塗り替えられる距離
第24話
それは、偶然を装って何度も起きた
最初はカフェの前
次は駅のホーム
そして今度は——
会社の近く
「え、また会ったね〜」
明るい声
わざとらしく少し驚いた顔
でもその目はまったく驚いていない
狙っている目
神楽陸は、ほんの一瞬だけ視線を細めた
「……本当に偶然ですか?」
低く、淡々とした問い
「え〜ひどい」
真凜は笑う
少しだけ肩をすくめて、冗談みたいに流す
でも、その一歩は自然に距離を詰めていた
「そんな警戒しないでよ。お姉ちゃんの知り合いでしょ?」
その言葉
音羽の名前を出すことで
“無関係じゃない距離”を作る
(うまいね)
少し離れた場所で、その様子を見ながら思う
偶然を重ねることで必然に見せる
警戒を“気まずさ”に変える
そこに“姉”という関係を挟むことで
完全に拒絶しづらくする
前世でも、そうやって人の懐に入り込んでいた
「……そうですけど」
陸の声は変わらない
でも——
完全に切っていないそれが分かる
「じゃあさ、ちょっとだけいい?」
軽い口調のまま、真凜が歩き出す
断りづらい空気を作って
陸は、ほんの一瞬だけ迷ったあとついていった
(……そうだよね)
音羽は目を伏せる
分かっていた
人は、完全な善でも悪でもない
少しの違和感があっても、
目の前の“分かりやすい好意”に流されることはある
(でも)
それでもいい
むしろ、その方がいい
数日後
「ねえ、聞いてくれる?」
真凜の声は
前よりも少しだけ柔らかくなっていた
陸の隣に座る距離も近い
「お姉ちゃんのことなんだけどさ……」
来た
(またそれ)
「昔から、ちょっと怖くて」
少しだけ目を伏せる
「機嫌悪いとすぐ怒るし……」
指先をぎゅっと握る仕草
「正直、家でもあんまり居場所なくて」
声が、少し震える
(全部、嘘)
でも
その“作り方”は完璧だった
見ている人間に、“守りたい”と思わせる温度
「……」
陸は、何も言わない
ただ、黙って聞いている
その沈黙が
真凜には“受け入れられている”ように見える
「でもね」
少しだけ顔を上げる
「音羽って、外ではいい顔するから」
笑う
「きっと、騙されてる人も多いと思う」
(……へぇ)
音羽は
スマホの画面を見つめながら小さく息を吐く
録音データ
増えていく
嘘
誇張
印象操作
全部、積み上がっていく
(いいよ)
もっとやればいい
そのたびに
“終わり”が近づくだけだから
ある日
「……音羽さん」
名前を呼ばれる
振り返ると、陸がいた
少しだけ、疲れたような顔
「少し、いいですか」
その声に、ほんの少しだけ違和感が混じる
(揺れてる)
完全には信じていない
でも、完全に否定もできていない
その状態
一番、崩しやすい
「どうしたの?」
いつも通りに、聞く
「……妹さんのことなんですけど」
来た
「色々、聞いて」
言葉を選んでいる
「その……」
迷い
(人間だね)
少しだけ、胸の奥がざわつく
でも——
「何を聞いたの?」
先に、促す
逃げ道を、与えない
陸は、一瞬だけ目を閉じて
「あなたが、妹さんに厳しいって」
その言葉に
ほんの少しだけ、沈黙が落ちる
でも——
音羽は、笑った。
「そうかもね」
あっさりと、認める
「え……」
予想外の反応
「だって」
ゆっくりと、視線を合わせる
「ちゃんと見てないと、分からないこともあるでしょ?」
それだけ
説明しない
否定もしない
その余白が一番、考えさせる
「……」
陸は、何も言えなくなる
(もう少し)
あと少しで
全部ひっくり返るその瞬間を
音羽は、静かに待っていた
イライラするくらい、ゆっくりと




