8 剣は人を映す
ユーフェインがノクスヴァル家の屋敷に着くと、庭園奥の訓練場に案内された。
そこには細身の剣を腰に下げるセレフィーナがいた。普段のドレス姿と違い、武人としての姿もユーフェインには美しく映る。
「おはようございます、セレフィーナ嬢」
「おはようございます。閣下にいただいた時間で、 このような無茶をお聞きくださりありがとうございます」
「いえ、むしろ楽しみにしていました」
踏み固められた土の上に、二人は向かい合って立つ。
セレフィーナは外套を脱ぎ、簡素な訓練用の服に身を包んでいた。女性の体躯に合わせた細身の剣——だが、構えに迷いはない。
「……本気でいらっしゃるのですね」
ユーフェインの低い声に、セレフィーナはわずかに笑った。
「もちろんです」
「手加減はしませんよ」
「望むところです」
合図はない。互いにそれを必要としなかった。
先に動いたのはセレフィーナだった。
鋭く踏み込み、迷いのない直線の一撃。
「——っ」
受け止めながら、ユーフェインは目を細める。
重くはない。だが、軽すぎもしない。
細い腕のどこから繰り出されるのか。筋の通った剣筋だった。
二合、三合。
刃が触れるたび、乾いた音が冬の空気を裂く。
——基礎が違う
見せかけではない。
型をなぞるだけの剣ではなく、実戦を想定した動き。無駄がなく、しかし柔らかい。
セレフィーナは攻めながら、ユーフェインの呼吸を読んでいた。
力の入る瞬間、視線の揺れ。それらを一つも見逃さない。
「さすがだな」
「まだまだです!」
不意に、ユーフェインが距離を詰める。
剣を絡め、体勢を崩しにかかる。だが、セレフィーナは引かなかった。むしろ半歩踏み込み、刃を滑らせる。
一瞬、勝敗が曖昧になる。
——この距離だ!
ユーフェインは決断した。
力で押すのではなく、技で制する。剣を弾き、足を払う。
次の瞬間、セレフィーナの喉元に刃が届く位置に立っていた。
「……ここまでだな」
剣を止めたまま、ユーフェインは告げる。セレフィーナは息を整え、静かに剣を下ろした。
「……負けました」
悔しさはない。むしろ、その表情はどこか晴れていた。
「あなたが敵として対峙しないことをとても喜ばしく思う。その剣筋には学ぶところが多くあった」
「ありがとうございます。——ですが」
セレフィーナは顔を上げ、真っ直ぐにユーフェインを見る。
「勝敗よりも、今日わたしが知りたかったのは」
「……何だ」
「あなたが、どう剣を振るう人なのか、です」
一拍の沈黙。
「剣は、扱う人を裏切りませんから」
ユーフェインは、ゆっくりと剣を下げた。
「……そうだな」
勝ったはずなのに、胸の奥が妙に熱い。
剣を交えたことで、測られたのは自分の方だった気がした。
「それで、何かわかったのか?」
「……閣下はとても真っ直ぐで芯の強いお方だと。すでにこれまでの中で、わかっていたことでもあるのですが」
セレフィーナは、柔らかく微笑んだ。ユーフェインは不意の笑みに思わずどきりと胸が高鳴った。
「では——勝者の褒美として私と出かけていただけますか?」
ユーフェインは、セレフィーナに手を差し出した。
「はい、喜んで。すぐに支度して参ります」
セレフィーナはユーフェインの手を取ると、ほんの一瞬だけ指先に力を込めた。
少し肌寒い今日はその温もりが心地よい。
——共に歩くことを選んだ者同士の、確かな温度だった。




