第十三話 民間に出回るロボはだいたい悪用される
かなり遅くなりました。
申し訳ありません。
大学受験も終わったのでようやく執筆に集中出来ます。
太陽祭第三予選。
三つある太陽祭のMCD部門の予選の中でも最も高い難易度を誇るのがこの第三予選だ。形式は第二予選と変わらないが、場所が水中であるが為に難易度は第二予選の時よりも格段に上昇する。
それだけに予選中の事故も他の予選に比べて多く、コックピットへの攻撃は反則行為になるとはいっても危険である事には変わりはない。
よって、メカニック達は機体の調整にかなり神経質になる。水中という場所では、地上以上に妥協が許されない。
第零科の面々も露店の作業を全て止めて《オリオン・ベテルギウス》の水中用装備、《レインコート》の調整に勤しんでいた。既に作業の大半は終了している予選開始も間近だ。
だが、パイロットの二人が到着しない。既にハルトが無事だという連絡は受けている。テスカが「まだか......?」と呟いた時だった。
その時、予選会場に設置された簡易ガレージの扉が開いた。
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《オリオン・ベテルギウス》の新装備、《レインコート》とは水中での活動を可能にする追加装甲だ(通常の《オーロラコート》の状態でも水中での活動は可能だが、推奨は出来ない)。追加装甲、とはいっても結局は全身を装甲で《覆う》ような形となっており、要はただの《雨合羽》なのだ。しかし、頭部は水中用センサー仕様の物に換装されているし、水中用武装もいくつか搭載されている。
そのことをコックピット内のデータで確認してから健太郎は頭を徐々に予選にへと切り換えていった。先程のトラブルは健太郎の頭の中に色々な事が一気に雪崩れ込んできたような感覚だが、今は目の前の予選に集中することが先決だ。
特に、ヴァイスと出会った事はエルナには言わない方がいいだろう。
この街にヴァイスがいると分かればエルナは何をするかわからない。海賊達に関しては、ヘリオスが一気に調査を進めている。そう、心配することはないのだと健太郎は無理矢理頭の中の思考を切り換えようとした。
(極力エルナとは話さないようにしないとなぁ......)
『ねぇ』
と、そんな健太郎の決意もむなしく、いきなり通信に割り込んできたのはエルナである。
「うわっ、びっくりしたっ!」
『なによそれ......びっくりしたのはこっちよ。一体どうしたの? なんかかなりギリギリについたみたいだけど』
「え? あっ、えーっと」
『何か機体整備してる皆の顔も険しかったし。何かあった?』
いきなり答えづらい所を容赦なく(無自覚であるのでなおさらたちがわるい)突いてくるエルナ。
健太郎は極力冷静になりつつも答えた。
「さ、散歩してたんだよ。それで色んな露店を見てたらついつい時間が経っちゃってさ」
上手く誤魔化せただろうか、と健太郎はエルナの反応を伺う。当のエルナの方は、
『ふぅーん。それじゃあアンタは最後の予選前に可愛いガールフレンドとギリギリまでデートしてたってわけなんだ』
「ばっ......! が、がーるふれんどってなんだよ! と、というか、ちげーよ! 色々と!」
誤魔化せたはいいが、変な勘違いをされた健太郎はディオーネの反応を伺いながらあたふたと弁解をする。当のディオーネ本人はきょとんとしながら「がーるふれんど?」と言っていた。
『どーだか』
「あ、あのなぁ」
健太郎が言葉を紡ごうとした瞬間、本部から第三予選開始に備えて指定位置に移動するような通達がコックピット内のホロモニタとして現れた。
同じような通達が来たのか、エルナもそこで会話を中断して黙り混む。
『それじゃ、お互い頑張りましょ。ディオーネも』
「お、おう」
「うん」
『――――決勝で会いましょう』
そう言い残して、エルナは通信を閉じた。
「決勝、か......」
健太郎、ディオーネとエルナは別のブロックの予選なので、健太郎とディオーネがエルナと戦うのは決勝戦だ。だが健太郎は、ふとエルナとは決勝戦で会えないような、そんな予感がした。
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第三予選開始。その合図が下ると同時に、参加者達の機体は一気に水中にへと飛び込んだ。
