第十五話 空中換装(合体)って燃えるよね
水中から飛び出してきた二機の《カトレア》。先程の追撃者ではなく、別の機体であることが、ダメージのない装甲を見て分かった。
「チーフ、空中換装システム、使えますよね?」
『いや、でもお前、ありゃまだ十分にテスト出来てねぇぞ? ぶっつけ本番で試す気か!?』
「試すしかないでしょう!」
カットラスを構え、加速してくる《カトレア》に対して健太郎もダガーを展開して応戦する。二つの刃が激突し、火花が散る。
持ち前の機体の出力で無理矢理カットラスを押し退け、弾き、そのままの勢いで装甲にダガーを切りつける。しかし、とっさに後退したのと、曲面主体のやや丸みを帯びた装甲にダガーの刃は逸れて、ほんのすこしのダメージしか与えられなかった。
ここで、また別の《カトレア》が真横から加速し、カットラスを振るわんと《オリオン・ベテルギウス》に迫っていた。
「ッ――――!」
だが健太郎とディオーネにはその攻撃が見えていた。機体を少し屈めさせる事で《カトレア》の振るったカットラスは虚しく空を切り、そのまま下から空振りして無防備な腕をダガーで切断する。
黒煙で汚れつつある青い空に《カトレア》の右腕が弧を描きながら舞う。
その隙を逃さず、《カシオペア・シェダル》は脚部ミサイルポッドからミサイルを放つ。
それは見事に腕を切断された《カトレア》にの脚部に命中する。脚を破壊され、地に伏す《カトレア》を踏み台にして《オリオン・ベテルギウス》は跳躍する。
はっ、と気がついたように空中の《オリオン・ベテルギウス》に狙いを定めて魔導銃からがむしゃらに閃光を放出する。だがそれらを全て極光布でガードし、《レインコート》に装備されたミサイルポッドからミサイルを一斉に放つ。
《カトレア》の周囲は空中からの爆撃で爆発が巻き起こり、《カトレア》は身動きを取ることが出来ず、わずかに隙が生まれてしまった。だが健太郎とディオーネにはそれだけの隙で十分だった。
降り立つと同時に両手に展開したダガーで残った《カトレア》の頭部と右腕を切り裂く。表面の曲面主体の装甲では攻撃が通らない場合があるので関節部を狙っての一撃。
「うっ?」
目の前の二機のカトレアを倒したかと思うと、今度は陸の方から三機の《カトレア》が増援としてやってきた。恐らくこの太陽祭参加者の集中しているこの近辺に集中的に戦力を投入してきているのだろう。
《レインコート》は本来、先程のような陸上での近接戦闘は得意ではない。しかし、さっきのような地を蹴り、空を舞うようなフレキシブルな戦闘が出来たのは、《極光魔力》による機動力の底上げの恩恵である。だが同時に、特殊なエネルギーである《極光魔力》は消耗も激しい。
これ以上の相手は難しい。
「......ギル・ノーランさん?」
健太郎は通信のチャンネルを開いてギルに呼び掛ける。
《オリオン・ベテルギウス》と《カシオペア・シェダル》の二機はじりじりと湖の方に追い詰められていた。
『なんだ? このピンチに』
「俺が合図したら、閃光弾、頼めますか。ついでに煙幕もあると有り難いんですけど」
『御安いご用だ。しかし、先程もいったがこの機体は戦闘向きではない。極力サポートはするが基本的に戦闘はそちらに任せっきりになるが?』
「構いません。......チーフ、準備の方は?」
『いつでもいけるぜ。それと......構わねぇんだな? 途中で撃ち落とされても知らねぇぞ』
「はい!」
タイミングをはかるためにじりじりと湖の方にへと、追い詰められるかのように一歩ずつ後ずさる。
そして相手が痺れを切らして今まさに動き出さんとしたそのタイミングで、健太郎は《オリオン・ベテルギウス》の装甲をパージする。
弾け飛んだ追加装甲のパーツは目の前の《カトレア》の集団に見事に激突する。その瞬間、健太郎はギルに合図を送る。
「今だ!」
ドンピシャのタイミングで、ギルは《カシオペア・シェダル》の胸部銃口から閃光弾を放つ(ディオーネは事前に健太郎の分も視界保護の魔法をかけてくれたので、視界は確保した)。
光が辺りをくらいつくす。
同時に、《オリオン・ベテルギウス》は飛んだ。
スラスターを吹かせ、更に上昇する。
