第五話 工業高校って共学でも実質男子校と変わらない場合がある
後日。
エルナが学園に見学にやってきたというニュースは瞬く間に学園中に広がった。エルナはその外見が良いだけでなく、MCDパイロットとしても研究機関から実験機のパイロットに選ばれるぐらいに技量があるのだからそれも必然と言えるだろう。
どうやら、自分の目でそれぞれの科を見てから何処に転入するか決めたい、という要望らしい。なので、正式な転入はもう少し後になる。《カトル・シャウラ》は首都アポロンの研究所にある。しかし、転入先が決まっても、研究所に預けるままだろうが。
何しろ、《カトル・シャウラ》はその機体の性質上、かなりデリケートだ。内部には魔獣用の毒がある。下手に扱うのは危険だし、そもそも《カトル・シャウラ》は実験機だ。
「にしても、凄い可愛い子らしいッスね」
「みたいだな」
第零科の研究室。
《オリオン・ベテルギウス》の次なる装備の開発作業を進めながら、ハルトとテスカが呑気に呟いた。
その側で太陽祭に出品するゲームのシステム設定やステージデザインを考える作業をしながら、健太郎とクロードが答える。
「あー。確かに可愛かったですね」
「......何? 健太郎、お前あの噂のエルナ・ヴェノーラを見たのか?」
「? そりゃまあ。っていうか、昨日研究所にいたじゃないですか」
「その時は整備に集中してたからな」
「俺は緊張してて......」
「僕は研究所の女性職員のレベルの高さに感動していた」
三者それぞれの回答に返事をする健太郎に、クロードはシリアスな顔つきで健太郎に質問する。
「それで、だ健太郎......噂のエルナ・ヴェノーラの事だが......」
「ッ......」
そのクロードの顔つきはやけに......いや、今までにないぐらいに真剣で、思わず健太郎は身構えた。
――――もしかして、クロードさんとエルナの間には何かあるのだろうか。
この真剣な顔つきを見るとそう考えてしまう。そしてクロードは、その口を開いた。
「エルナ・ヴェノーラとは......一体どれだけ可愛かったのだ?」
「......」
釣られた。
と、クロードのシリアスな雰囲気に騙されて後悔した。
対するクロードはシリアスモードを崩さないままに健太郎に質問する。いや、シリアスモードというより顔が完全に劇画風になっている。
「くっ。昨日、いくら研究所女性職員の記録をつけているのに夢中になってしまっていたからな......不覚だった。せめて一目見れば俺の眼でスリーサイズも分かったというのに......!」
「分かるんですか!? 見ただけで!?」
「俺はこの眼の事を《解析眼》と読んでいる」
「すげえ無駄な能力ですね」
「フッ。俺の《能力》の事はどうでもいい」
自嘲気味に笑うクロードに対して健太郎は「厨ニ病乙」と言ってやりたかったが、よくよく考えればこの世界にはなまじ魔法もある分、そういった厨ニ能力を一概にバカにできない所もあるし、そもそも《オリオン・ベテルギウス》のあの厨ニ全開の外見を考えてしまった当人としても言いづらかった。
「それよりもエルナ・ヴェノーラの情報はよ」
「と言ってもですね......まあ普通に可愛かったですよ? それ以上何と表現すればいいのか分かりませんよ」
「ちっ。使えんな」
「酷い言いぐさですね」
「こうなったら、俺が万を辞して行くしかないな。なあに、勝負は一瞬だ。この眼で見ればいいだけだからな。そうすれば俺は新世界の神になれる」
(なれねーよ)
「まずは写真か......後はじっくりと情報を収集していこう。クックックッ。これは高く売れそうだ」
「あんた何をする気なんですか!?」
「そんな事はどうでもいい」
「どうでもよくなくね?」
「エルナ・ヴェノーラに関する詳しい情報はこの際求めん。だか! これだけは! 事前に聞いておかねばならん!」
ビシィ! と、クロードは健太郎を指さし、
「ズバリ! エルナ・ヴェノーラは巨乳か貧乳か! これだけは答えてもらおうか!」
クロードの圧倒的な迫力の前にしてたじろぐ健太郎。周囲に助けを求めるも、ディオーネはガレージだ。それに他の野郎共も興味津々で聞き耳を立てるのみなので、仕方がなく健太郎はエルナの姿を記憶の中から掘り起こす作業に従事する。
「......中の上ぐらい」
「ktkr!」
うおおおおおおお! と、研究所内の男子の殆どは大歓喜である。だが健太郎を筆頭とするロリロリの幼女を愛するロリ紳士達にとっては割とどうでもいい話である。
「時に健太郎よ。エルナ・ヴェノーラは現在、何処に宿泊している?」
