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白き道のはじまり

村の外れ。

雪を踏む音だけが、静かな空気に溶けていく。


ポルが背負い袋を締め直しながら言った。


「……よし。行くか、アッシュ。

 目的地はイシュヴァルだ」


アッシュは白い街道を見つめた。

雪を払ったように、まっすぐで歩きやすい。


「……こんなに道が整っているのか」


ポルは苦笑した。


「そりゃあ二十年も平和が続きゃ、道も変わるさ。

 軍が縮小して、その分の予算が街道整備に回ったんだとよ」


アッシュは眉を寄せる。


「軍が……縮小?」


「ああ。

 もう“国を挙げて戦う時代”じゃねぇ。

 今は冒険者の時代だ。

 魔物退治も、護衛も、探索も……全部、民間の冒険者ギルドが担ってる」


アッシュは静かに息を吐いた。


「……20年前とまるで違うな」


ポルは肩をすくめた。


「強ぇ魔物もほとんどいねぇしな。

 冒険者の討伐隊が定期的に巡回してるし、魔力の濃度も下がってる。

 昔みたいに“軍が前線を張る”必要がなくなったんだ」


アッシュは街道を見つめたまま、わずかに目を細めた。


ポルはアッシュの背中を軽く叩いた。


「安心しろ。

 今の街道は“歩けば着く”道だ。

 命を賭ける必要はねぇ」


アッシュはゆっくりと頷いた。


二人は雪の街道へと歩き出した。

街道を歩き始めてしばらく。

雪は弱まり、白い息が空に溶けていく。


ポルが前方の林を指さした。


「……来たな。

 “スノーラビット”だ」


アッシュは目を細める。

白い毛並みの小型獣。

前脚の爪だけが異様に長く、氷を裂くために進化した魔物だ。


「昔は群れで出たが、今は単体ばかりだ。

 冒険者の初級依頼の定番だな」


アッシュはショートソードの柄を握った。


(……初級、か)


胸の奥がわずかに痛む。

だが、逃げる気はない。


ポルが横目で言う。


「行けるか?」


「……やる」


アッシュは一歩前に出た。


スノーラビットが低く唸り、雪を蹴って飛びかかってくる。


アッシュは反射的に剣を構えた――

だが、身体がわずかに遅れる。


(……速い)


かつてなら見切れたはずの軌道が、霞むように感じた。


爪が胸元に届く寸前、アッシュは身をひねり、剣を横に払う。


金属が毛皮を裂き、スノークローが雪上に転がる。


だが、アッシュの呼吸はすでに荒い。


「……はぁ……っ」


ポルが後ろから声をかける。


「悪くねぇ。

 反応は鈍ってるが、剣筋は死んでねぇよ」


アッシュは剣を握り直し、倒れた魔物を見つめた。


(……これだけで、こんなに息が切れるのか)


悔しさが胸に広がる。

だが、ポルはそれを見透かしたように言った。


「焦るな。

 今は“勝てた”だけで十分だ」


アッシュは静かに頷いた。



日が沈み、二人は街道脇の小さな林で野営を始めた。

雪を避けるため、倒木の陰に簡易の布を張る。


ポルが焚き火に火をつけながら言った。


「今日はここまでだな。

 無理に距離を稼ぐ必要はねぇ」


アッシュは火のそばに座り、ショートソードを膝に置いた。


「……情けないな。

 あの程度で、息が切れるとは」


ポルは薪をくべながら笑った。


「二十年だぞ。

 身体が戻ってねぇのは当たり前だ。

 それに――」


火の光がポルの横顔を照らす。


「お前は“戦い方”を忘れてねぇ。

 それが一番大事だ」


アッシュは火を見つめた。

揺れる炎が、かつて自分の内にあった“魂の炎”を思い出させる。


(……まだ小さい。

 でも、消えてはいない)


ポルは少しだけ空を見上げてから、ゆっくりと口を開いた。


「アッシュ。

 お前をイシュヴァルに連れていく理由を、ちゃんと言っとく」


アッシュは黙って耳を傾ける。


ポルは雪の積もった街道を指さした。


「平和になった今を見せたいんだ」


アッシュの白い髪が風に揺れる。


「……平和、か」


「ああ。

 お前が命を削って守った国が、今どうなってるのか。

 戦場じゃなくて、街道が整備されて、

 人が普通に旅して、笑って暮らしてる姿を……

 お前自身の目で見てほしい」


アッシュはわずかに目を伏せた。



ポルは続ける。


「戦争が終わって二十年……

 国は変わった。

 軍の時代は終わって、冒険者や職人が国を回してる」


アッシュの胸に、静かな痛みと温かさが同時に広がる。


「……夢のような話だな。信じられない」


「だからこそ、見てほしい。

 “お前が守った未来”が、ちゃんと形になってるってことを」


アッシュはゆっくりと息を吸い、白い街道を見つめた。


「……そうか。

 なら……行こう。

 俺の知らない国を、見に行く」


ポルは満足げに頷いた。


「それでいい。

 戦うだけが戦士じゃねぇ。

 守ったものを確かめるのも、大事な仕事だ」


ポルが毛布を投げてよこした。


「寝ろ。

 明日も歩くんだ。

 戦士は、まず身体から作り直すもんだ」


アッシュは毛布を肩にかけ、静かに目を閉じた。


雪の降る音と、焚き火のはぜる音だけが夜に溶けていく。


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