フィールドに設定された湖は《迷いの湖》とも呼ばれており、湖の底には丁度MCD一機分よりも深い窪みがあり、その窪みが道のように連なっている。その道が迷路のようになっている事から《迷いの湖》と呼ばれているのだ。
参加者達は水中迷路の中に設置されたフラッグを獲得しなければならない。
これが実質的に最終予選なので、気を引きしめていかなければならないと健太郎は心のなかで自分を叱咤する。
この予選でもいざとなれば戦闘はあり得る。健太郎が第二予選で披露した、反射速度、情報処理速度、操作速度を魔法によって《加速》させる《加速操作》がこの水中でどこまで通用するかもまだ試していない。
この《レインコート》には《インバネスコート》のような探査能力は持ち合わせていない(予選に合わせて水中探査能力を持たせてはいるが)。故に下手をすればフラッグを見つけても他の参加者と鉢合わせということになりかねない。
「さて、どうするか......」
健太郎は機体を動かしながら考える。水中はほのかな光が差し込んでくるぐらいでやや薄暗い。フラッグが第二予選とほぼ同じものだとしたら見つけるのは困難だ。
「ディオーネ、どうする?」
「......フラッグがこの迷路の中にあるのは間違いない。だから見落とさないようにこの迷路を進んでいくしかないと思う」
迷路の上からフラッグを探そうとしても、底は暗闇に覆われている。薄暗いのは迷路よりも上の範囲だけだ。当然、フラッグは迷路の中に隠されているので、必然的に迷路に足を踏み入れなければならない。
「んじゃ、とりあえず注意しながらこの迷路を進むしかないってことか」
ディオーネは健太郎の言葉に静かに頷いた。
その事を確認しながら健太郎とディオーネの駆る《オリオン・ベテルギウス》は水中の迷路を進む。未だフラッグは見つからない。
「......ディオーネ」
「何?」
「その......フレアさんには、予選の事とか話したりしたのか?」
ディオーネとあのヘリオスの側近の女性であるフレアの仲が良い事は健太郎にも何となく分かっていた。いや、仲が良いだけではなく、何処か家族のような雰囲気も感じ取っていた。
「うん。喜んでくれた」
「そっか。よかった」
機体のセンサーになにも反応はしない。この湖はかなり広大で、フラッグを探すどころか中心部に行くことすらかなりの時間がかかる。故に今までの太陽祭でも最初の十分は何の音沙汰も無かったという。
予選が始まってまだ三分も経っていない。機体の中の奇妙な沈黙を、健太郎は破っていた。
「その......前から気になっていたんだけどさ。ディオーネとフレアさんって、姉妹か何か?」
「違う」
健太郎の質問に、ディオーネは首を横にふりながら答える。
「私に血の繋がった家族はいない」
「......な、なんかごめん」
ディオーネの言葉に健太郎は思わず謝ってしまった。だがディオーネは何も気にしていない様子で、ただ平然と語りだしていた。
「そもそも私は本当の親が誰なのかも分からない」
「? それって、どういう......」
「私は、気がつけば施設にいた」
「施設?」
健太郎の言葉に、ディオーネは静かに頷く。同時に綺麗な銀色の髪が揺れた。
「そう。実験施設」
「実験、施設......ッ!?」
「そう」
これ以上、聞いていいのだろうか。
――――そんな疑問が健太郎の頭の中を駆け巡る。
―――――これ以上、聞いていいのだろうか。これは、この話は、ディオーネにとって辛い記憶を思い返させているのではないのだろうか。
疑問が駆け巡る。駆け巡る。駆け巡る。
健太郎が止めようとしたその直前に。
「―――――人体実験施設。そこで私は育った」
言葉が出なかった。
人体実験。
その言葉からは少なくとも良いイメージは抱かない。
健太郎はこの世界に来てさっきのハルトの件までは、このディオーネの話を聞くまでは、この世界を誤解していた。
この世界は、楽しいものばかりだと誤解していた。だけど違う。この世界は、それだけではない。
闇の部分も平然と存在している。
それも現実の、健太郎の元いた世界よりも深く、暗く、得体の知れない闇が。
その被害者が、このディオーネなのだ。
「私はそこにいた。実験台になっていた。毎日。毎日」
平然と、表情を一切変えずに、その美貌を崩さずに。
ディオーネは淡々と語り続ける。
まるで、紙に書いてある文章をただ読んでいるような。そんな感覚で。
いや、これこそがその実験の結果なのかもしれない。