「研究所の宿舎らしいですけど」
「国の最高峰の研究所の宿舎か......フッ。腕がなるじゃないか」
まさかコイツ忍び込む気か、と健太郎が思った瞬間にも男子達のテンションは上がっていく。
「みんな......俺は、いくよ」
「クロード......お前......」
「あそこのセキュリティは万全なんだぞ?」
「無茶だ......社会的に死ぬ気か!?」
「心配するな......俺は帰ってくるさ。桃色の戦場からな。今までも......そして、これからもだッッッ!」
そして再び「うおおおおおおお!」と野郎共が大歓喜する。そのテンションについていけない健太郎はこれ以上、尋問されないようにと研究室を後にした。
□□□
少しガレージの方の様子を見てこようとした所で、先程の話題の中心人物であるエルナとバッタリ出くわした。ついさっき勝手に色々喋ってしまったので顔を会わせづらい。
「ん? 何で顔をそらすのよ」
「いや......こっちにも事情があって」
「ふうん。へんなの」
落ち着いてきた所で改めてエルナを見る。既に学園の制服を身に纏っており、視線も自然と「中の上」の胸元へと移る。
「......確かに中の上だ」
「? 何が?」
「な、なんでもございません!」
「?」
と、ここで健太郎はふと疑問を抱く。
「あれ? そういえばどうしてエルナはこんなところにいるんだ?」
ここは第零科の研究室までの廊下であり、いうなれば第零科の校舎の中である。まさか迷ったのだろうか、と思ったが、迷ってこんなところまで来るはずがない。
「何って、見学だけど?」
「第零科に?」
意外だ、と健太郎は思った。確かに第零科は気に入ってるが、自分でも第零科はエルナのような優等生の来るような場所ではないと思っている。なので、こんなところに見学にくるなどとは微塵も思わなかったし、また、第零科の面々も思ってはいなかった。
「......意外と暇なんだな」
「どういう意味よそれ」
「いっておくけどな、ここは他の科みたいな良い所じゃねーぞ? 一人を除いて全員が男だし、もう男子高か工業高校並のむさ苦しい所だぞ?」
と、健太郎が忠告した所で研究室の方から「うおおおおおおお!」という歓声が響き渡ってきた。「ほらな」とため息をつきながら言う。そもそもエルナはまさか自分の事であんなにも盛り上がっているとは微塵も思うまい。
「楽しそうね......いいなぁ」
「......頭でも打ったか? それとも熱か?」
「本当に酷い言いぐさね......うーん。何ていうかな。私、学園には通っていても基本的に研究所でテストパイロットばかりしてたから、今までああいう同年代の子供と楽しそうに盛り上がった事なんて、あんまりなかったから。ちょっと羨ましいなって」
「......何か、テストパイロットも色々と大変だな」
「そうかもね。まあ、テストパイロットも中々悪くないけどね。それにしても第零科って今まで見てきた中で一番楽しそうな所ね」
「まあ、血迷っても第零科には来ない方がいいぞ」
脳内にクロードの姿を思い浮かべたのはきっと気のせいではないだろう。
「何処にいくかは私の自由よ。あっ、そうだ。ここって確か、一人女の子がいるんだよね。その子に会いたいんだけど」
「ディオーネの事か?」
「そうそう。そんな名前だった。有名人なんでしょ?」
「まあ......」
ディオーネはその才能もさることながら入学時に自ら望んで第零科に入ったといわれている変わり種である。そういう意味でもかなりの有名人だ。
とはいえ、わざわざ第零科に転入してきたという設定の健太郎も、模擬戦の事と重なって有名人といえば有名人だ。
「あの子と少しお話してみたくて。......《事件》の事も聞きたいし」
「事件......それってまさか......!」
健太郎の表情が凍り付く。自然と体は震え、エルナを凝視する。
「......知ってるの?」
「ああ......当然だろ」
こうした会話の間にも体の震えが止まらない。今にもここから逃げ出したくなる。あのときの記憶がフラッシュバックする。
「そう......知ってるんだ」
エルナは目を伏せる。
「忘れもしねえよ......あの......――――《壁面激突事件》の事は!」
空気が、凍りついた。
「......は?」
「......え?」
「何? 《壁面激突事件》って」
「知らないの?」
「いや、知らないし」
「......」
「......」
「どうも失礼しました。ごゆっくり見学を続けてください」
「まあ待ちなさいよ」
回れ右をした所で、首根っこをエルナに捕まれた。