下にいる海賊達はまだ視力が回復していないようで、《カシオペア・シェダル》が銃撃しつつ後退し、湖に飛び込み、身を隠しているのが見えた。
その頃、第零科の生徒達が避難している校舎のガレージから、MCD一機分よりも一回り大きいコンテナのような物が射出された。
それはあっという間に街の外にへと飛び出していき、《オリオン・ベテルギウス》の跳躍する座標に到達する。空中でコンテナが全面展開し、その中から追加装甲が出現し、それらのパーツにはそれぞれコンテナから延びたアームに接続されている。
アームが可動し、パーツが《オリオン・ベテルギウス》の真っ黒な素体を覆うような動きを見せる。すると、《オリオン・ベテルギウス》の腕や脚などといった接続部から細いガイドレーザーが放たれ、自信を覆うパーツに照射される。まるで水上の波紋のようなエフェクトが一つ一つのパーツ全体に広がったかと思うと、アームがパーツを機体に接続し始めた。
次々と追加装甲が《オリオン・ベテルギウス》の素体に装備されていく。最後に頭部を交換し、すぐに《オーロラコート》を纏った《オリオン・ベテルギウス》がそこに現れた。
(テストは成功ですよ、チーフ)
空中換装が成功した事を確認すると、健太郎は少しの安堵と同時に目の前の敵を確認する。《オリオン・ベテルギウス》は重力に抗うことなく落下していく。
魔法などで視界を回復させたのか、下の《カトレア》達は動きを取り戻し、《オリオン・ベテルギウス》が上から襲撃してくることに気づく。
だがもう遅い。
両腕のアンカーを射出。それは二機の《カトレア》の頭部を撃ち抜き、しっかりとくい込んだ。両腕を大きく広げ、アンカーで捕縛した《カトレア》をふりまわしたかと思うと、今度は両機を思いきり激突させる。そしてアンカーで捕縛したまま空中に放り投げ、二機が《重なった》所でコンテナから受け取った《リボルバーガン》を放つ。
銃弾は前にいた《カトレア》の右脚部を貫通。その衝撃は右足全体に広がり、右脚は崩壊する。そのまま勢いを殺さずに後ろにいた《カトレア》の右腕を撃ち抜く。前の《カトレア》と同じく右腕が崩壊し、その波紋のように広がる衝撃は頭部に達する。頭部は半ば空中分解したかのように吹き飛び、機体は姿勢を崩して二機とも落下していく。
高等技術、二機同時撃墜。
このまま、落下を利用して更にスラスターで加速する。下からは残った《カトレア》が銃撃を加えてきたが、全て《極光布》で攻撃をシャットアウトし、その隙にダガーを展開。
切り裂く。
着地した瞬間、そこに立っていたのは《オリオン・ベテルギウス》だけとなった。
□□□
首都アポロン正門前。
海賊達は街の中と外、どちらからも侵攻してきている。特にこの正門前においてはその両方からの攻撃が激しく、護衛部隊も苦戦していた。
この場所で現在残っているのは《カリナス・カノープス》が三機。
対して海賊達は《カトレア》が五機。
問題は数だけではない。海賊達は普段からこういった戦闘慣れしている分、護衛部隊よりも戦闘経験が豊富だ。機体の性能的にも互角かそれ以上。圧倒的に分が悪い。
『う、うわっ!』
『小隊長! このままでは!』
「解っている!」
今では三機だけになってしまったこの小隊の隊長は女性でありながらも、努力を重ねて実力をつけて、小隊長になれた。経験も実力もあるつもりだった。
「防御に集中しろ! 援軍がくるまでなんとかもちこたえるんだ!」
その努力によって得た実力が、現在の彼女を生きながらえさせているのだが、それもいつまでもつか解らない。
――ダメなのか。
そんな考えがふと頭の中をよぎる。
「くっ......!」
しぶとく生き残っている三機に痺れを切らしたのか敵の攻撃がよりいっそう激しくなってきた。前と後ろ。両方から無数の閃光が襲い掛かってくる。
よりいっそう激しさをます攻撃についに三機の戦列も崩壊しようとしていた。
『うおおおおおお!?』
隣の味方機が爆散した。
機体のパーツが飛び散り、中のパイロットもろとも紅蓮の焔に焼かれ、それは戦火の一つとなった。
『隊長――――!』
次に、後ろを護ってくれたいた一機も爆発した。その衝撃で微かに機体がバランスを崩す。MCDのコックピットは背中にあるために、吹き飛んだコックピットハッチの下から焼かれ、吹き飛んでいく味方の姿が見えた。
