第一話 召喚、自宅警備員予備軍
バイクを趣味で集めていた姉から譲り受けたお気に入りにして相棒のバイク、CBR1000RRを走らせながら、天野健太郎は機嫌良く自宅への帰路についていた。夜道をヘッドライトと月の光が照らし、幻想的な光景が目の前に広がっていた。アスファルトの道路をバイクが駆け抜ける。ここから後はトンネルに入り、そのまま抜ければ街までつく。
今日は健太郎が日頃からプレイし、まさに極限までやりこんだと言っても過言ではない対戦ロボットアクションゲーム、<起動兵器ギャンダムエクストリームヴァーサス>の全国大会で見事優勝を飾ってきたのだった。しかも性能があまり高くない上に人気もあまりない、愛だけで使い続けてきた機体で優勝することが出来たのだから更に気分がいい。
背中のリュックサックや後部に無理矢理縛り付けてあるボストンバックには帰宅後家に集まった友人達と一緒に観賞するアニメのBlu-rayボックスがいくつかと携帯ゲーム機やそのソフト、そしてコミック等、その他諸々が入っている。
(ざまーみろ、強機体厨共が! フゥッハハハハァ!)
『好きで使っている機体なのに強機体厨扱いされる』というプレイヤー達がいるというのにそんなことを心の中で呟いたから天罰が下ったのだろうか。街へと続くトンネルの目の前の空間に異常が起きる。それを自覚した瞬間に、<それ>は訪れた。
――健太郎の目の前に、突如として神々しい光のトンネルが出現したのだ。
「う、わッ!?」
目の前という距離だった為にブレーキをするも間に合わず、健太郎はその光のトンネルの中へと突き進んでいった。
□□□
「あああああああああああ!?」
光のトンネルの中をバイクが突き進む。長いのか短いのか分からない時間を体感した後、光が晴れた。
すると健太郎の目の前に現れたのは――――壁だった。
「壁ぇぇぇぇぇ!?」
元々ブレーキをかけていたので何とか減速に成功し、バイクをめいいっぱい傾けることで何とかギリギリの所で激突を免れた。コンクリートの床にスリップ痕が出来ていたのを健太郎は見て、違和感を覚える。
(ん? <コンクリート>?)
だが、そんな疑問を覚えたと同時についさっきまで自分に訪れていた危機と奇妙な体験にぶわっと汗が出てくる。
「あっぶねー......」
目の前の危機を何とか潜り抜けた所でようやく周囲を見渡す。そこは薄暗い倉庫のような物の中だった。さっきまで健太郎がバイクでっていたのは真夜中のアスファルトの道路であり、こんな見慣れぬ倉庫の中では無かった。
辺りは物やダンボールが壁の方に乱雑に寄せられていて、倉庫そのものもやけにボロボロだ。天井は所々に穴が開いていて、そこから月の光が漏れているのが見えた。
「本当に成功したッスね......」
「まさか本当に成功するとはな......流石はディオーネといった所か」
薄暗い倉庫のような所の中から自分以外の声が聞こえてくるので、その声のする方向に目を凝らしてみると、二人の人影が見えた。目が薄暗さに慣れてきた為かぼんやりとだが姿を確認することが出来る。
一人は頭に帽子を逆向きに被っており、何故か作業着姿の少年で、もう一人はかなり大柄でガッシリとした体つきをしていて、髭面の顔は迫力満点。そして、傍の少年と同じく作業着姿。
「――――ようこそ」
そして更にもう一人。
少年と青年よりも手前に立っているのは二人に比べて小柄な少女だった。銀色の髪は差し込んできた月の光によって美しい輝きを放っており、更に驚くべきはその美貌。
健太郎はこれまでの十八年間の人生の中でこのような美少女とは彼の敬愛する二次元美少女の中でも一度も出会った事の無かった。胸のふくらみは大きくもなく、小さくもない。儚げで、少し強く抱きしめるだけで壊れてしまいそうな華奢な、体。色白の肌は彼女の美しさを更に際立たせている。
それ故にしばらくの間、その少女に見とれてしまっていた。
「貴方を待っていました」
「......へっ?」
健太郎が間抜けな表情を見せた瞬間、倉庫のような所の何処からかバンッという音が響いたかと思うと、少女達の後ろの巨大な扉が開き、月の光と共に、巨大な人影が姿を現した。
「......っ!」
思わず息を呑む。その巨大な人影。方膝をつき、頭を垂れているその巨大な人影はまさに<ロボット>と呼ぶに相応しい物だった。全長は約十五メートル。体の大半はフレームが露出しており、まだまだ未完成である事が伺える。ほぼ骨格しか出来ていない。かろうじて人の形を保っているだけに過ぎない存在。
だが、それでもこれは間違いなく<ロボット>だった。
健太郎がマンガやアニメの中でしか見たことのないような巨大なロボットに目を奪われていると、少女はゆっくりと背後のロボットを指差し、ただ静かに言葉を言いはなった。
「――――貴方に、これを動かしてほしい。貴方が、必要です」
健太郎にはそのただ地に膝をつけるだけのロボットの眼が、妖しく輝いたように見えた。
□□□
あの後、健太郎が案内されたのはさっきの倉庫から離れたところにある、学校の校舎を縮小してそのまま建てたかのような小屋だった。中に入るといくつか広い部屋があって、その内の一つの部屋に案内される。ドアの上についているプレートにはミーティングルームと見たことの無い文字で表記されていた。
(あれ?)