「ちょっと詳しく教えてみなさいよ」
「やめろはなせ!」
そのまま笑顔でガレージまでの道案内をさせられながら、健太郎はエルナに渋々、黒歴史である壁面激突事件の事を話させられた。
だがその話の途中でふと、ならばエルナの言う《事件》、という疑問が浮かんだが、エルナの何かを誤魔化すかのような笑顔を見て、取りあえずその疑問については深く突っ込まないようにした。
□□□
取り敢えず、ガレージでディオーネやその他の作業中のメンバーとの顔合わせのような物を行い、その日はそれだけで帰った。「明日、データ取りの模擬戦あるから研究所に来てね」という一言と共に。
事実、その日の内には健太郎の過ごす物置小屋にそれを知らせる正式な通知が届いた。次の日には《オリオン・ベテルギウス》の調整も済ませ、研究所にへと運んだ。
国の中でも最高峰の研究所には当然、模擬戦の為の設備もある。第三科の時とは違い、今回は本当の意味で模擬戦なので、実弾はペイント弾に変えられ、剣系統の武装は模擬刀に変えられている。
ガレージ内にはエルナの《カトル・シャウラ》の調整が進められていた。その側でエルナが何か整備員と話をしており、それを終えるとエルナは健太郎とディオーネの元に駆け寄ってきた。
「もう来たんだ。今日はよろしくね」
そういって差し出してくる手に健太郎とディオーネが答える。
「あ、ああ」
「......よろしく」
「あの、ディオーネさん......あの事だけど......」
「......分かってる。後で昨日纏めたデータを渡す」
「......ありがとう。感謝するわ」
二人の間で交わされたやり取りは健太郎には分からない。だがこれは自分が踏み込む事ではないのだと思った。少なくとも、まだ。
「ディオーネさん」
「......チーフ」
「ついに《古代魔力融合炉》搭載機が完成したんですね?」
「はい」
「そうですか。いやはや、《カトル・シャウラ》も楽しみですが、そちらの機体も楽しみですよ。所で、この機体を造り上げた技術スタッフの生徒さんとお話をしたいのですが......」
「分かりました。案内します」
どうやら、自分がデータ取りの相手に選ばれたのはただのエルナの思い付きではないらしい。と、健太郎は少し今回の模擬戦に対する疑問を多少ながら晴らす。それと同時に、ディオーネがこの研究所の職員と親しい事が伺えた。
その後、着々と準備は進められ、模擬戦を行う時がやってきた。
模擬戦は研究所敷地内にある演習場で行う。殆ど大した障害物のない平坦な土地に《オリオン・ベテルギウス》と《カトル・シャウラ》の二機が立つ。周囲は装甲板で囲まれており、模擬戦用の武装では傷ひとつつける事は出来ないだろう。
「では――――始めてください」
研究所の技術スタッフのチーフの掛け声で、両機体が地を蹴った。先に攻撃範囲に入ったのは、エルナの駆る《カトル・シャウラ》だ。
「速い!?」
《カトル・シャウラ》は敵の懐に潜り込んで一気に敵を貫くという戦い方を得意としている。よって、その機動力は高いように設計されている。
右腕から繰り出されるレイピアの《突き》が襲う。
「ッ!」
しかしそれを《オリオン・ベテルギウス》の右手に持つダガーで受け止める。受けとめられるや否や、《カトル・シャウラ》はバックステップで交代し、更に再び《突き》を放つ。右手では対応が間に合わないので、今度は左手のダガーで受け止める。
しかし、《カトル・シャウラ》の猛攻はそれだけで終わらなかった。そこからレイピアの連続攻撃が始まり、《オリオン・ベテルギウス》は交代させられる。じりじりとその猛攻に追い詰められていった。
「速ッ......!?」
防ぎきれない。
そう思った瞬間、《カトル・シャウラ》の一閃が、《オリオン・ベテルギウス》のボディに直撃――――、する事はなかった。
「ッ!?」
《オリオン・ベテルギウス》の追加装甲、《オーロラコート》から放たれた《極光布》が、《カトル・シャウラ》のレイピアによる一撃を防いでいた。
「このっ......!」
「くっ!?」
《極光布》を盾にし、無理矢理レイピアを弾く。そのままバックステップで下がり、ペイント弾入りの《リボルバーガン》で牽制する。回転式拳銃から次々と魔法によって作り出されるペイント弾が発射される。このペイント弾もによる被弾もデータ取りの結果に反映される。
更に、バックステップにより地面に踏み込んだ直後、その反動を利用し、地面を蹴って《オリオン・ベテルギウス》は《カトル・シャウラ》に対して駆け出した。
(不意をつく気なの?)
