切り離しと断罪
第22話
部屋の中は、いつもと変わらないはずなのに。
どこか、空気が違っていた
もうここは、自分の居場所じゃない
スーツケースを開く
必要なものだけを、静かに詰めていく
服は最低限
書類
通帳
そして——
スマホの中にある、すべての証拠
(これで、終わる)
ふと、手が止まる
この部屋で過ごした時間
与えられたものは、ほとんどなかった
それでも——
(……もういい)
未練はない
静かに、スーツケースを閉じる
そのとき
「音羽ー?」
廊下から、母の声
一瞬だけ、視線が扉に向く
(最後)
そう思うと、不思議と何も感じなかった
ドアを開ける。
母の言葉に
音羽は何も言わずに
そのままゆっくりと顔を上げた
その瞬間——
「……は?」
母の表情が、明らかに固まる
視線が、音羽の顔に釘付けになる
「……あんた、その顔……なに?」
訝しむような声
音羽は、淡々と答える
「別に」
ダテメガネは、もう掛けていない
隠されていた目元
整った輪郭
“今まで見ていたはずの顔”なのに——
まるで別人のように見える
「……気持ち悪いんだけど」
母が、顔をしかめる
「調子乗ってんじゃないわよ」
吐き捨てるように言いながらも
その視線はどこか落ち着かない
(分かってるくせに)
“隠させていた理由”を
「いいから、さっさと買い物行ってきなさいよ」
声を荒げる
いつも通りに戻そうとするみたいに
「無理」
音羽は、短く言い切る
その顔のまま。
そのまっすぐな視線のまま
母は、一瞬だけ言葉を失った
「……は?」
空気が、止まる
「自分で行けばいいじゃん」
淡々と返す
「何その言い方——」
言葉の途中で、遮る
「もう、そういうのやめるから」
静かに、でもはっきりと
視線がぶつかる
母の顔が、歪む
「……調子乗ってんの?」
「別に」
一歩、距離を取る
「ただ——もう従わないだけ」
その一言で
関係は、完全に切れた
家を出る
振り返らない
(終わり)
その一歩で
過去が、切り離された
新しい部屋は
小さいけれど綺麗だった
前世のボロアパートとは違う
ちゃんと、自分で選んだ場所
(ここから)
荷物を置く
深く、息を吐く
誰にも奪われない空間
それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる
でも——
(まだ終わってない)
視線が、スマホへ落ちる
ここからが、本番
画面を開く
保存されたデータ
妹の証拠
金の流れ
そして——
(足りないもの)
“殺害の証拠”
前世では、聞いただけだった
でも今回は違う
「証明する」
そのために動く
数日後
音羽は、ある場所にいた
古い資料館
事故記録
保険情報
当時の新聞
すべてが保管されている場所
(ここにある)
記憶を頼りに、辿る
日付
名前
検索
——出てきた
「……これ」
画面を見つめる
事故報告書
一見、ただの交通事故
でも——
(おかしい)
細かく読む
ブレーキ痕がない
目撃証言のズレ
時間の不一致
「……細工されてる」
確信する
さらに調べる
関係者
当時の担当者
保険の処理
そして——
一つの名前に、辿り着く
(繋がった)
父の、知り合い
事故処理に関わった人物
「……やっぱり」
点が、線になる
これで
“事故じゃない”
証明できる
スマホにデータを保存する
複数にバックアップ
(これで終わり)
誰も
逃げられない
逃がさない
夜
部屋に戻る
静かな空間
ベッドに座り、スマホを見る
すべての証拠を並べる
妹
両親
そして——
殺害
「……終わらせる」
静かに、呟く
これは復讐じゃない
——断罪だ
奪われたものの代償
すべて、支払わせる
逃げ場なんて、最初からない
その夜
音羽の中で、すべてが完成した。
あとは——
壊すだけ