何故かその瞬間、味方のパイロットの体が焼かれて爆発の中に消えていくその瞬間だけは、やけに時間が遅く流れているように感じた。
それ故にこれまで共に闘ってきた戦友達が死んだという現実を噛み締めざるを得ない。
だがそれでも、敵の攻撃が止まるわけではない。
着実に機体のダメージは蓄積されていく。いや、敵の攻撃が激しくなったのと、残り一機になってしまったが故に集中放火を浴び、機体が削られていくスピードも増していく。
右腕が落とされる。
その次は頭部。
シールドもついに耐えきれなくなり、左腕もろとも破壊された。
もう駄目なのか。ここで自分は死ぬしかないのか。仲間を殺し、街の人達を殺した敵を目の前に何も出来ないまま。何も守れないまま死ぬしかないのか。希望も、奇跡も、救いさえもないのか。
絶望しか、ないのか。
死を目の前にして、そういった感情しか、彼女の中にはなかった。
やけに敵の動きがスローモーションに見える。ゆっくり、ゆっくりと銃口がこちらを向ける。
死ぬ前に時間がゆっくりに感じるというが、これがそうなのかとボンヤリ考えていると。
それは、きた。
前方の三機の《カトレア》を、たった一発の銃弾が凪ぎ払う。
はっとし、その銃弾が放たれてきた方向を見ると、そこに在ったのは漆黒の機体。
強烈なスピードでこちらに近づいてきたかと思うと、今度は彼女の後方にいた二機の《カトレア》の内の一機に左手からワイヤーを放ち、頭部に突き刺す。その後、流れるような動作で捕らえた《カトレア》を振り回し、側のもう一機の《カトレア》にぶつける。体勢を崩した所を再び先程の銃弾を放ち、あろうことか一撃で二機を葬り去る。
「なっ......だ、二機同時撃墜!?」
その漆黒の機体は地面に着地した後、大地を蹴って加速する。その身に輝く紫色の衣を纏い、凪ぎ払い、体勢を崩しただけの三機に向かっていく。
そのスピードは量産機のものではない。
明らかに通常の機体とは一線を画す圧倒的なスピード。
速い。
そう思うまもなく、その漆黒の機体は敵の懐に潜り込むと、いつの間にか右手に展開していたダガーの先を《カトレア》の胸部に叩き込む。
そのまま切り裂き、抉れた装甲の隙間を左手で広げ、引きちぎる。
爆発。
あの衣の前には銃が効かないからか、横から剣を振りかぶり、襲い掛かってきた次の一機に対しては右膝から射出したワイヤーアンカーが《カトレア》の胸部を貫く。
その隙にダガーで頭部を貫き、蹴り飛ばす。最後に驚異的な威力の銃弾を放ち、その後方にいた残りの《カトレア》もろとも破壊する。
それらはあっという間の出来事で、一瞬の出来事だった。
彼女はふと思う。
希望もあった。
奇跡もあった。
救いもあった。
その力をもったヒーローが、来てくれた。
目の前の漆黒の機体は、紅蓮の焔に焼かれていく海賊達の機体の残骸を見下ろすと、再び跳躍した。
この戦いを少しでも早く終わらせる為に。
□□□
エルナの駆る《カトル・シャウラ》は水中用の装備を換装し、本来の形態に戻り、街中を駆けていた。換装時にエネルギー補給も済ませているのでコンディションとしてはほぼ万全だ。
エルナは敵を振り払った後、研究所に向かうよりも距離的に近く、狙われている可能性も低い第零科のガレージに向かい、そこでパーツを換装したのだ。
元々、第零科に転入することが決まっていたためにある程度のパーツは第零科のガレージに運び込んでいた。それが役にたった。
しばらくすると、まだ無事だった護衛部隊と合流することが出来た。
「あのっ、すいません」
『君は......ノスタルジアからの』
「エルナ・ヴェノーラです」
『いくら実力があるとはいえ、この国の護衛部隊でもない学生を戦闘に参加させるわけにはいかない......と、いいたい所だがな。正直いって今はかなり厳しい』
この辺りを護っている小隊長らしき人物は苦笑いしながらいう。
子供を戦闘に参加させるのは本心ではないのだろう。
『少しでも戦力が欲しいのは事実だ。だか......これは訓練ではない。本当に、死ぬかもしれないんだ。それでも、やるというのかね?』
「はい。覚悟は、してます」
『そうか』
彼は、それ以上の言葉は言わなかった。エルナはそれを了承と受けとる。
