壊れたフリ
第25話
「ごめん……ちょっと、無理かも……」
か細い声だった。
夕方のカフェ
人の少ない奥の席で
真凜は俯いたまま肩を震わせている。
その向かいに座る神楽陸は、何も言わずにその様子を見ていた。
「最近、ちょっと……しんどくて」
途切れ途切れの言葉
握られた手
震える指先
「家でも……なんか、空気悪くて」
ぽつり、ぽつりと落とされる言葉は
すべて計算されている。
弱さの見せ方
頼り方
“守られる側”の完成形
(上手いね)
少し離れた席
音羽はコーヒーに口をつけながら、視線だけを向ける。
(でも——浅い)
前世の自分なら、きっと分からなかった。
でも今は違う。
どこで涙を落とすか
どのタイミングで声を震わせるか
全部、分かる。
「……何かあったんですか」
陸の声は低い。
優しさはある。
でも、まだ踏み込みきらない距離。
「……うん」
小さく頷く。
そして——
「……お姉ちゃんに、言われて」
来た。
(ここで、それ使うんだ)
「“あんたなんかいなければよかった”って」
ぽろりと、涙が落ちる
(言ってない)
でも、そんな事実は関係ない
大事なのは——
“そう聞こえるかどうか”
「昔から、そうで……」
「私が何しても、気に入らなくて」
「ちょっとでも目立つと、すぐ怒って……」
震える声
息を詰まらせるような間
完璧だった
「……それは」
陸の言葉が、詰まる
否定できない
でも、完全に飲み込めない
その曖昧さを——
真凜は逃さない。
「ごめんね……こんな話」
顔を上げる
涙で濡れた目
でも、その奥にあるのは——
計算
「でも、誰にも言えなくて……」
その一言で“特別”になる
相談された側
頼られた側
逃げられない立場
(ほんと、よくできてる)
音羽は静かに視線を落とす
スマホの画面
録音は、続いている
(あと少し)
そのとき
「……本当なんですか」
陸の声
少しだけ強い
(揺れてる)
真凜は、ほんの一瞬だけ目を細めた
(詰める気だ)
でも——
すぐに、表情を崩す。
「……信じてくれない?」
静かに、問い返す
その言い方
責めているわけじゃない
でも、“信じない側が悪い”空気を作る
「……」
陸が黙る。
(ほらね)
真凜の口元が、わずかに緩む。
勝ったと思っている顔。
でも——
「……分からないです」
その一言で
空気が、止まる。
「どっちが本当か、まだ」
まっすぐな目
逃げない視線
(……へぇ)
音羽は、ほんの少しだけ目を細めた
完全には、落ちていない
いい
その方が、いい
「……そっか」
真凜は、小さく笑う。
でも——
その目の奥に、一瞬だけ黒いものが滲んだ。
(じゃあ、次だね)
その視線が、ほんの一瞬だけ——
こちらに向いた。
気づいている
完全じゃないけど
何かを、感じ始めている
でも——
もう遅い
全部、揃ってる。
あとは——
壊すタイミングだけ
音羽は、静かに立ち上がる
その場を離れる
イライラするくらい、ゆっくりと
終わりを、引き延ばすように
でもその裏で
確実に、終わりは近づいていた。




