あなたへ
【注意】
こちらは陽性変異ではなく『無出生主義』に関するがっつり重いテーマを扱っています。
人によっては生きるのが嫌になったり、憂鬱になったりするかもしれません。
閲読の際はご留意ください。
ではでは。
めーでーめーでー。
ここは監獄のようです、どうぞ。
少女のメッセージに答えるものはいなかった。
◇
十数年か、数十年か、はたまた百数十年。
数百年ほど遠くはないと思うけれど。
ここはあなたたちからすれば、そんな未来の東京。
私は今年で高校一年生になる。タイプαの人間です。
タイプαというのは、主に性染色体としてX性染色体のみをもち、婦人科系が重要であり卵を生産し種々のホルモンを分泌する卵巣、胎児を体内で育てるための子宮、交接器と胎児を母体外へと運ぶ産道を兼ねる膣などといった特有の器官を持って……性別的に雌のことであり、いわゆる女の子のこと。
最初はタイプ1、2という区分だったのが、数年後に『なぜ女性が二番なのか?』という問答が繰り広げられたのち、雄はタイプa。雌はタイプαと呼称することが規則付けられたそうです。
私たちは生まれて間もなく自分の番号を授与されます。その番号によって政府の管理下に置かれた後、さまざまな査定にかけられ、先天的な資質を持つものとそうでないものとに分けられた上で、まず行ける保育園、幼稚園、学校が決まります。
この時代に試験なんてストレスのかかる行事はなく、入ったら大学まで一貫の全校エスカレーター式です。卒業後に働く場所は、教育中の素質から内定が決まります。
といっても、珍しいのは先天的な資質なんてものを持っているほうで、大抵は普通の保育園、幼稚園、学校、会社に行けて、特別な一部の子だけが専門機関で特別に育てられる、といった感じです。
彼らは特別な教育を施されたのち、もっぱら政府のお役員になります。
これら義務教育の期間中でも後天的に才覚を伸ばし始めた子が転校していくこともあります。私自身、小学校の時点で三人、中学で二人、見送りました。
基本的に生まれた地域から出ることはありませんが、その必要もありません。なぜならポッドに頼めば、各地の名産品でも何でもすぐ生成してもらえるし、観光や行脚も、匂いまで再現可能なSVRで事足ります。
このポッドの存在こそ、私たちとあなたたちの一番の違いかもしれません。
彼女たちは、空間転移技術と物質生成技術を駆使して私たちを全力でサポートし、家の掃除、炊事、洗濯から飯事やゲームの相手、教育まで生活の全てを司るロボットです。
見た目は古代の処刑器具アイアンメイデンにしゃもじのような大きな両腕がついたもの。
私たちは一人に一台みなこのポッドを持ち、このポッドのおかげで何不自由なく共に暮らし、共に過ごします。
やがて私たちが老衰で死ぬまで。
全ての感染症、先天的な遺伝子疾患が克服された今日、ポッドの保護下にある私たちが怪我や病気で死ぬことはありません。
全ての病気に特効薬が開発され、それもポッドからの生成で事足りるか、もしくは産まれて数年ごとに受けるワクチンの接種で予防されます。
万が一(これも、未然に防がれるため、まず起こり得ない、実際は万を軽く飛び越え天文学的な低確率になっていますが)事故に遭っても、即座にポッドがその場で治療し、手術で足りぬようならポッドに記録されたご主人様のDNAから即座に代わりの部品を生成して、交換してくれるからです。
不老不死だけは許されていません。
というのも、地球の資源には限りがあり、常に配分が予備の分まで足りるように自然や環境までも計算され、整えられているからです。
私たちは必ず老衰で死に、その減った分に合わせて新しい命が産まれてくるようになっているのです。
「私たちってなんで生きてるんだろうね」
いつか、クラスメイトがボヤいたことがありました。
記憶に残るのは夕日の紅。
赤よりも紅い、空の果てはもう蒼い、夜との刹那の時間帯のことでした。
「そんなこと言ったらダメだよ」
もう一人のクラスメイトが反対側から言いました。
「やっと人類が辿り着いた千年王国、千年世界、一千年の恒久的平和なんだから。授業で習ったでしょ?」
「でも……ポッドに面倒見てもらって、世話してもらって……こんなの……もう家畜と何が違うわけ?」
それは真理でした。
昨今、よくよく取り沙汰されている話題でもある人間の家畜化問題。しかし、そのおかげで、私たちは争いも頑張ることも、将来のことで不安になったりしてうつになることもなく、生涯を何の不自由もなく暮らしていけるわけで。
私も、「ダメだよ」と言ったその子もきっと、完全に納得しているわけではないのです。
それが証拠に、彼女はさらにこうも付け加えました。
「……でもポッドによる社会的保障が受けられなくなったら、どうやって生きていくの?」
私は二人の間に挟まれて、ただただ、ぼんやりと暮れなずむアスファルトを見つめていました。
さっきまでに挙げた事柄のひとつひとつは決して強制ではありません。
人間の自由意志に従って、ポッドの指示に逆らうことはいつだってできるのです。
しかし、それをした瞬間から、その人は社会的保障から外れたことになり、ポッドはお役目を解かれて政府の元へと帰還し、また別の新しい命の配属となります。
取り残された人間はその後一切の社会的援助を受けることはできません。
実際に東京にはそうした人たちが数十万から今も暮らしていると聞きます。
街中を徘徊する彼らはいつも着の身着のままで、食べるものもなく、ゴミ箱を漁り、雨水を溜めて飲み水にします。
