二十年の氷獄の果て
吹雪が、世界を削るように吹き荒れていた。
イシュヴァル北端──氷壁の大地。
かつて炎のソウルベアラーが倒れた場所。
その中心に、巨大な氷塊が横たわっている。
二十年もの間、誰にも触れられず、ただ凍り続けていた。
氷の中で、男は静かに目を閉じていた。
アッシュ=ヴァーン。
炎のソウルベアラー。
本来なら、とうに死んでいるはずの男。
胸の奥で、かすかな温もりが揺れた。
──アッシュ。
……聞こえるか。
声は弱く、遠い。
それでも確かに、彼の意識を揺らした。
イグナ=レクス。
炎の王。
アッシュの中に宿る召喚獣。
二十年もの間、氷の理と戦い続け、
アッシュの命を繋ぎ止めてきた存在。
──これが……最後だ。
お前は、生きろ。
その言葉と同時に、
アッシュの胸の奥で“火種”が弾けた。
氷塊に、ひびが走る。
パキ……パキ……ッ。
次の瞬間、氷壁が爆ぜた。
吹雪が巻き上がり、凍てついた大地に炎の光が差し込む。
アッシュは膝をつき、荒い息を吐いた。
「……ここは……?」
記憶が曖昧だ。
戦っていた。
誰かを守ろうとしていた。
だが、その“誰か”の顔が思い出せない。
胸が痛む。
理由はわからない。
ただ、何か大切なものを失った気がした。
「隊長……!」
声がした。
小柄な影が雪を蹴って駆け寄ってくる。
両刃剣を背負った、小さな戦士。
ポポル族の男──ポル=ジーノ。
アッシュの元副隊長。
魔法が使えない落ちこぼれだったが、
接近戦の天才としてアッシュの右腕だった男。
ポルはアッシュの前で立ち止まり、震える声で言った。
「……本当に……生きてたんだな……隊長……!」
アッシュはゆっくりと顔を上げる。
「……ジーノ……?」
名前は覚えていた。
だが、二十年という時間の重みが、二人の間に静かに落ちる。
ポルは涙をこらえながら笑った。
「隊長……お前、二十年も氷の中にいたんだ。
誰も……もう生きてるなんて思ってなかった」
アッシュは胸に手を当てた。
そこには、まだ微かな温もりが残っている。
イグナの最後の火種。
「……俺は……何を……守ろうとしていた……?」
その問いに、ポルは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……それは……」
言いかけて、口を閉じる。
アッシュの表情を見て、悟ったのだ。
──アッシュは、まだ“思い出していない”。
ポルは静かに言葉を選んだ。
「……今は、無理に思い出さなくていい。
まずは……帰ろう。
魔王がいなくなり世界は平和になったんだ」
アッシュは立ち上がる。
足は震えていたが、炎の火種が身体を支えてくれる。
「……平和になった……?」
ポルは頷いた。
「俺たちが戦っている間に勇者パーティ〈五光の勇団〉が魔王を倒したんだ。
ただ......お前の名前も……ソウルベアラーの存在も……全部、消された」
アッシュの胸が、理由もなく痛んだ。
「……そうか」
アッシュは静かに目を閉じた。
誰かを守ろうとしていた。
誰かが自分の名を呼んでいた。
光のように優しい声だった。
だが、その顔が思い出せない。
胸の奥で、火種が小さく揺れた。
──アッシュ。
……生きて。
誰の声だ──?
アッシュは小さく息を吐いた。
「……行こう、ジーノ。
俺は……知りたい。
何のために戦って
何を手にしたのか。」
ポル=ジーノは力強く頷いた。
「帰ろう、隊長。
俺たちが手にした平和で生きよう。」
吹雪の中、二人は歩き出す。
二十年の沈黙を破り、
忘れられた炎が再び世界を照らし始めた。




