、ジャージ姿にリュックサック装備の自分が尚更浮いて見える。緊張しながら、また、通行人にじろじろと物珍しそうに見られながら健太郎は城への道のりをディオーネと共に歩いた。