そこでふと、違和感を覚える。
今確かに、健太郎はプレートに表記されている文字を<ミーティングルーム>と読んだ。しかし文字自体は健太郎がこれまで見たことの無い文字だ。それを無意識の内に、日本語を読むのと同じように、当然の如く読んだ。
例えるなら、普段から日本語を使用している日本人が、英語を日本語を読むようにして読んだかのような。
(どうなってるんだ?)
何故か健太郎は知らないはずの文字を普段使用していたかのように理解していた。その事に疑問を持ちながらも、案内された部屋の中にある一席に腰をおろす。続いて入ってきた二人の少年と青年も続き、健太郎の向かいの席についた。丁度、健太郎の目の前に銀髪の美少女も座る。その銀髪の美少女の隣に、さっきの作業服姿の二人がついた。
「私の名前はディオーネ・セレネード。......まず理解して欲しいのは、ここは貴方の元いた世界じゃない」
「......はい?」
ナニヲイッテルンダコノコハ?
目の前の超絶美少女はまさかの電波系で、わざわざロリコン兼自宅警備員予備軍である自分を騙してあざ笑う為にあんな凝ったロボットの骨格を作ってこんなことを言い出したのだろうか。
健太郎はまだ知る由もなかったが、現実にまだ感覚が追いついていないとはまさにこのことだった。
だが唯一、しっかりと理解している事は、
――――ああ、こりゃ何かとんでもないことに巻き込まれたな。
「貴方が私の召喚に応じてくれたのは感謝します」
「いや、応じてないけどね。ただバイク乗ってたら勝手に突っこんじゃっただけだけどね。っつーかうん、もう十分に驚いたからそろそろ家に返してもらえるかな?」
「......冗談ではない。貴方はもう、解っているはず。感じているはず。この世界が貴方のいた世界と違うことに」
「違うって......」
そう言うディオーネという少女の目は感情はこもっていない。いや、感情が見えない。だが......いや、だからこそ冗談を言っているようには見えない。そして、健太郎の脳裏に浮かぶのは先程のあの巨大ロボットの骨格。ハリボテではない。月の光に照らされた金属のような鈍い光を放ち、今まで見たことのないような圧倒的な存在感と威圧感。
――リアル。
そう表現するに相応しい重厚な存在。
それが、その健太郎が感じた<感覚>が勝手にディオーネの言葉の裏付けをしている。
「い、いやいや。いくらなんでも流石にそんなんじゃ騙されないって。違う世界だとか何だとか言うのなら......えーっと、魔法の一つでも見せてもらわないと......」
「これでいい?」
健太郎が言葉を言い終わる前にディオーネの指先からボンッ! と炎が灯り、それを開けた窓の外に放つ。すると、轟!! と紅蓮の業火が建物の外の広大な大地に燃え盛った。
ダイナマイトだとかトリックだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてなく、もっと恐ろしいものの片鱗を健太郎は味わった。
「理解、した?」
「......したっす」
□□□
天野健太郎は理解する。
――これは紛れもない事実だ。
ディオーネは召喚といった。つまりはあのトンネルの目の前に現れた光がその召喚とやらだったのだ。
つまりは健太郎からあの光に入らなければ健太郎はこの世界に来ることは無かったかもしれないし、いきなり足元に光の穴が現れて有無を言わさず召喚、よりもかなり良心的なシステムだといえるだろう。とはいえ、何もバイクで夜道を走行している時に限って来なくてもいいではないかと思わないでもない。
そんな事をブツブツと脳内で文句を呟いていると、帽子を逆に被った少年がワクワクと興奮を隠しきれないようにして健太郎に視線を向けていた。ついにこらえきれなかったのか突然手をあげて、
「質問なんスけど、あの乗り物<バイク>って言うんッスか? ちょっと後で見せてもらっていいッスか?」
「静かにしろ、ハルト。まずは説明が先だ」
「へい。すんませんチーフ......」
髭面の男に一喝されてしょぼんとなったハルトと呼ばれた少年が静かになった所で健太郎は先に質問した。
「っていうか、どうして俺が......その、召喚? されたんだ? 自慢じゃないけど俺、そんなに人に誉められるような事何も出来ないけど」
強いて言うならば全国大会で優勝する程の<ロボゲーテク>だろうが、それは一般でいう<人に誉められるような事>ではないだろう。
「あの<召喚魔法>を発動させるにはまず<召喚する対象に何を望むか>――――つまり<願望>が必要。そして召喚によってこの世界に来るのは<術者が望んだ条件に適した者>。私の召喚魔法は成功した。なら、貴方は私の望んだ<私達を助けてくれる人>のハズ」
