第二十話 なんちゃらシステムには制限時間がつきもの
デミウルゴスこと、ダイダロス・シエスは喜びに満ちていた。
彼はこの光景を待ち望んでいた。街が、世界が焼かれていくこの光景を。
かつて古代の世界を破滅へと導きかけたといわれているこの怪物――超巨大MCD<デミウルゴス>のコックピット内でダイダロスはまるでオモチャを与えられた子供のように目を光らせながら、ディスプレイに目を走らせていた。
これまで彼が見てきたどの機体よりも――いや、それらが束になってきてもかなう事のない程の、圧倒的なパワー。奪い取った<古代魔力融合炉>一つだけでこれなのだ。現にいま、山を一つ消し飛ばして見せた。
もしも三つ全てのドライヴが集まったらと考えると震えが止まらない。
「はははははははははははははははははははははははっっっっっっっ! 素晴らしいィッ! 素晴らしい力だ! 私の想像を遥かに上回っているぞ!」
そして、彼は自身の下にいる――残り二つの内の一つの<古代魔力融合炉>を持つ機体、<オリオン・ベテルギウス>に目を向ける。その機体は今、ダイダロスが欲しているものの輝きを放って自身を見上げていた。
「あの光、あの輝き、あのパワァー! まさかもう<覚醒>してくれていたとは......これは嬉しい誤算だ」
デミウルゴスが<オリオン・ベテルギウス>に目を向ける。その時、彼はある異常に気付いた。
「これは......」
反応は街の外から。それも、複数ある。
海賊たちではない。街の者でもない。これは――――、
□□□
「な、んだ......あれは? あれが、あの機体がっ! デミウルゴスだっていうのか!?」
「......っ」
流石のディオーネも驚きを隠せなかった。古代を滅ぼしかけた伝説の怪物。それが今、目の前にいる。それだけではない。想像よりも遥かに巨大だった。その圧倒的な威圧感と存在感は見事に街の兵士たちをも驚愕の渦に巻き込んでいた。
サイズが大きければ大きい程、威圧感を増す。
シンプルなことだが、インパクトは絶大で、その効果も同じように絶大だった。ただ登場するけで、一気に流れをもっていかれた。
『野郎......中々面白い事してくれるじゃァねェか。ハッ、こりゃこれから更に面白くなるなァ』
「っ! ヴァイス!」
『口惜しいがここは退かせてもらうぜェッ!』
言うと、<カトル・セカンド>は尾の先端から光弾を放つ。それは地面を爆発させ、機体の姿をくらました。そして、ヴァイスにとってそれだけの時間があれば撤退には十分だった。
「しまった!?」
慌てて煙を振り払うが既に遅い。ヴァイスは完全に逃亡していた。だが、今はそれどころではない。むしろ脅威は文字通り更に巨大になっている。
デミウルゴスの威力は並みの機体では歯が立たない。見てみれば周囲の戦闘も海賊たちに圧され始めている。一気に流れが向こうに傾いていた。
「けんたろー、みんなが......!」
「わかってる! 今の状態ならまだ助けは間に合う!」
覚醒状態にある<オリオン・ベテルギウス>ならば再び戦局をひっくり返すことは容易だろう。
ただし、まだ時間があったのならば。
機体が急速に力を失っていく。ガクン、と力が抜けたようにして地に膝をつく。機体全体から光が、消えた。
「っ! 何だ!?」
健太郎とディオーネは機体のコンソールディスプレイに表示されたシステム表記にここで初めて気が付いた。そこにはこう記載されている。
――INFINITY DRIVE SYSTEM.
――TIMEOUT.
