砂漠に残った命の灯
砂丘を下りきると、熱気が一段と濃くなった。
オアシスの水面が近づくにつれ、湿った空気が肌にまとわりつく。
ザラフはアッシュを担いだまま歩みを止め、短く言った。
「……着いたぞ。ここがゼル=アラドだ」
レーネは思わず息を呑んだ。
砂漠の中央に広がる大きなオアシス。
その周囲に、砂岩を積み上げただけの家々が密集している。
壁はひび割れ、屋根は布と木材を組み合わせただけ。
砂嵐に耐えるための最低限の造りだ。
人々は薄い砂布をまとい、顔の半分を覆っている。
水袋を抱え、列を作り、静かに配給を待っていた。
「……二十年たっても、まだ......」
レーネの呟きは、驚きとも悲しみともつかない。
ザラフは振り返らずに答えた。
「......二十年、死にものぐるいで生きてきたんだ」
その声には、二十年分の重さが滲んでいた。
ポルは周囲を見渡し、静かに言う。
「……昔の面影は、ほとんど残ってないな」
「残ってるわけねぇだろ」
ザラフは淡々と返す。
「魔王軍の総攻撃で、砂漠のほとんどが焼かれた。
ここは……奇跡的に水が残った場所だ」
オアシスの水面には、かつて部族が祈りを捧げた石碑が半ば埋もれている。
その周りで子どもたちが裸足で走り回り、
大人たちは疲れた目で彼らを見守っていた。
ザラフが歩き出すと、周囲の人々がざわめいた。
「……ザラフだ」
「族長が戻ったぞ」
「またどこかで戦ってきたのか……?」
恐れと敬意が入り混じった視線が集まる。
誰も近づこうとはしない。
だが、誰も目を逸らさない。
ザラフは気にした様子もなく、
オアシスの外れにある砂岩の建物へ向かった。
「ここが俺の家だ。
アッシュを寝かせる」
中は質素だった。
砂布のベッドが一つ、
武器と水袋が壁に掛けられているだけ。
ザラフはアッシュをそっと寝かせ、
額に手を当てた。
「……魔力を使い切ってる。
ぶっ倒れることはよくあるのか?」
ポルが眉をひそめる。
「まだイグナの力を使いこなせないんだ」
レーネは不安げにアッシュの手を握る。
「……アッシュ殿、大丈夫でしょうか」
ザラフは立ち上がり、外の砂漠風を見つめる。
「魔力が戻れば目を覚ますだろう。
お前たちも休め。
まずは魔力と体力を回復しろ」
ザラフは外に出て、帝国の追手が来ないか見張り
を行う。
三人が束の間の安息を得るために。
どれほど眠っていたのか分からない。
胸の奥には黒翼竜を倒した後に流れ込んできた
幼き思念が痛みとして残っている。
アッシュはゆっくりと目を開けた。
天井は低く、砂布が揺れている。
外から吹き込む夜風が、かすかに砂の匂いを運んできた。
「……ここは……?」
声は掠れていた。
喉が焼けるように乾いている。
身体を起こそうとした瞬間、手に温もりを感じた。
レーネが眠ったまま、アッシュの手を握っていた。
その隣では、ポルが壁にもたれたまま浅い眠りについている。
外から、低いざわめきが聞こえた。
人々の声。
水袋の擦れる音。
砂を踏む足音。
ここが“生きている場所”だと、音だけで分かった。
レーネが小さく身じろぎし、目を開けた。
「……アッシュ殿……! 気がつかれたのですね!」
涙が滲んだような声だった。
アッシュは微笑もうとしたが、うまく形にならなかった。
「……ここは……ゼル=アラド、か?」
「はい。ザラフ殿が……運んでくださいました」
レーネは安堵の息をつき、ここまでの経緯をアッシュに話した。
ポルも目を覚まし、短く言う。
「無事でよかった。
ザラフのおかげで俺たち助かったんだよ」
アッシュはゆっくりと身体を起こし、外の気配に耳を澄ませた。
人々が生きるために寄り添い、耐え続けてきた気配がある。
そのとき、入口の布が揺れた。
ザラフが戻ってきた。
朝日を背に、影が長く伸びる。
「……起きたか」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「水と朝食だ。
無理にでも腹に入れろ」
アッシュは小さく頷いた。
胸の奥で、何かが静かにほどけていく。




