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揺らぐ気持ち(Ⅰ)

33話


夜は、静かすぎるほど静かだった


時計の音だけがやけに響く部屋で

音羽は何もせずに座っていた


考えることはもう決まっているはずなのに、

頭の中は妙に空っぽでただ時間だけが過ぎていく


コンコンと控えめな音がしたのは、そのときだった


一瞬、動きが止まる

この時間に来る人間なんて限られている


ゆっくりと立ち上がり扉に向かう

開ける前から分かっていた。


「……何しに来たの」


扉を開けた先にいたのは

やっぱり神楽陸だった


少しだけ息が上がっている

急いで来たのが分かる


それでも、視線は真っ直ぐだった


「話があります」

短い一言

いつもよりも低い声

迷いがない


音羽は一瞬だけ目を細めたあと

何も言わずに扉を開けたまま背を向ける


「……入れば」

それだけ言って、部屋の奥へ戻る


歓迎なんてしていない

それでも追い返さない時点で、もう拒絶はできていなかった


陸は静かに中へ入り、扉を閉める

部屋の空気が少しだけ重くなる


「……それで」

音羽は振り返らないまま言った


「何の話?」

試すような声だった

知らないふり

関係ないふり


でも——陸にはもう通じなかった


「家族のことです」

その一言で、空気が止まる


ピクリ、と音羽の肩が僅かに揺れた

ほんの一瞬。


それでも見逃さなかった


「……何それ」

あくまで軽く返す

興味がないように

けれど、声が少しだけ掠れていた


「調べました」

淡々とした声が続く


「全部じゃない。でも、分かる範囲で」

足音が一歩近づく


「……普通じゃないですよね、あの家」


沈黙。

音羽は何も答えない。

ただ、背中を向けたまま動かない


「事故の記事、見ました」

さらに一歩


「同じ名字で、時期も場所も近い。偶然にしては出来すぎてる」


心臓が、嫌な音を立てる

それでも、振り返らない


「……だから何」

やっと出た言葉は、ひどく冷たかった


「別に、珍しい話じゃないでしょ」

切り捨てるように言う


でも——陸は止まらなかった


「金の流れも、おかしい」

間を置かずに続ける


「保険金、不自然な収入、家の状況と合ってない生活水準」


一歩、また近づく


「……全部、繋がってる気がするんです」


そこで、ようやく音羽が振り返った

その目は、冷えているはずだった

でも実際は——少しだけ揺れていた



「……それで?」

低く問う


「私に何を言わせたいの」

その声は、どこか苛立っていた


触れてほしくない場所を

無理やり抉られているような感覚


「全部、知ってるんですか」

真っ直ぐな問いだった

逃げ道のない言い方


音羽の呼吸が、一瞬だけ止まる


「……知ってたら、何」

吐き出すように言った


「あんたに関係ある?」

その言葉は、拒絶だった

壁を作るためのもの


でも——弱かった


「あります」

即答だった


「ありますよ、関係」

一歩、距離が縮まる


「俺は、あの家の空気を見た」

低く、押し殺した声


「あなたが、どんな顔してたかも」

さらに一歩


「あれ見て、何も思わない方が無理です」

音羽の目が、わずかに揺れる


「……勝手に、決めつけないで」

声が震えた。抑えようとしているのに、抑えきれない



「別に、普通だから」


「あれが普通?」

被せるように返す


「あんな扱いされて

それでも普通だって言うんですか」

言葉が、刺さる


分かっている

全部、分かっている

でも——認めたら、終わる


「……関係ないって言ってるでしょ」

強く言ったつもりだった


でも、もう遅かった


「関係あります」

また、同じ言葉

でも今度は少しだけ優しかった


「放っておけないんです」

その一言で、何かが崩れた


「……は?」

思わず漏れる声


「なんで」

理解できないという顔


「なんで、あんたが」

関係ないはずの人間

巻き込む理由なんてない


「……好きだからです」

静かだった

でも、はっきりしていた

音羽の思考が、一瞬止まる


「……は?」

もう一度、同じ言葉が出る

今度はさっきよりも小さくて、弱い


「自分でも、気づいてなかったです」

陸は続ける


「でも、気づいたら

目で追ってて気になってて、放っておけなくて」

苦笑する気配


「多分、最初からそうだった」

音羽は何も言えない

ただ、見ていることしかできない


「だから」

一歩、さらに近づく


「関係ないとか、言わないでください」

その距離は、もう逃げられない位置だった


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