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静かな夜が胸を溶かす

食堂を出てしばらく歩くと、

通りの先に大きな建物が見えてきた。


木と氷石を組み合わせた重厚な造り。

入口には剣と盾を模した紋章。

その上に掲げられた看板には――


《イシュヴァル冒険者ギルド》


ポルが指さす。


「ここだ、隊長。

 冒険者の拠点ってやつだ」


アッシュは建物を見上げた。


(……これが……今の時代の“戦場”か)


戦争の匂いはしない。

代わりに、

人々の生活と希望の匂いがした。


ポルが扉を押し開ける。


「入るぞ」


アッシュは小さく頷き、

その後に続いた。


扉をくぐった瞬間、

ざわめきと暖かい空気が押し寄せた。


依頼を受ける冒険者たち

報酬を数える受付嬢

酒を飲みながら談笑する者

武器を磨く者

新人に説教するベテラン


戦場とは違う、

しかし確かに“戦いの匂い”がする場所。


アッシュは思わず足を止めた。


(……ここが……ギルド……)


ポルが肩を軽く叩く。


「緊張すんなよ、隊長。

 ここは兵士じゃなくても入れる場所だ」


アッシュは息を整え、

受付へ向かった。



受付には、

淡い青髪の女性が座っていた。


「いらっしゃいませ。

 冒険者登録ですか?」


アッシュは少し戸惑いながら答える。


「……ああ。

 旅の途中で……身分証が必要でな」


受付嬢は微笑んだ。


「大丈夫ですよ。

 旅人の方も多いですから」


その笑顔に、

アッシュの胸がわずかに温かくなる。


(……優しい……

 戦場には……なかった表情だ)


受付嬢は書類を取り出した。


「では、こちらにお名前と年齢を。

 読み書きが難しければ、代筆もできます」


アッシュはペンを手に取った。


だが――

紙の前で、手が止まった。


(……俺の……名前……

 本当に……“アッシュ”でいいのか……?)


胸の奥に、

かすかな痛みが走る。


ポルが横から小声で言う。


「大丈夫だ。

 今のお前はアッシュだろ」


アッシュはゆっくりと頷き、

紙に名前を書いた。


アッシュ


その文字を見つめると、

胸の奥が少しだけ軽くなった。



受付嬢がカードを差し出す。


「こちらが冒険者カードになります。

 身分証として使えますので、大切にしてくださいね」


アッシュはカードを受け取った。


(……これが……俺の……“今の時代の身分”か)


胸の奥に、

小さな灯がともる。


受付嬢がふと気づき、優しく声をかける。


「旅の方でしたら……

 宿はもうお決まりですか?」


アッシュは首を振った。


「いや。

 まだ探しているところだ」


受付嬢は微笑み、

カウンター下から小さな地図を取り出した。


「でしたら、ギルド直営の宿をおすすめします。

 冒険者の方は割引になりますし、

 安全面も保証されていますから」


ポルが横で頷く。


「隊長、そこがいい。

 ギルド直営なら変なトラブルも起きねぇ」


受付嬢は地図に印をつけた。


「この通りをまっすぐ行って、

 二つ目の角を右です。

 “白雪の宿”という看板が出ています」


アッシュは地図を受け取り、

深く頭を下げた。


「助かる。

 ありがとう」


受付嬢は少し驚いたように目を瞬かせ、

すぐに柔らかく笑った。


「いえ。

 どうか、良い旅を」


その言葉が、

アッシュの胸に静かに染み込んだ。



ギルドを出て、

地図の通りに歩くと、

白い木造の建物が見えてきた。


看板には雪の結晶が描かれ、

その下に文字が刻まれている。


《白雪の宿》


ポルが扉を押しながら言う。


「ここなら安心だ。

 冒険者の出入りも多いし、

 ギルドの目も届く」


アッシュは頷き、

中へ入った。



中は暖炉の火が揺れ、

木の香りが心地よい。


受付の老人が顔を上げた。


「おや、新顔だな。

 ギルドの紹介か?」


アッシュはギルドカードを見せた。


「一泊頼みたい」


老人はカードを確認し、

にこりと笑った。


「おう、歓迎するよ。

 部屋は二階の奥だ。

 湯も沸いてるから、好きな時に使いな」


アッシュは礼を言い、

階段を上がった。


部屋は質素だが清潔で、

窓からは雪の街が見えた。


(……静かだ)


戦場の夜とは違う。

誰も死なず、誰も泣かず、

ただ、夜が更けていくだけの世界。


アッシュは胸当てを外し、

深く息を吐いた。


(……こういう夜を……

 俺は……いつか……)


アッシュは目を閉じた。


胸の奥が、

じんわりと熱くなる。

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