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仕組まれた夜

第29話 


「……ごめん、急に呼び出して」


夜の街

柔らかい照明の下で、

真凜は少しだけ申し訳なさそうに笑った。


その仕草は、いつもより控えめで。

どこか“弱っている”ように見える。


「いえ」


神楽陸は短く返す。


その視線は、冷静だった。


 


「ちょっと、話聞いてほしくて」


グラスに手を伸ばす。


「最近ほんとにしんどくてさ……」

ため息混じりの声


でも、その目の奥は——冷えている


(……まだ警戒してる)


分かっている

だから——

“崩す”


「ね、少しくらい付き合ってよ」


笑って、グラスを軽く持ち上げる

断りづらい空気

陸は一瞬だけ迷ってから、それを受け取った


(よし)

時間は、そうかからなかった


「……大丈夫ですか」

少しだけ低くなった声


視界が、ほんの少し揺れる


酔い

いつもより、強い


「うん……ちょっと、飲みすぎたかも」


真凜は、わざとふらつく

肩に、軽く寄りかかる


「送ってくれる?」


拒否しづらい距離

陸は小さく息を吐いた


「……分かりました」


そのやり取りの少し前

ポケットの中で、スマホが震えた


画面に表示された名前を見て

音羽は一瞬だけ眉をひそめる


——真凜


嫌な予感しかしない


「……何?」

出ると、すぐに声が飛んできた


『ねえ音羽、今すぐ来て』

切羽詰まった声


『お母さんが倒れたかもしれない』

一瞬で思考が止まる


「は?」


『場所送るから!早く!』

一方的に通話が切れる

すぐに届く位置情報


(……なんでこんな場所)

見覚えのないエリア


でも考えてる時間はない

足は、もう動いていた。


そして——


「ここでいいから」


真凜が立ち止まる。

ホテルの前


「……ここ?」

陸の眉がわずかに動く


「ちょっと休めば大丈夫だから」

笑う


“深く考えさせない速度”でそのまま腕を引く

すべてが、仕組まれているとも知らずに



——数分後


部屋の中


「……水、ありますよ」


陸が、距離を取る


触れない

踏み込まない



(ちょっと、固いな)


でも問題ない


「……ありがと」


ベッドに腰掛ける

わざと、少しだけ服を崩す


そのとき——


コンコン、と

 


ドアがノックされる



「……え?」



陸が振り向く

タイミングは、完璧


ドアが、開く

そこに立っていたのは——


音羽だった


一瞬だけ、空気が止まる


「……何してるの?」

静かな声


感情が、乗っていない


その視線が、部屋の中をなぞる

 

ベッド、距離、状況

全部を、一瞬で理解する。



「……違います」

陸が、すぐに言う。


でも——

音羽は、それを遮らなかった


ただ


「そう」

それだけ

 

否定もしない

怒りもしない

その反応に


真凜の目が、わずかに揺れた


(……は?)

おかしい。


もっと動くはず。

焦るはず。

傷つくはず。


なのに——


「じゃあ、邪魔したね」

それだけ言って。


音羽は、背を向けた。


(なんで……)


その瞬間

胸の奥が、ざわつく


「……ねえ」

思わず、声が出る。


音羽は、振り返らない。


「ちゃんと見た?」

少しだけ、強く言う。


その背中が、止まる。


「私たち」


わざと、間を作る。


 

「付き合ってるから」

その言葉が、静かに落ちた。


空気が、張り詰める。


でも——

音羽は、振り返らない。


「……そっか」

ただ、それだけ。


そのまま、歩いていく。


ドアが閉まる音が、小さく響いた。


沈黙。


 

「……は?」

真凜の顔から、笑顔が消える。


(なんで、効かないの)

その横で。


「……今の、どういう意味ですか」

陸の声が、低く落ちた。


さっきまでの空気とは、明らかに違う


疑い

確信に変わりかけている、温度

 

(……あ、これ)

一瞬で理解する。


——やりすぎた。


でも

もう、引けない


「だから言ったでしょ?」

笑う。


「私たち、そういう関係」

その嘘が



静かに、崩れ始めていた


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