健太郎は今まで、ディオーネは感情表現が苦手なだけだと思っていた。けど違った。感情表現を忘れるぐらいに、無感情にならざるを得なくなるぐらいに、ディオーネは実験台として、何らかの人体実験を受け続けたのだ。
「でも、ヘリオス様やフレア達が助けてくれた。からっぽだった私に、ヘリオス様とフレアは、私の事を家族だって言ってくれた。だから、家族」
健太郎が想像していた以上に。
ディオーネの《家族》という言葉は強く、特別な物だった。
「......どうして、それを俺に話してくれたんだ?」
こんな話は誰にだって気軽に出来るものではない。恐らく第零科の面々にもしてはいないだろう。だが、なぜそれをこんなタイミングで自分に話してくれたのか。
「......けんたろーは大切、だから」
「それって......家族、って意味?」
「......違う、と思う」
「違う?」
「うん。けんたろーには、知っておいて欲しかったから......私の事」
ここで初めて、健太郎はディオーネの表情が微かに変化していたことに気がついた。本当に僅か。一緒にいることが多かった健太郎にしか分からないであろう微妙な変化。
まるで、自分に戸惑っているような。
「知っていて、欲しかったから。何故だか分からないけれど......。ねぇ、けんたろー」
「な、何?」
先程までかなり重い話をしていて、ディオーネという少女の核心に触れようとしたはずだったのに、健太郎はディオーネの何処か色っぽいような表情にドキッとしていた。
(いや、ま、待て。さっきと何か違うぞ。何だこの雰囲気は......?)
背後を振り向き、ディオーネの表情を伺う。ディオーネは自分について何処か戸惑っているような表情を浮かべていた。今度は分かるぐらいにはっきりと。そしてその表情はどこか健太郎には色っぽく見えて、そんなディオーネの普段見せないような表情を見て心臓の鼓動が早くなった。
健太郎が口を開こうとした瞬間、コックピット内に警告音が鳴り響いた。反射的に頭の中のスイッチを切り換える。
「何だ?」
「魔力反応......これは......この魔力出力率は戦闘レベルの......!?」
ディオーネが告げた直後。目の前の水中迷路の壁が、強烈な破砕音を響かせると同時に砕けた。同時に何者かの機体が壁と共に雪崩れ込んでくる。
「これは!?」
雪崩れ込んできたのは、第一予選の時に接戦を繰り広げた《カシオペア・シェダル》。
水中用装備になっている為か第一予選の時とは少しばかり姿が違う。健太郎が唖然としていると、《カシオペア・シェダル》の方から通信が入ってきた。
『オリオン・ベテルギウスのパイロット、聞こえるか』
「あ、アンタは?」
『カシオペア・シェダルのパイロットのギル・ノーランだ。厄介な事になったぞ』
「厄介な事?」
『ああ。恐らく予選は中断だ』
「中断!? ど、どうして......」
健太郎の疑問に答えるかのように、コックピット内に《EMERGENCY》と描かれた太陽祭本部からの伝達ホロモニタが表示された。
「ッ!?」
驚く間もなく、目の前を魔力の閃光が駆け巡る。今の閃光は間違いなく、魔導銃の光。《カシオペア・シェダル》の後を追うように現れたのは、第七世代MCD、《カトレア》。
頭部のモノアイカメラと頭頂部側面にある耳のように突き出たカメラが特徴的なこのMCDは民間にも出回っている事で有名で、必要とされる用途のみをフレームに搭載することで簡略化、堅牢化、整備の簡略化に成功したMCDだ。
だが、民間に出回っているが故にその手に入れやすさから民間人と海賊のような無法者達にも多く出回っている事でも有名だ。
民間用のものはエンジンを低出力に押さえているが、そうでない者達の場合はそれらを改造している。
ディオーネに教えられたその知識を頭の中で思い返しながら、健太郎は改めて目の前のカトレアを見る。
水中用の装備をしており、黒い塗装と手にはシールドと、魔導銃。腰にはカットラス型のブレード。左腕にはワイヤーガンが装備されている。そして肩には所属を示すマーク。
そのマークを見て、健太郎は思わず目を見開く。
健太郎はそのマークを知っていた。そしてついさっき、そのマークの示す集団に属す者に友達を傷つけられた所だった。
ドクロマークにデフォルメされた《RB》の文字。
その《RB》の由来は《Robbery Beast》。
「――――海賊......《Robbery Beast》......ッ!」