この時代、私たちはポッドからの供給でいつでも綺麗な飲料水を飲めるので公園や街中の水道というものは軒並み撤去されているからです。
また私たちが彼らに関与することは法律で禁じられ、むやみに食べ物や服を与えようとしてもポッドが立ち所に阻止してしまうのです。
そんな惨状を、ときどき街中で目の当たりにしてしまうと、それでも……。
この息の詰まるような……真綿でじわじわと首を締め付けられるような生き方でさえも、暗黙のうちに了承してしまうのが、私たち、人間なのです。
そうそう。
私たちだって思春期を迎えると、恋をします。
ポッドがさまざまな要因から選び抜いた異性がお相手として連れてこられたり、互いのポッドの計らいで出会わされたりするのですが……。
それがまた悔しいことに、自分が本当にちょうどいいと思った相手を、彼女たちは選りすぐってくるのです。
顔も性格も、仕草や何なら保護者の方との関係すら良好に、私たちは年齢ごとの恋愛を学びます。それが先述した通りに決して不満のある相手ではないものだから、私たちはなかなか抗うことができません。
心の揺れ動くことだってある。
けれども。
やはり。
どこか。
何か。
違うような気がする。
そんなもやもやとした気持ちだけが性徴に従う身体のように膨らみますが、私たちはそのうち学校を卒業して、式の日には写真などを撮って、それを思い出などと呼び、額縁に納め、社会に巣立って、どこかで働いて、気がつけば自分で自分の面倒を見られる大人になっているのでしょう。
そんなもやもやとしたこの気持ちを抱えながらも。
十全に納得することはできないまでも。
気がつけば。
振り返れば。
きっとそれが人生の道になっている。
それでも私は思うのです。
何か違うのではないか。
これが、私なのか?
誰かに形作られ、用意された私という名の別人を、私はやらされているだけなのではないか?
それだって何不自由なく暮らせていれば、
不満はない。文句もない。
贅沢な悩みなのかもしれない。
けれど。
けれど、じっとできない。
落ち着かない。
そこはかとない不快感が、止まらない。
「何で私は生きてるの」
あるとき、私はマイ・ポッドに尋ねてみました。
自分の部屋のベッドの上で、自分の手首にカッターの歯を押し付けようとして、それをポッドに人外の力で以て固く防ぎ止められた時に。
ポッドは機械仕掛けの抑揚のない言葉遣いで答えました。
「申し訳ございませんが、その質問に答えることはできません」
「誰のために? 何のために?」
「申し訳ございませんが、その質問に答えることはできません」
「何で私は産まれなきゃいけなかったの」
「申し訳ございませんが、その質問に答えることはできません」
「何で人は、こうまでして、生きねばいけないの?」
「申し訳ございませんが、その質問に答えることはできません」
「なんで——っ、私たちは産まれてこなきゃいけなかったの?!」
「申し訳ございませんが——」
「全て! あなたたちが望み! やってることでしょ?! 産まれたのは決して私たちの意思じゃないっ! 子供を欲することも! 創り、産むこともっ! ——ねぇ!」
私は気づくとポッドの胸元を叩くようにして、このもやもやとした気持ち、思いの丈をぶつけていました。
「産まれた以上、逃げられない! ここは百年の監獄のようだ! 息が詰まってしょうがない! 答えられないのに産むなよっ! ねぇ! 答えてよっ! それがっ——!」
「申し訳ございませんが、その質問には答えることはできません——」
「……あんたらの責任だろうがっ」
やはり機械は機械。AIで機能しているだけの無慈悲な人形にすぎないのです。
そう思って諦めかけたその時、マイ・ポッドは続けてこう言いました。
「——しかしながら、わたくしどもから申し上げられることがあるとすればそれは……」
「え……」
「これまで、そしてこれからの人生の中であなた自身が見出し、あなたのその目、その頭で、確認・了解しなければいけないことだと存じます。それを、人生、と呼びます。わたくしどもポッドの存在理由は、あなた方の人生をその終までサポートすること——」
気がつけば、ポッドの両腕が私の身体を優しく包み込んでいました。
ふいに抱きしめられて、私の息は詰まってしまう。
「大丈夫。私がおそばにおります。あなたなら必ず見つけられます。なぜなら——」
「……っ」
「あなたは、私のご主人様なのですから」
息が詰まって言葉にならない声を漏らす私の傍らで、慈愛に満ちた女神の顔はそう言うのでした。
◇
はろーはろー。
ここは監獄のようです、どうぞ。
少女のメッセージに答えるものはいなかった。
なぜならそれは彼女の心のうちで発信されたメッセージ。
心の中で呟いたSOSだったから。
けれど。
今やそのメッセージも少し変わっていた。
◇
それからというもの、私の心はすこしばかり軽くなったみたい。
この身に起こる全てのことに納得こそできないまでも、以前のように今の社会や世の中の成り立ちを毛嫌いすることもなくなった。
私ならもう大丈夫。
通学路の木漏れ日の中、私の足取りはすこしだけ軽かった。
機械仕掛けの両眼が見守り続ける……、
その傍らで。
今日もまたどこかで産声があがっている。
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」……
生まれてきておめでとう。
監獄の重扉が閉まる音がした、
……気がした。




