7 帯剣の理由
朝靄の残る公爵邸の庭園を歩きながら、ローディスはユーフェインの背に視線を向けていた。
外套、整えられた身なり——そして。
「……ユーフェイン様」
控えめな声だったが、含みは隠していない。
「本日はお出かけの予定ではありませんでしたか」
「そうだが」
「その腰の剣は?」
ユーフェインは歩みを止めず、淡々と答える。
「帯剣しているだけだ」
「ほう。念のため、というやつですか」
「……ああ」
ローディスは一歩遅れて歩きながら、小さく息を吐いた。
「私がユーフェイン様にお仕えして十六年になりますが」
「長いな」
「念のためで剣を帯びたまま女性と出かけられるのは、初めて拝見します」
ユーフェインは答えなかった。
否定もしない。
「魔の森でもなく、お出かけになるのは勝手知ったる王都ではなかったのですか?」
「承知している」
「でしたら——」
ローディスは、そこで言葉を切った。
「……お相手がノクスヴァル公爵家のご令嬢だからですか?」
一拍の沈黙。
「違う」
即答だった。だが、続く言葉はわずかに間があった。
「……違わない部分もある」
ローディスは口元を緩めた。
「なるほど。では、護衛としてではなく——」
「ローディス」
ユーフェインは、ようやく足を止めた。 そして、振り返えって側近を見る。
「茶化しているのか」
「いいえ、確認です。あなたがこの件をどこまで背負うおつもりなのか、私には知る権利があるかと」
ローディスの視線は真っ直ぐだった。
「出かける約束を取りつけたら、剣を交えることを願われたんだよ」
「……失礼ながら、それはお出かけなのですか」
「言うな、俺も複雑なんだ。ノクスヴァル家の令嬢であるなら武芸は仕込まれているのだろうが」
風が庭園を抜け、外套の裾を揺らす。
「もし、ご令嬢が婚約を断ったとしても……」
ローディスは、低く続けた。
「それでもユーフェイン様は、彼女を守るおつもりでしょう」
ユーフェインは、少しだけ目を伏せた。
「……それが、公爵として正しいかどうかは分からない」
「我が主君の春は陛下同様、応援したい気持ちではあるのですがね」
「……でも、男としてあの時の行動を悔いることはないよ」
ローディスは、静かに一礼した。
「でしたら、私は何も申しません」
「助言はしないのか」
「政や武術に関してなら、私は助言できます」
だが、と付け加える。
「人の心を得るのは、ユーフェイン様ご自身の言葉でなくては。ヴァルカディアの領民の時と同じように」
ユーフェインは、剣の柄に手を添えた。 その動きに、迷いはない。
「……負けるつもりはないさ」
「それは剣ですか」
「両方だ」
ローディスは、ふっと笑った。
「では、せめて」
「?」
「帰りは、剣を外してお戻りください。それができたなら——今日一日は、ユーフェイン様にとって、良い一日だったということですから」
ユーフェインは答えなかった。
ただ、歩き出す背中が、昨日よりわずかに軽かった。