『第八部隊から連絡です。正門前は何とか一時的にですが凌げたもよう。なんでも、突如現れた黒い機体に助けられたとか......』
黒い機体。
エルナの脳裏には健太郎とディオーネの駆る《オリオン・ベテルギウス》が思い浮かんだ。
『他の部隊にもそういった報告が入り始めています。一体これは......』
『何にしても、チャンスだ。今のうちに何とか戦況をひっくり返さなければ......』
と、小隊長が作戦を素早く練り始めたその時。
『た、大変です! 第五部隊が全滅しました!』
『何だと!?』
小隊内に戦慄が走る。その部隊は先程までその地区の敵を制圧しかけていたはずだったからだ。
『み、味方の反応が次々と消えていきます! ここにももうすぐ......』
来た。
エルナは一足早くそれに気づいた。
それは、地上を走行していた。
それは、不気味な蠍の形をしていた。
イメージ的には巨大な鉄の蠍が地面を滑りながら近づいてくるような感じだろうか。
速い。
エルナがそう思った瞬間、小隊長が叫んだ。
『撃てぇ――――!』
周囲の《カリナス・カノープス》が一斉に攻撃を放つ。だが蠍の表面に魔方陣のような物が出現したかと思うと、攻撃を弾き飛ばしていく。
(あれは......魔力盾!?)
蠍は素早く《カリナス・カノープス》達の懐に飛び込んだかと思うと、その巨大な爪で《カリナス・カノープス》を挟み、そのまま切断してしまった。
紅い爆発が広がり、衝撃波が周囲を襲う。
そして次の瞬間、爆煙の中から一機のMCDが飛び出してきた。
『え、MCD!?』
『変形したのか!?』
小隊の誰かが驚きの声を漏らす。
「可変機......!」
エルナも思わず目を見開く。
だが、可変機、というだけではない。それは、面影こそ微かに残っているだけだったが間違いない。
その機体は、《カトル・シャウラ》だった。
『はァッはァ――――ッッッ!』
狂ったような叫び声。その声にも聞き覚えがあった。
紫色の《カトル・シャウラ》は指先が剣爪になっている右腕を振るい、いとも簡単にまた一機、《カリナス・カノープス》を破壊する。
そして次だと言わんばかりに滑るように次の獲物に向かってその爪を振りかぶる。
瞬時に懐に潜り込んだと思ったら、味方は死に、また次の獲物に向かって食らいつくように向かっていく。
その様は残っていた味方に多大なる精神的ダメージを与える。
『う、うわぁぁぁぁぁ――――!』
『ひいっ!』
一人。
また一人と。
さっきまでそこに生きていた人達が死んでいく。
それはまるで、ノスタルジアにいたときと、あの強奪事件の時と同じだった。
『エルナ・ヴェノーラ、逃げろ!』
小隊長の叫びがエルナに向けられた。
「で、でもっ!」
『こいつは圧倒的過ぎる! せめて君だけでも逃げるんだ! 私が少しでも時間を稼ぐ!』
そういうと、小隊長はマシンガンを連射しながら紫色の《カトル・シャウラ》に向かっていく。
だが。
『時間稼ぎィ~?』
もう、遅い。
『んなこと出来るわけねェだろぉがよォッッッ!』
紫色の《カトル・シャウラ》の右腕が小隊長の《カリナス・カノープス》の胸部を貫く。それはコックピットにまで達していて、中のパイロットがどうなっているのかは容易に想像がついた。
『に、げ......』
爆発。
ついにそこに残ったのは、エルナと紫色の《カトル・シャウラ》。いや、今となっては《カトル・シャウラ/セカンドスコーピオン》のみとなった。
『久し振りだなァ。エルナ』
「ヴァイス・サターン......ッ!」
操縦捍を握る手に思わず力が入る。
エルナは今、ずっと探していた相手が目の前で再び沢山の命を奪ったことに対しての怒りで満ちていた。
「......その、機体は......」
『《カトル・シャウラ/セカンドスコーピオン》。俺はメンドクサイから《カトル・セカンド》つってるけどな。あの日奪った機体を改良したもんだ。よく出来てるだろ?』
何も悪びれずに言うヴァイスに、必死に保とうとしていたエルナの理性もついに限界に達してしまった。
「――――ッ! あんたは......あんただけはッ!」
剣を抜く。
構える。
そして、見据える。
《カトル・シャウラ》は大地を蹴り、エルナは殺人鬼に挑む。




