取り戻す顔
第21話
静かに
ペンを置いた
机の上に並んだ情報
妹の裏
男の存在
両親の金の流れ
すべてが繋がり
ひとつの“終わり”の形を作っている
(……揃った)
もう、いつでも壊せる
そう確信した瞬間
不思議と胸の奥が軽くなった
怒りも
憎しみも
消えたわけじゃない
ただ——
それに支配される段階は
もう終わった
(じゃあ、次は)
視線がゆっくりと部屋の中をなぞる
この狭い空間
与えられたベッド
古い机
ここで過ごした時間
ここに縛られていた自分
(……もう、いい)
ぽつりと、心の中で区切りをつける
ここはもう、自分の場所じゃない
最初から
違ったのだから
椅子から立ち上がる
鏡の前へと歩く
そこに映るのは
見慣れた自分
疲れた顔
覇気のない目
そして——
わざと掛けさせられていた、ダテ眼鏡
(……これ)
指先で、そっと触れる
前世では、疑問にも思わなかった
ただ言われるままに掛けていた
“見れた顔じゃない”
“その方がいいから”
そんな言葉を
何も考えずに受け入れていた
でも本当は違う
(隠されてただけ)
自分を
わざと価値の低い存在に見せるために
ゆっくりと
眼鏡を外す
視界が
わずかに変わる
それ以上に——
鏡の中の自分が変わった
目元が、はっきりと見える
曇りのない視線
隠されていた輪郭
(……こんな顔、してたんだ)
少しだけ、見つめる
前世では気づかなかった
見ようともしなかった
でも今は違う
ちゃんと、自分を見る
(悪くない)
小さく、息を吐く
そのまま眼鏡を机に置いた
もう二度と、掛けることはない
隠れる理由も、必要もないから
(外に出る)
その考えは自然だった
翌日
音羽は、家を出た
いつもより少しだけ早い時間
誰にも何も言わずに
向かう先は決まっている
前世では行かなかった場所
行く余裕すらなかった場所
求人情報で見つけた会社
小さすぎず
大きすぎない
だけど、ちゃんと評価される場所
(ここなら)
直感に近い確信があった
受付で名前を伝える
少しだけ驚いたような顔をされた
それも無理はない
今までの“音羽”とは違うから
案内されて、椅子に座る
背筋を伸ばす
無理に作らない
自然に、ただそこにいる
(大丈夫)
そう思えた
面接官が入ってくる
視線が合う
その一瞬で、分かる前世とは違う反応
値踏みじゃない
軽視でもない
“見る目”だ
(……来る)
質問が始まる
これまでの経歴
仕事の経験を淡々と答える
でも
ただ言われたことをこなしていた前世とは違う
“自分で考えて動いたこと”として
言葉にする
視線が変わる
明らかに、興味を持たれているのが分かる
(ちゃんと、伝わってる)
小さく、確信する
最後に、言われた
「最後に、何かありますか」
一瞬だけ、考える
でも、答えはすぐに出た
「——評価される場所で、働きたいです」
静かに、言い切る
前世では言えなかった言葉
選ばれる側じゃなく
選ぶ側でいたいという意思
その場の空気が、わずかに変わる
「……そうですか」
面接官は、小さく頷いた
その目は、少しだけ柔らかかった
建物を出て
空を見上げる
光が、少し眩しい
(……違う)
たったそれだけのことなのに
世界の見え方が違う
何も変わっていないはずなのに
全部が違う
ポケットの中でスマホが震え
取り出す
メッセージ
『この前の店の近くにいるんだけど』
神楽陸の名前
思わず、少しだけ口元が緩む
(……タイミングいい)
偶然じゃない
でもそれでいい
全部繋がっている
前世では手に入らなかったもの
選べなかった未来
(今度は)
ゆっくりと、歩き出す
もう、戻らない
あの場所にも、あの自分にも
(取り戻す)
人生を
自分を全部
その一歩は静かで
でも確実に、未来を変えていた




