表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/49

最果ての村の灯り

イシュヴァルの吹雪は、二十年前と変わらない。

だが、世界は変わっていた。


アッシュとポル=ジーノは、雪を踏みしめながらフロストレーンへ向かっていた。

氷獄から解放されたばかりのアッシュの足取りは重い。

それでも、胸の奥の火種が彼を支えていた。


「……隊長、寒くないか?」


ポルが気遣うように声をかける。


アッシュは首を振った。


「平気だ。……身体が、まだ熱い」


イグナの残した火種が、彼の体温を保っている。

だがその温もりは、どこか寂しげだった。


ポルはちらりとアッシュの横顔を見た。

二十年前と変わらない。

だが、何かが欠けている。


──エリシアの記憶。


ポルは唇を噛んだ。

言うべきか、言わないべきか。

今のアッシュに、あの痛みを背負わせていいのか。


「……ジーノ」


アッシュがふいに立ち止まった。


「ん?」


「俺は……何を失ったんだ?」


その問いに、ポルの胸が締めつけられる。


アッシュは続けた。


「誰かを……守ろうとしていた気がする。

 誰かが……俺の名を呼んでいた。

 でも……思い出せない」


ポルは拳を握りしめた。


「……隊長。それは……」


言いかけて、言葉を飲み込む。


アッシュは静かに目を伏せた。


「……すまない。無理に答えなくていい」


ポルは胸が痛んだ。

アッシュが謝る必要などない。

本当は、すべてを話したい。

だが──


エリシアの死は、アッシュの心を壊す。


それを知っているからこそ、言えなかった。


吹雪の向こうに、かすかな灯りが見えた。


「……着いた。ここがフロストレーンだ」


ポルが指さした先に、小さな集落が寄り添うように並んでいた。

氷壁に守られるように建てられた木造の家々。

窓から漏れる橙色の光が、雪の白さに滲んでいる。


アッシュは足を止めた。


「……人が、住んでいるのか」


「住んでるさ。少ないけどな。

 ここは……“最果ての村”って呼ばれてる」


ポルは苦笑した。


「でも、俺には……ここしかなかった」


その言葉に、アッシュは胸が痛んだ。

自分が眠っていた二十年の間、ポルがどんな日々を過ごしていたのか──

その一端が、静かに伝わってくる。


村に入ると、数人の村人がこちらを見た。

驚きと警戒と、少しの安堵が混じった視線。


「ジーノ、帰ったのか。……その人は?」


「俺の……隊長だ」


その一言で、村人たちの表情が変わった。

驚き、戸惑い、そしてどこかで納得したような目。


「……まずは温まれ。

 氷温泉が沸いてる。身体を溶かさないと死ぬぞ」


年配の男がそう言って、二人を案内した。


---


氷壁の裂け目に作られた共同浴場。

外気は凍てつく寒さなのに、

湯気が白く立ち上り、ほのかに青白い光を放っている。


「……温泉、なのか?」


アッシュが呟く。


「氷の地脈の上にある村だからな。

 ここだけは……凍らないんだ」


ポルは湯に手を入れ、温度を確かめた。


「隊長、まずは入れ。

 二十年ぶりの……温かさだ」


アッシュはゆっくりと湯に身を沈めた。


その瞬間──

胸の奥の火種が、ふっと揺れた。


「……あ……」


湯の温もりが、氷獄で凍りついた身体の隅々まで染み渡る。

指先が、足先が、心臓が、

“生きている”と訴えるように脈打つ。


そして──


──アッシュ。

……生きて。


かすかな声が、耳の奥で響いた。


アッシュは思わず湯の中で拳を握った。


「……誰だ……誰の声だ……?」


ポルは湯の縁に座り、静かにアッシュを見つめていた。

その表情には、安堵と、痛みと、言えない秘密が混じっている。


「隊長……ゆっくりでいい。

 思い出すのは……いつでもいい」


アッシュは目を閉じた。


湯の温もりが、胸の火種と重なり、

忘れたはずの記憶の断片が、

雪のように静かに舞い落ちてくる。


だが、掴めない。


「……俺は……何を……」


ポルは小さく呟いた。


「……守ろうとしてたんだよ、隊長。

 誰よりも、大切なものを」


アッシュはその言葉に、胸が締めつけられた。


湯気の向こうで、

ポルの瞳が揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