新しい時代の背中
雪を踏みしめながら街道を進んでいると、前方から複数の声が聞こえてきた。
「……誰かいるな」
ポルが足を止める。
アッシュも耳を澄ませた。
若い声。
笑い声すら混じっている。
やがて、街道の先に三人組の冒険者が現れた。
軽装の革鎧、鮮やかな色のマント、腰にはギルドの印章。
「おはようございます!
イシュヴァルまでの街道沿いの魔物を掃除しておきました!」
先頭の青年が明るく手を振る。
その背後には、倒れた“スノーファング”が二体。
血もほとんど流れていない、綺麗な仕留め方だった。
アッシュは思わず目を細めた。
青年の剣は細身で軽く、
後衛の少女は魔法で足止めをし、
もう一人の弓使いが正確に急所を射抜いていた。
無駄がなく、連携が自然で、
何より――楽しそうだった。
アッシュの胸がざわつく。
(……俺は……どう戦っていた?
こんなふうに……動けていたのか?)
思い出そうとしても、霧の奥に手を伸ばすように掴めない。
ポルは横目でアッシュを見た。
その表情だけで、アッシュの胸の痛みを理解した。
エリシアに関わる記憶が消えたことで、
その時期に身につけた戦い方も曖昧になっている。
だがアッシュは、その理由を知らない。
青年が笑顔で言った。
「この辺りは弱い魔物ばかりですからね!
イシュヴァルまでなら安全ですよ!」
アッシュは返事ができなかった。
胸の奥が、静かに軋む。
(……俺は、どうして……思い出せない?
何を……忘れている?)
ポルが代わりに答えた。
「助かった。
気をつけて行くよ」
冒険者たちは軽い足取りで去っていく。
その背中は、戦いを“仕事”として軽やかにこなす、
新しい時代の戦士たちだった。
アッシュはその姿を、ただ黙って見送った。
ポルは小さく息を吐き、アッシュの肩に手を置いた。
「……気にすんな。
あいつらは“今の時代”の戦い方だ。
お前はお前のやり方を、ゆっくり思い出せばいい」
アッシュは俯いたまま、かすかに頷いた。
冒険者たちの姿が完全に見えなくなった頃、
アッシュはようやく顔を上げた。
雪原の向こうに、
白い街道がまっすぐ伸びている。
その道を、
軽やかに、迷いなく進んでいく若い冒険者たちの背中が脳裏に焼きついて離れない。
(……俺は……あんなふうに笑って戦ったことがあったか?)
記憶の霧は濃く、
思い出そうとするほど胸が締めつけられる。
ポルはそんなアッシュの横顔を見て、
少しだけ歩調を落とした。
「隊長」
「……なんだ」
「お前は“戦い方”を忘れたんじゃねぇよ」
アッシュはゆっくりと視線を向ける。
ポルは雪を踏みしめながら、
静かに言葉を続けた。
「忘れたんじゃなくて……
“置いてきた”んだ。あの戦争と一緒にな」
アッシュの胸に、
小さな痛みが走る。
「……置いてきた?」
「ああ。
戦い方も、力も、記憶も……
そして――」
ポルは言いかけて、言葉を飲み込んだ。
アッシュは気づかない。
ポルだけが知っている。
アッシュが置いてきたのは力だけじゃないことを。
エリシアと共に、
アッシュの魂の一部が消えてしまったことを。
そして――
それを今はまだ言えないことも。
アッシュは小さく息を吐いた。
「……俺は、また戦えるのか?」
その問いは、
弱音ではなく、
ただ静かな事実確認だった。
ポルは迷わず答えた。
「戦えるさ。
ただし――昔と同じじゃなくていい。
今のお前の戦い方を、これから作り直せばいい」
アッシュは雪を見つめたまま、
ゆっくりと頷いた。
そのとき――
遠く、白い霧の向こうに、
うっすらと姿を現した。
ポルが指をさす。
「見ろ。
あれが……イシュヴァルだ」
アッシュは目を細めた。
自分が命を削って守った未来が、
そこにある。
胸の奥で、
何かが小さく灯った。
(……行こう)
アッシュは歩き出した。
雪は静かに降り続け、
白い街道を淡く染めていく。