「助ける? 俺が?」
「私達は今、MCD関連で危機に陥っている。例えば予算やパイロットの不足がそれにあたる」
「え、MCD? さっきのあのロボットの事か?」
頷くと、少女は指を空に滑らせて人指し指で優雅に<Magic Control Doll>と描いた。指先から放たれるキラキラと光る銀色の光が文字を映し出している。
「MCDを発明した人は、MCDの三大要素である、
<Magic>
<Control>
<Doll>
の頭文字を取り、<MCD>と名づけた。MCDが生まれてからこの世界にMCDはなくてはならない存在としてこの世界と共に発展してきた」
魔法・制御・人形...MCD、などという単語を健太郎は今までにこの世界と同じく見たこともないし聞いた事もない。だが、実際にそれが存在している。理解が追いつけなくなりそうで頭がクラクラしてきた。
「それだけでなく、今年はこのままでは私達の<第零科>が無くなってしまうかもしれない」
「ちょっと待ってくれ」
健太郎はこめかみを抑えながら沈痛な面持ちで話を遮る。
「この世界が俺が元いた世界とはまるで違う世界で、魔法有り、巨大ロボット有りの俺得ファンタジー世界だということは分かった。けどな、そこでどうして俺が急に召喚されなきゃならんのだ?」
「私達の第零科を助けてほしいから」
「いや、だったらこの世界の人間でも何でも使えばいいだろう? 何でわざわざ俺みたいな自宅警備員予備軍みたいなのを召喚したんだよ。そもそも第零科ってなんだ?」
「それは俺が話そう」
そう言ったのは少女の隣に座っていた髭面の青年だった。
「俺はテスカ。こいつはハルト。俺達はディオーネと同じ、オメテオトル魔導学園の高等部第零MCD科
の生徒だ」
「が、学生?」
健太郎は――――あなた様がとても学生には見えないんですけど、という感想を口には出来ないので心の中にそっと閉まっておいた。
「因みに俺とディオーネさんが三年生で、チーフは四年生ッス。ああ、因みに高等部は十六歳から五年あって......」
「もういいハルト。......まあ、そんなわけで俺達は学生なんだが......問題は俺達が<第零科>だという事だ」
「その<第零科>っていうのが、どうかしたんですか?」
四年生という事は健太郎よりも一つ年上という事なので敬語になる。とはいえ、同い年でも敬語になっただろうが。
「簡単に言えば、俺達<第零科>は落ちこぼれの集まりだ」
「......?」
「<第零科>は学園での問題児達を集めた科だ。そしてその第零科に、MCDパイロットはいない」
「ど、どうして......」
「......普通、その問題児が作った物に誰が乗りたがる?」
「いや、でも......結局別世界から来た俺じゃあ、何も出来ないですよ? それに異世界から来たやつが必ずしも善人とは限らないんじゃ......」
「それは大丈夫だ。召喚された者には召喚者との間には<繋がり>が生まれる。その繋がりによって召喚者は召喚した者をある程度制御する事が出来る。お前の腕にある刻印がその証だ」
「刻印?」
見てみると、確かに現在の左腕、手首よりも少し上の位置に円形に翼を模したような刻印が在った。
「予算もなければパイロットも不足している。これでは実績もあげられない。実績がなければ第零科を潰そう、という意見も出てきている」
「......要するに、暴走する危険もない上にこっちの希望通りの条件でかつ、制御も出来て手頃なパイロットを得る為に、わざわざ召喚なんて大それた事をした、と」
「そういう事だ。まあ、他にはパイロットを金で雇うというのもあったのだが今では予算も限られててMCD開発が途中で中断するぐらい金が無くてな......いや、それに思いつきで始めたら事がまさか本当に上手くいくとは思わなかった事もあるが」
「へへっ、凄いッスよねー。別世界からの<召喚>をこうも見事に行えるなんて一千年に一人の天才とまで言われているディオーネさんぐらいにしか出来ないッスよ」
気楽に笑うハルト。テスカは苦笑しているし、ディオーネは相変わらず無表情無感情だ。それらを一瞥した健太郎は
「......ふっ」
と、一つ投げやりにため息をついた後、
「なんだそりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」
と、力の限り叫んだ。
こうして、とてつもなくしょうもない理由でとてつもなく無駄に天才な少女によって異世界に召喚されてしまった健太郎の異世界での生活が始まった。