束の間の安息
アッシュが目を覚ましたのは、鉱山を出てしばらく歩いた頃だった。
レーネの背中で揺られながら、ゆっくりと瞼を開く。
「……ここは……」
レーネが安堵の息を漏らす。
「アッシュ殿! よかった……!」
ポルが笑う。
「気絶してたんだよ。無茶しやがって」
アッシュは苦笑し、身体を起こした。
「……すまない。
だが、ヒートストーンは手に入った」
ガンリックが大きな鉱石を抱えたまま、深く頷く。
「はい。すぐに鍛造を始めます。
アッシュさんの剣……必ず完成させます」
ドワルガンの冒険者ギルドに戻ると、受付嬢が驚いた顔で迎えた。
「本当に……戻ってきたんですか……!?」
ポルが依頼書を差し出す。
「討伐完了だ。報告を頼む」
受付嬢は慌てて奥へ走り、すぐにギルドマスター・バルドーグが姿を現した。
「よくやった! さすがだな!」
アッシュは短く頷く。
「グランドモールを倒した。
もう脅威はないはずだ」
グラドは笑いながら言った。
「今日はもう遅い。
明日また来い。正式な手続きと……話がある」
ポルが首を傾げる。
「話?」
「まあ、明日だ。今日は休め」
ガンリックは巨大な鉱石を抱え、工房へ向かう。
「私はすぐに準備に入ります。
アッシュさん、ニ日後には“形”をお見せできるかもしれません」
レーネが微笑む。
「無理はしないでくださいね」
ガンリックは力強く頷き、工房へ消えていった。
ガンリックと別れた三人は、ギルドに紹介された宿屋《岩の湯亭》へ向かった。
石造りの外観は重厚だが、灯りは暖かく、どこか家庭的な雰囲気が漂っている。
ポルが鼻を鳴らす。
「お、いい匂いがするな」
レーネが微笑む。
「お腹……空きましたね」
アッシュは静かに頷いた。
「……久しぶりに、温かいものが食べたい」
宿屋の食堂は、炉の火が赤々と燃え、木のテーブルが並んでいた。
料理が運ばれてくると、三人は思わず目を見張った。
岩塩で焼いた分厚い肉のステーキ
ドワル族特製の黒パン
山の恵みの野菜スープ
香草バターのポテト
蜂蜜酒レーネはジュース
ポルがフォークを握りしめる。
「うおお……! 肉が……岩みたいに分厚い!」
レーネはスープを口に運び、目を輝かせた。
「……美味しい……! 身体に染みます……」
アッシュは静かに肉を切り、噛みしめる。
「……悪くない」
ポルが笑う。
「お前の“悪くない”は最高の褒め言葉だな!」
三人は久しぶりに、戦いを忘れて食事を楽しんだ。
食後、宿の主人が声をかけてきた。
「旅の疲れを癒すなら、地下の温泉にどうぞ。
ドワルガンの岩盤から湧く天然の湯だよ」
ポルが目を輝かせる。
「温泉!? 最高じゃねぇか!」
レーネは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「温泉……久しぶりです……」
アッシュは静かにタオルを受け取る。
「……行こう」
● 男湯(アッシュ&ポル)
湯気が立ち込める岩風呂は、広くて深い。
湯に浸かった瞬間、アッシュは思わず息を吐いた。
「……悪くない」
ポルが豪快に笑う。
「お前、今日“悪くない”しか言ってねぇぞ!」
アッシュは目を閉じたまま答える。
「……気に入っている証拠だ」
ポルは湯に沈みながら、ふと真顔になる。
「アッシュ……無茶すんなよ。
お前が倒れた時、心臓止まるかと思ったぞ」
アッシュは静かに湯を見つめた。
「……まだ足りない。
もっと……取り戻さないと」
ポルはため息をつき、湯に沈んだ。
「俺は......お前に壊れてほしくないんだ」
● 女湯レーネ
レーネは湯に肩まで浸かり、ほっと息をついた。
「……ああ……生き返る……」
湯気の中で、今日の戦いを思い返す。
(アッシュ殿……あんな無茶を……
でも……あの力……)
「……怖かった……」
湯の音だけが静かに響いていた。
三人の部屋は隣り合っており、
石壁に囲まれた落ち着いた空間だった。
ベッドは柔らかく、毛布は温かい。
ポルはベッドに倒れ込み、すぐに寝息を立てた。
レーネは窓辺で月を見上げ、静かに目を閉じる。
アッシュはベッドに腰を下ろし、
炎化した時の感覚を思い返していた。
(……まだ足りない。
だが……確かに、戻ってきている)
そのまま、深い眠りに落ちていった。