だが、エルナはその不意の攻撃に対して反応した。焦らず、冷静に、かつ迅速にレイピアを突きだした。
(こ、こ......だ......ッ!)
ここで健太郎はコマンドを入力する。直後、《オリオン・ベテルギウス》は地を蹴りあげて宙返りを行う。そして、《レイピアが弾かれた》。
「ッ!?」
エルナには何が起こったのか分からなかった。いや、少し遅れて理解する。
先程、《オリオン・ベテルギウス》が行った宙返りの際に足で手元のレイピアを蹴りあげられたのだ。着地と同時に接近。ダガーで切りつける。
「くらえっ!」
「まだまだっ!」
ダガーは《カトル・シャウラ》の左手によって捕まれた。途端に、バシイッ! と、スパークが迸る。ただ単に模造刀を掴んだだけではこのような現象はおこらない。
「ッ!? これ、は......!?」
「......! 魔力盾!? MCDのハンドサイズにまで小型化されてるなんて......!」
ディオーネの言葉にエルナは笑みを見せる。
「正解......! 実験機も捨てた物じゃない、で、しょっ!」
そのまま弾き、互いに距離を取る。空中で回るレイピアを《カトル・シャウラ》は右手でキャッチした。
「次はこれを試してみようかしら」
エルナはそういうと、《カトル・シャウラ》の尾を可動させる。持ち前の機動力を活かして距離を詰める。適度に距離を詰めた瞬間、レイピアを横凪ぎに振るう。だが、それは健太郎にすら見え見えの隙だらけの攻撃で、だからこそ、思わずバックステップで回避した。だが、《カトル・シャウラ》はレイピアを横凪ぎに振るったと同時に回転しつつ、尾を振るう。尾のリーチはレイピアよりも遥かに長く、《オリオン・ベテルギウス》との距離を一瞬で詰め、その右腕を絡みとる。
「うっ!?」
「捕まえた!」
《カトル・シャウラ》の紫を基調とした赤黒いボディが目の前に迫る。尻尾の力は意外と強く、振り払えない。これだけ強く絡み付かれては、《極光布》で振り払う事も不可能だ。
「なんだこの尻尾......やけに力が強い......!?」
「まだまだこれからよ」
ニヤリ、とエルナは笑うと、尻尾の先端の針を《オリオン・ベテルギウス》の右腕の間接部に突き刺した。ドスッという鈍い音が響いたかと思うと、尻尾の先端の針はいとも簡単に突き刺さった。間接部は装甲に比べて脆弱だ。だが、それだけだった。
「......? なんだ?」
「これは......!」
ディオーネは何かに気がついたかのような反応を見せると、急いでホロキーボードを操作する。すると、尻尾に巻き付かれていた《オリオン・ベテルギウス》の右腕がパージされた。
「うわっ、どうしたんだ? って......!」
健太郎は目を見開く。パージした右腕が――――溶け始めていた。それも、内部から徐々に外側に侵食していくような溶け方だ。
「はぁ!? いやいやいやいや! ちょっと待て! 何これ何これ何これぇぇぇ!? さっき何打ち込まれたの!?」
「......あれは内側から機体を溶解させる毒」
「いや待って。これ模擬戦なんだよね。実弾無し、実体剣無しの模擬戦だよね? けど毒はありなの?」
「......あくまでもデータ取りの模擬戦だから」
「そういうこと」
「おい待て。下手したら機体全体がドロドロになっちまう所じゃねーか!」
「そこはちゃんと量を調節してるわよ......それじゃあ次はこれねっ!」
言うと、今度もまた尻尾を振るい、針を射出した。まさか射出が可能だとは思わなかったので、反応が遅れる。かろうじて回避したが、今度は左足の間接部に直撃する。《極光布》はあくまでも装甲から展開されるものであり、間接部まではカバーしてない。そこをつかれた。同時に、左足が動かなくなる。
「今度は何だ!?」
「......今度は......硬化液......」
「こ、硬化液?」
「間接部が固まってる......これでは左足が動かない」
「嘘ぉ!?」
これでは身動きが半減だ。いくら運動性能が高い《オリオン・ベテルギウス》といえども、片足が動かなくてはそれも存分に発揮できない。
「なあ......これってさ」
「......割とピンチ」
「だよなぁ......」




