空っぽの理由
第15話
「……ぼく、こっちがいい」
その一言で
世界が、音を失った。
「……そっか」
自分でも驚くくらい、静かな声だった
泣きもしない
怒りもしない
ただ——
「ああ、終わったんだ」
そう思った
「いいの?」
妹が、わざとらしく確認する
「もう、戻れないよ?」
「……うん」
迷いのない返事
その瞬間
胸の奥で、何かが崩れ落ちた
「……行こうか」
妹が手を取る
小さなその手は
もう、こちらを見なかった
「……」
何か言おうとして
やめた
言葉なんて、もう意味がない
ただ二人の後ろ姿を
見ている事しかできなかった
静寂
一人になった部屋は、広すぎた
さっきまで、ここにいたのに
笑っていたのに
(……あれ)
何を食べてたっけ
いつ、寝てたっけ
どんな声で、笑ってたっけ
思い出そうとしても
ぼやける
「……」
床に座り込む
空っぽだった
何も、残っていない
——いや
一つだけ、残っていた
(……あの子が、大好きだった)
それだけが
消えなかった
数日後
街で、見かけた
笑っている姿
綺麗な服
隣には——
真凜とあの子
「ママ」
そう呼んで、笑っていた
「……」
足が止まる
(ああ)
ちゃんと、笑ってる
それだけで、よかった
そう思おうとしてできなかった
胸が、痛い
苦しい
でも
「……よかったね」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた
それから
生活は、さらに苦しくなった
仕事も減り
体も、動かなくなっていく
病院で告げられた言葉は、簡単だった
「……長くは、ありません」
その言葉は
驚くほど、すんなり入ってきた
「そうですか」
自分の声が、やけに他人みたいに聞こえる
医者は何か説明していたけど
半分も、頭に入ってこなかった
(ああ、終わるんだ)
ただ、それだけだった。
外に出る
風が、冷たい
(寒いな)
それすら、どこか遠い
歩きながら
ふと、思う
(……なんで)
何のために、生まれてきたんだろう
立ち止まる
何も、浮かばない
あの子のために、生きてた
働いて
我慢して
全部、あの子のためだった
(じゃあ、今は?)
答えは、なかった
部屋に戻る
静かだった
あまりにも、静かすぎて
耳が、痛い
「……」
無意識に
「ただいま」
声が、出た
返事はない
当たり前なのに
少しだけ息が詰まる
部屋の隅に
小さな靴が置いてあった
(……まだ、あったんだ)
捨てられなかった
捨てる理由が、分からなかったから
手に取る
軽い
こんなに、小さかったっけ
「……ママ」
ふと、声が聞こえた気がした
顔を上げる
誰も、いない
「……そっか」
もう、呼ばれないんだ
その事実だけが
ゆっくりと、沈んでくる
「……はは」
笑った
空っぽな音だった
数日後
体は、どんどん重くなっていった
仕事も、続かない
食事も、まともに取れない
ただ
時間だけが、過ぎていく
(……これ、生きてるって言うのかな)
天井を見ながら、ぼんやり思う
何もない
本当になにも
それでも
一つだけ
引っかかっていた
(……知りたい)
今までの違和感
どうして
こんな事になったのか
立ち上がる
足元が、ふらつく
それでも
「……行こう」
どこに向かうかなんて
決まっていた
——あの家に




