夜の王城にて
王城の廊下は、
夜にもかかわらず静かに灯りがともっていた。
アッシュとポルは兵士に囲まれたまま、
長い石造りの廊下を歩かされる。
だが――
向かう先は地下牢ではなかった。
兵士が立ち止まり、
重厚な扉の前で敬礼する。
「こちらです。
王子殿下がお待ちです」
ポルが眉をひそめる。
「……王子?
なんで俺たちが……」
アッシュは黙ったまま、
扉が開くのを見つめていた。
ギィ……と静かに扉が開く。
中は、
暖炉の火が揺れ、
机の上には書類が積まれている。
その中央に――
一人の青年が立っていた。
銀に近い淡い金髪。
深い青の瞳。
王族の衣をまといながらも、
どこか柔らかい雰囲気を纏っている。
青年はゆっくりと振り返り、
アッシュを見た。
そして――
静かに微笑んだ。
「……お久しゅうございます、アッシュ殿。
まさかとは思いましたが本当に
生きておられたとは......」
アッシュの胸が、
一瞬だけ強く脈打った。
(……あの顔……
見覚えがある……)
青年は歩み寄り、
深く頭を下げた。
「シグル・イシュヴァルと申します。
かつて……あなた方に護衛していただきました」
ポルが目を見開く。
「……あの時の……ガキ……か?」
シグルは微笑んだまま、
しかしどこか寂しげに言う。
「はい。
あの頃は……幼く、あなた方にご迷惑をおかけしました」
アッシュは言葉を失っていた。
20年前の記憶。
幼い王子の護衛任務。
あの時の少年が――
今、目の前にいる。
シグルはアッシュの前で立ち止まり、
静かに言った。
「深夜に拘束という形を取ったこと……
本当に申し訳ありません」
アッシュは眉をひそめる。
「……理由を聞いてもいいか?」
シグルは一瞬だけ目を伏せ、
そして真っ直ぐにアッシュを見た。
「サン=レガリア帝国軍が、動き出す前に……
私が先に保護する必要があったのです。
貴方に何があったか教えていただけますか?」
シグルの問いが落ち着いた空気に沈む。
アッシュには答えることが出来なかった。
その沈黙を破ったのは――ポルだった。
「アッシュはまだ本調子じゃない。
その理由も含めて俺が説明する。
二十年前......」
ポルはシグルにこれまでの二十年を話した。
もちろんエリシアのことは一切を隠して。
アッシュとエリシアを知るシグルに
現在の状況が伝わるように。
そして......これからの希望のために......
全て話し終えた後、長い沈黙が三人の間に流れた。
シグルはポルの話とアッシュの様子から
アッシュの中からエリシアが消えていることを
理解した。
そしてそれがどれだけアッシュを不完全なものに
するかも。
シグルの声は、
丁寧で、静かで、
しかし震えていた。
「アッシュ殿。
二十年の歳月を経て生還されたことは
神々の思し召しとしか思えません。
私は……あなたを救いたいのです。
ですが国のために、あなたを追放しなければならない」
アッシュはゆっくりと息を吸った。
(……この青年は……
あの時の少年のまま……
優しく、そして……苦しんでいる)
シグルは深く頭を下げた。
暖炉の火が揺れる音だけが、しばし部屋を満たした。
アッシュはゆっくりと顔を上げ、
シグルに向けて静かに言った。
「……出て行く前に一つ、聞いていいか」
シグルは姿勢を正し、アッシュを見つめる。
「なぜサン=レガリア帝国は……俺を捕らえようとする?」
その問いに、シグルは一瞬だけ言葉を失った。
代わりに、ポルが低く呟く。
「……ソウルベアラーは、歴史から消された。
生き残りなんざ、他にいるはずがねぇ」
シグルは苦しげに頷く。
「はい。
イシュヴァルが把握している限り……
現在、生存が確認されているソウルベアラーは
いません。貴方という例外を除いて」
アッシュの眉がわずかに動く。
シグルは続けた。
「帝国にとって、あなたは……
“消したはずの力”の生き残り。
前例のない存在です。
だからこそ……彼らは確保しようとするでしょう」
ポルが短く付け加える。
「得体の知れねぇもんは、国にとっちゃ脅威だ。
まして作り出した張本人の帝国なら……なおさらだ」
暖炉の火がぱちりと弾け、
三人の影が揺れた。




