柑橘
甘酸っぱい香りがアナタは好き。私は甘い香りが好きなんだけど、アナタに合わせて香水は柑橘系。だって、振り向いてほしいの。少しだけでも。アナタに。
「千鶴」
ふわっと柑橘の香り。彼の愛用してる香水の匂いだと、私は瞬時に悟る。だから私は、彼専用の笑みを浮かべて、振り返った。
「遅いよ、啓介」
「ごめん、部活遅れてさ」
恋人同士みたいな会話が耳を擽る。今風な彼は、街中でも結構目立つ…だって、カッコいいんだから。でも残念ね、私はあなた達よりもっと昔から彼を知ってるのよ、と心の中で啓介に目をやる女達を笑ってやる。
オープンカフェで一息つく。すると、啓介のポケットから軽快なメロディ……確か、先週発売されたばかりの新曲。さすが啓介、と何だか嬉しくなった。……
「……由香?は?無理だよ今からは」
ピタリ。
ジュースをストローでかき回していた私の手が止まった。…由香…!
「…ちょっと待って、……千鶴、あのさ…」
「わかってるって、行ってらっしゃい。可愛いカノジョ待たせちゃダメでしょ」
「……でも……」
「由香待ってるんでしょ?早く」
急かすように私。
啓介と由香は先月から付き合い始めた。…私と啓介はただの幼なじみ。たった少しの間に、濃い境界線が私たちを裂いた。
安心してたんだ。だって啓介とはずっと一緒だったから。幼稚園から高校まで。啓介も私を好きなんだと思い込んでた。
滑稽な私をチラッと見やり、由香の元へ行くことを決意した様子の啓介。
「もしもし由香?やっぱ行く。今どこ?」
携帯片手に喋りながら私に手を振ってくる。だから私も笑顔で返す。
行ってらっしゃい、啓介ー…。
柑橘の香り。
それは私と彼を結ぶ唯一の架け橋。
この香りでつなぎ止めたい。
だから今日も、私の香水は柑橘系。