草原に響く一矢
砂漠を抜け、草原へと移り変わる境界付近。
風の匂いが変わり始めた頃だった。
先を行くカリムの気配が、ふっと消えた。
アッシュが足を止める。
レーネとポルも緊張を走らせたその瞬間──
カリムが、まるで空気から滲み出るように戻ってきた。
「……大型の魔獣です。
この先、五百ほどの距離に一体。
迂回は可能ですが──」
ポルが問う。
「危険か?」
カリムは首を横に振った。
「いえ。
倒した方が早いでしょう」
その声音は淡々としていた。
恐れも焦りもない。ただ“事実”を述べるだけの声。
アッシュは頷く。
「やるか」
「承知しました」
カリムは再び姿を消すように前へ走った。
草原の先、地面が盛り上がるように揺れた。
土煙を上げて現れたのは、牛ほどの巨体を持ち
黒い甲殻に覆われた四脚獣。
レーネが前に出る。
「……来ます。
《アイスウォール》!」
地面から氷の壁が立ち上がり、魔獣の進行を遮る。
巨体がぶつかり、氷が軋む音が響く。
レーネは歯を食いしばる。
「ここで止めます!」
アッシュは剣を構えながら、
ふと、風の流れが変わったことに気づいた。
(……カリム?)
次の瞬間だった。
遠く、どこか“見えない位置”から、
空気を裂く鋭い音が走る。
──ヒュッ。
魔獣の甲殻を貫く乾いた衝撃音。
氷壁の向こうで、巨体が痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
レーネが呆然と呟く。
「……え?」
ポルも目を見開く。
「今の……どこから撃った?」
アッシュは静かに答えた。
「……確認出来ないほど遠くだ」
氷壁が溶けていく中、
草原の向こうから、ゆっくりと一人の影が歩いてくる。
カリムだった。
大弓を背に戻しながら、淡々と報告する。
「討伐完了です。
急所を貫きましたので、苦しまずに済んだはずです」
レーネが驚きのまま言う。
「……あの距離から、急所を?」
カリムは小さく首を傾げた。
「大弓とは、そういう武器です。
砂漠では……遠くから仕留めなければ、こちらが死にますので」
その言葉は誇りでも自慢でもなく、
ただの“事実”として語られていた。
アッシュはその姿を見つめ、
ザラフが託した理由を改めて理解した。
(……これが、アラド族の斥候か)
カリムは軽く一礼した。
「進行を再開しましょう。
この先は、魔獣の気配は薄いようです」
四人は再び歩き出す。
草原を渡る風が、静かに彼らの背を押していた。