「......時間、切れ?」
「発動限界時間があったのか! ああっ、そういえばこういうシステムには制限があるのはお約束だった、油断した......! しかも五分!? どこの汎用人型決戦兵器だ!」
機体の残量エネルギーはその前の戦闘でもう殆ど使い果たしてしまっている。マックスまで再チャージするには時間がかかる。
「くそっ!」
「......けんたろー、今のエネルギー残量では長期の戦闘継続は難しい」
「わかってる、けど......!」
ディオーネだって悔しいに決まっている。だが、今の自分たちが動いても出来ることは少ないし、それどころか何かする前に動けなくなる可能性だってある。
「とにかく、まずは機体のエネルギーをチャージしないと......!」
その前にこの機体のドライヴを狙っているデミウルゴスが何もしないというのはあり得ない。
近くに迫りつつあった部隊が動きの鈍い<オリオン・ベテルギウス>に気付いた。すぐに銃撃を開始する。何とかオーロラコートの装甲を使って防御するが、これも長くはもたない。
「まずい......! やられる!?」
もう打つ手が何もない。
絶体絶命だと思われたその時。
「っ!?」
巨大な盾を持った機体が、<オリオン・ベテルギウス>の前に立ちはだかる。大盾を構え、敵の攻撃から健太郎たちを護っているこの黄土色の重装甲の機体は――<トパーズ・シルト>。
『小僧、小娘、礼を返しに来たぞ』
「......ガルフォングさん?」
「どうしてここに!?」
『ヘリオス様からの直々のご命令だ。お前たちの機体を護りきれ、とな。それに、来ているのは俺だけじゃないぞ』
その瞬間、純白の機体がカトレア部隊の中に舞い降りた。あれは、<ハゴコロ>だ。健太郎の知っているハゴコロの色は黒い。だがあのハゴコロは純粋な白。国王軍隊長機。全身から刃を展開し、一気にハゴコロの大軍を薙ぎ払う。
『ディオーネ、健太郎さん、無事ですか?』
「フレア......!」
「フレアさん!?」
『無事でよかった。少し待っててください。今......片付けますから』
純白のハゴコロはカトレア部隊の中を疾走する。曲面装甲もフレアの操作技術の前には意味をなさなかった。腕を振れば切り裂かれ、脚で踏まれれば既に裂けている。動くごとに機体のあらゆる場所から刃が飛び出し、荒れ狂う嵐のように次々と敵を破壊していく。
それも最小限の動きにすることにより、エネルギーの消費も最小限に抑えている。一切の無駄も隙もない。
「す、すげぇ......フレアさん、あんなにも強かったんだな......」
「フレアは国王軍の隊長だから」
「隊長さんって、あんなに強いもんなんだ......」
だが、ダイダロスの命令なのかどうか解らないが、徐々に<オリオン・ベテルギウス>の周りに戦力が集まり始めた。恐らく狙いは覚醒を果たし、封印を解除した<古代魔力融合炉>。攻撃はより一層激しくなってくる。フレア一人では対処出来ない程に。
『斬っても斬ってもキリがないですね』
最優先目標は<古代魔力融合炉>。それ故に、<オリオン・ベテルギウス>の周囲に戦力が集約されつつあった。それさえ奪ってしまえばあとはこっちもの、とでも言わんばかりに。
そして、侵攻してくるカトレア部隊の真上に今度はトリモチ弾が放たれた。大きく広がり、連射されたそれは別方向から押し寄せるカトレア部隊の一部の動きを封じる。次に放たれたのは――閃光弾。
別方向から迫りくるカトレア部隊のど真ん中で放たれたそれは眩いばかりの閃光が海賊たちの視界を封じる。その隙をついて銃撃を加えながら<オリオン・ベテルギウス>の傍に空中から降り立ったのは――<カシオペヤ・シェダル>。
『どうやらまだ生きていたようだな』
「ギル・ノーランさん!?」
『俺は近くを通りかかっただけだ。それに、既に敵の情報は集めている、もう――』
言うと、背中の圧力装置を使用し、飛行する<カシオペヤ・シェダル>。空中から捕縛されて身動きの取れないカトレアたちを的確に銃撃していく。まるで攻撃される方向が解っているかのような動きで空中で華麗に地上のカトレアたちの攻撃を回避しては銃撃していく。時折、完璧と言わざるを得ないタイミングで閃光弾を撃ちながら攻撃を重ねていく。
『――負けはしない』
『近づく者も、そうでない者も――私の家族を傷つけるのならば全て殲滅します』
『その程度の攻撃では、俺の盾は突破出来んぞ!』
