未来の匂いがする食堂
城下町の大通りを歩いていると、
ポルがふと立ち止まった。
「隊長、まずは装備を整えようぜ。
その軍装のままじゃ、目立ちすぎる」
アッシュは自分の胸当てに触れた。
古い軍の紋章が刻まれたままの、
時代遅れの装備。
(……確かに、これでは“戦争の匂い”が強すぎる)
ポルに案内され、
二人は防具屋へ入った。
店内には、
氷鉄で作られた胸当てや籠手が並び、
職人のドワル族が火花を散らしていた。
「いらっしゃい。
旅人かい? それとも冒険者?」
アッシュは少し戸惑いながら答える。
「……旅の途中だ。
軽い防具が欲しい」
店主はアッシュを一瞥し、
古い軍装を見て眉を上げた。
「ずいぶん古いもん着てるな。
よく今まで持ったもんだ」
アッシュは苦笑した。
(……俺は、いつからこれを着ていた?)
記憶の霧が胸を刺す。
ポルが代わりに言う。
「軽くて丈夫なやつを頼む。
こいつ、まだ慣れてねぇんだ」
店主は頷き、
氷鉄と革を組み合わせた胸当てを差し出した。
「これなら動きやすい。
寒さにも強い」
アッシュはそれを手に取り、
静かに頷いた。
防具屋を出て、
新しい胸当ての革の匂いを感じながら歩いていると、
ポルが鼻をひくつかせた。
「……お、いい匂いがするな。
隊長、腹減ってるだろ。寄ってくか?」
アッシュは自分の腹に手を当てた。
確かに、空腹だった。
だが、それ以上に――
この街の“生活の匂い”に惹かれていた。
「……そうだな。入ろう」
二人は、
木製の看板が揺れる小さな食堂へ足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間、
暖炉の柔らかな熱が頬を撫でた。
外の冷気とは違う、
人の生活が作り出す温度。
店内には十数人の客がいて、
それぞれが思い思いに食事を楽しんでいた。
冒険者らしい若者たちが、
今日の依頼の成果を笑いながら語り合っている。
子どもを連れた母親が、
温かいスープをふうふうと冷ましている。
老人が一人、
雪解け水の酒をゆっくりと飲んでいる。
アッシュはその光景を見て、
胸の奥がじんわりと熱くなった。
(……これが……俺が夢みた……未来……)
ポルが席を見つけ、手招きした。
「隊長、こっちだ」
アッシュは頷き、席に座った。
店主の女性が近づいてきた。
「いらっしゃい。旅の方かい?
今日はアイストラウトのスープがおすすめだよ」
ポルが即答する。
「それ二つ。あと黒パンも頼む」
アッシュは静かに頷いた。
店主が去ると、
厨房からスープの煮える音が聞こえてきた。
コト……コト……と、
鍋が揺れる優しい音。
その音に、
アッシュの胸がまた少しだけ疼いた。
「お待ちどうさま」
店主が置いたスープは、
湯気が立ち上り、
アイストラウトの淡い香りが鼻をくすぐった。
アッシュはスプーンを手に取り、
ゆっくりと口に運んだ。
温かい。
優しい。
どこか懐かしい。
喉を通る温度が、
胸の奥の冷えた部分を溶かしていくようだった。
ポルがパンをちぎりながら言った。
「隊長。
この国で動くなら……
冒険者ギルドに登録しといた方がいい」
アッシュは顔を上げた。
「……ギルドに?」
「ああ。
身分証にもなるし、
宿や店での信用にもなる。
何より……“今の時代”の生き方を知るにはちょうどいい」
アッシュはスープを見つめた。
(……俺は、もう“兵士”じゃない。
なら……今の時代の生き方を知るべきだ)
ゆっくりと頷いた。
「……わかった。
行こう。ギルドへ」
ポルは満足そうに笑った。
「よし。
腹も満たしたし、行くか」
アッシュは席を立ち、
新しい胸当てにそっと触れた。
(……ここからだ。
俺の旅は……ここから始まる)
二人は食堂を後にし、
冒険者ギルドへ向かった。