<オリオン・ベテルギウス>に近づく者たちは迎撃されつつあった。だが、戦闘はそこだけではない。他の場所でも未だ継続している。
「フレアさん、戦闘はここだけではありません......他の部隊の人たちは......!」
『心配ありません。ヘリオス様が既に手はうってあります』
□□□
首都アポロン南西部。
海賊の部隊は既にこのエリアを制圧しつつあった。王国側の戦力ももう既に風前の灯と言える。
「駄目だ......」
残っている戦力の――兵の誰かが呟いた。それは回線を通じて残りの兵たちに負のイメージを広げてしまう。広まるスピードも速かった。
その時。
『諦めるのにはまだ速いぜ?』
諦めかけた兵達の真上を、朱色の機体が駆け抜ける。フォルムは全体的に騎士を思わせる。この世界のMCDには珍しいことではない。背中には大型のブレードを背負い、その隙間から胸部と腹部に二つのドライヴを積んでいるのが見えた。
左手には円形の盾。両肩、腰、両脚のふくらはぎにブースターが搭載されておりそこから得る推進力で加速している。装甲は脚部と腰部に集中されている。更に頭部と胸部には機関銃が搭載されており、腰の裏には投擲用のダガーが二本と小型の魔導銃。
更に、腰の両サイドには刃の無い、剣の柄だけがある。
この王国では見たことのない機体。少なくとも、その場に残っていた兵たちは知らない機体だった。その事を知っているのか、回線から聞こえてきた青年の声が再び兵たちに伝わる。
『――ヴァーミリオン・ロット』
言うと、朱色の機体は背中の大型ブレードを抜き、加速する。体の各箇所に搭載されたブースターがヴァ―ミリオン・ロットに<速さ>を与える。そしてカトレア部隊の中に特攻し――薙ぎ払う。
一振りするだけで何機かの機体が一度に爆発した。
『――それがこの機体の名だ。そして俺は!』
ヴァ―ミリオン・ロットが飛ぶ。各箇所のブースターを駆使することで空中で変則的な動きで回避行動を行いつつ、着地と同時にブレードを振るう。カトレアの首が飛ぶ。腕が飛ぶ。足が飛ぶ。
『勇者サジ・リヒトライドの子孫、ヴァン・リヒトライド様だ! 覚えておけ!』
ヴァンが駆け抜けた場所から次々と紅蓮の花火が生まれていく。豪快な剣捌きでいとも簡単に海賊たちの機体を破壊してしまった。
『少し静かにしてくれ。気が散る』
『あァ!? うっせえぞ天然女!』
『私はそんな名ではない。私は――』
今度は青い機体がヴァ―ミリオン・ロットのすぐ横を駆け抜ける。残存のカトレア部隊に向かって迷いなく突き進む。機体そのものはほぼ全てヴァ―ミリオン・ロットと同じ。違うのはカラーリングが朱色か青色かぐらいだ。
ターコイス・ロットと呼ばれる青い機体は腰の柄を取る。その瞬間、柄からエネルギーの刃が出現した。ヴァンのような豪快な動きはない。だが正確に迫りくる銃弾の嵐を避けて、的確にコックピットにエネルギーの刃を突き立てる。
コックピットを一撃で打ち貫かれ、次々とカトレアたちが爆散していく。その爆発の背後で、ターコイス・ロットの女性パイロットは静かに呟く。
『――アイリス・ローエングリンだ』
この瞬間、十数機いたカトレアが、たった二機のMCDの参戦によって――殲滅された。
しばらくして、呆然とする兵の内の誰かがようやく口を開いた。
「あ、アンタたちは......?」
『ヘリオス様から何も聞いてねえのか? 援軍だよ、援軍』
『私たち<勇者の子孫>に救援要請が出たからな。勇者間専用召喚魔法で駆けつけた』
『あァ、因みにこいつは勇者アーク・ローエングリンの子孫だからな』
『貴様が気安く私のご先祖様の名を口にするな』
『んだとぉ!?』
勝手に喧嘩を始める二人に、再び兵の誰かが口を開く。
「す、すみません。私たちはこんな状態です。戦闘はまだ継続しています。出来ればすぐにでも他の場所へと救援に向かってほしいのです」
『わーってるよ。だが、援軍は俺たちだけじゃあないみたいだぜ?』
「ほ、本当ですか?」
『ああ。私たち以外にも援軍はいる。どうやら今、この街に集結しているらしいからな。この世界に召喚された歴代勇者たちの――子孫が』
今回登場した「ヴァ―ミリオン・ロット」、「ターコイス・ロット」、「ヴァン・リヒトライド」、「アイリス・ローエングリン」は、「のりにゃんこ」さんに考えていただいたものです。
のりにゃんこさん、ありがとうございました!




